三国伝 呂布×曹操「曹操俺と戦え！！」
奥の部屋まで聞こえてくる雄叫びにやれやれと読んでいた書を閉じ立ち上がった。
「曹操！！」
待ちきれないのか再び聞こえてくる。
場所が山奥の庵で良かった。こんなやかましいのが城に連日押しかけていたら兵たちが大変だっただろうと容易に想像がつく。
せっかく隠居を決め込み静かに暮らすつもりだったのに。おちおち本も読めん。
『翔に毎日来られても困るし……曹操退屈してるかと思って』
抗議をすれば悪びれもせずケロッとした様子で言う侠を思い出しため息をつく。孫権はともかく劉備を此処へ呼んだのは失敗だったかもしれない。別に秘密にするつもりは無かったが、まさかそんな直ぐ広めるとは考えてもいなかったし、毎日呂布が押し掛け来るようになるとは予想外だったのだ。
「曹操！」
「うるさいぞ呂布」
雨戸をピシャリと開けると庭で遠で遠吠えする侠。ここ何日かですっかりと見慣れてしまった光景だ。
「曹操！今日こそ俺と戦え！」
「何度も行ってるだろう挑まれても余はもう隠居した身だ。戦いはしない」
「御託はいい！隠居しようが俺には関係のない！！俺の魂ィを満足させられるのはお前だけだ曹操！！！」
何度追い返してもこれだ、全く話が通じない。
やれやれと肩を竦め適当にあしらい今日も帰ってもらうつもりでいたがこの日の呂布は違った。何度ものらりくらりと躱す曹操に痺れを切らしとうとう強行手段へ踏み込んだ。曹操が武器を取らない為か、吠えるだけで手を出す事が無かったから完全に油断していた。庭へと降りた曹操の右腕を強い力で掴もうとし躱しきれずに身体を覆っていたマントが引っ張られはらりと地に落ちる。
「！！！」
目を見開きジッと見つめる。呂布が驚く顔初めてみたな。見つめられながら場違いにもそんな事思ってしまった。
「曹操……お前、右腕が無かったのか」
「まぁな」
赤壁の戦いでなんとか命は助かったが片腕はダメになってしまった。利き手を失ってしまったのは正直痛手ではあったが、あの高さから落下し腕一本で済んだのなら随分と安いもんだとつくづく思う。
「だから分かっただろう？悪いがもうお前とは戦えん」
マントを拾い上げ再び羽織り直す。
「…………分かった、今日はもう帰る」
硬直したままどれくらい時間が経っただろうか。ようやく口を開き一言だけ告げると、突き刺していた槍を引き抜き庵をあとにした。
もう少し早く言ってやっても良かったんだが、どうやら意外と呂布が来ることを楽しみにしていたのかもしれないな。なんだか寂しげな背に少し罪悪感じる。
「……だがこれで明日からはようやく静かに暮らせるな」
これで会うのは最期かもしれない侠が見えなくなるまで見送ると踵を返し庵へと戻って行った。

「……で、どうして来たんだ」
「………………」
あれだけ言ったのに翌日また呂布は来た。
しかし昨日までと違って吠えてはいない。玄関の戸口前でずっとウロウロとしているから気になってとうとう此方から声を掛けてしまった。
「もう俺の元に来ても戦えないんだぞ？」
「……分かっている」
「……じゃあ何故」
「それは……俺にも、よく分からん」
本当に自分でも良く分からないらしい。困ってる空気がヒシヒシと伝わる。衝動に身を任せ動く所があるとは前から思ってはいたがここまで来るか。どうしたもんか。
「仕方ない……そこに突っ立てられても困る、取り敢えず中に入れ」
ため息混じりに来いと招けばしばし間があった後にノコノコと屋敷へ足を踏み入れた。