しょかしば「本当に死んでしまったんだ……」
台の上で静かに眠ったままの兄弟子の姿をみて今更ながらに現実を突きつけられる。
「ああすれば助かったのかも」
哀しみと後悔の念が渦を巻く。
トリニティ技術を応用すれば蘇生の可能が有るかもしれない。倫理に反すると躊躇いは多少あったが最期の司馬懿を思い出し……。もう一度だけ。
エネルギー生成の研究をしながら同時に進めていく。睡眠、食事時間を削ってでも早く成し遂げたかった。冷凍カプセルに押しこめてしまっている司馬懿を早く出してあげたくて。
「まってて」
時おり声を掛け奮い立たせては必死に方法を探った。
数週間研究室に籠りっきり。この式なら人間でも同じように可能なはず。小動物から始め猿でも実験は成功した。遺体にトリニティを注入しDNAデータを確認しながら狂いのないようモニターを少し窶れた顔でジッと注視して待つ。
どれくらい待っただろうか。
ゆるりと瞳を開き台座から上体を起こした。
ぱちぱちを目を瞬き両手をぼんやりと眺めている。
「司馬懿さん!」
「………し、うかつりおう?」
喜んだのも束の間、片言で名を呼ぶ声は自分が知っている低音とは程遠く、諸葛亮の姿に気づき嬉しそうに笑む司馬懿なんて想像出来たろうか。あの人は僕に対し柔和な態度は取らなかったのに。有り得なかった夢の光景ではある。
……ああ、そっか僕の願望なのか。
体温が一気に下がっていくのを感じた。
結論から言えば失敗だ。"コレ"は司馬懿じゃない。記憶とDNAデータは間違いなく本人のはずなのに。
僕の名を呼ぶ声を無視して重い足取りで研究室から出た。
今日も「しょかつりよう」笑みを見せ、後ろを付い歩こうとするまわる司馬懿にうんざりとする。
一体目のコイツだけはどうしてこんなにカラダが丈夫なのだろうか。性欲処理で酷使してもこんなにもケロッとしている。二体目と三体目は口が聞けなかったり、似ていると思ったらすぐ死んでしまったり。
……本当はやっぱり……いや僕なら出来る。大丈夫、きっとあと少しだから。
そうだ、配列が間違ってたんだ、トリニティと司馬懿のDNAデータさえあれば何度だって遺体は複製は出来る。
もう一度今度こそ……
「ついてくるな」
手で払いのけ研究室の扉を強く閉めた。
「しょかつりょ……」
閉ざされた扉の前で悲しげに黒紫は立ち尽くす。
「うっ……」
嘔吐くのをなんとか気合いで耐える。
入ってすぐに目にした腐敗しつつある何体も積み重ねられた司馬懿の骸を前にもっと早く脚を踏み入れて入ればと前を歩く曹操を追いながら劉備は内心酷く後悔した。
諸葛亮から連絡が途絶えてひと月。今までも何度か研究に夢中になると終わるまで連絡がつかなくなる事はあった。関羽たちとも話し合い
「今回もまたそっとしておう」と意見でまとったけど……どうしてだかイヤな予感がした。
さらにもうひと月経つ頃、曹操さんから諸葛亮が音信不通だと安否を確認する報せが舞い込んできた。ブルーウィングとの共同研究を音沙汰なく放り投げるような人間ではない。やっぱり何かあったんだ。
ショクのはずれにある今は諸葛亮個人が使っている研究所へとトリニティバイクを走らせた。
「諸葛亮!」
何度もインターホンを押すも反応が無い。中に諸葛亮がいるのは間違いないのに。堅牢に閉ざされたトビラを破壊したら後で「こんな事で毎回僕の研究所壊さないでくれる!?」とネチネチ文句を言う姿が浮かぶ。今は四の五の言ってはいられないか。曹操さんとアイコンタクトを交わし頷く。ホルダーから武器を取り出し
「諸葛亮悪い!」
ひっそり謝りながら龍破斬でぶち破り駆けて行く。不法侵入をすれば前に来た時と同様、セキュリティガードシステムの罠に阻まれ躱しながら進んで行き……通路を抜けた先のエントランスホールで待ち構えていたのは"司馬懿"の山だった。
司馬懿の遺体を引き渡した際は気丈に振舞ってはいたけれどやっぱり追い詰められていんだろうか。
「…………劉備、先を急ぐぞ」
嫌悪感を隠しきれない、険しい表情で先へと進んで行く曹操さんの後を追いかける。
また罠をかわしながら諸葛亮が待つ部屋まで無言で進んで行く。
ようやく辿り着いた一番最後、最奥のトビラを切り伏せる。室内は巨大モニターの前に立つ諸葛亮の姿。そして実験台座に横たわる司馬懿の姿。
違うことを願ったけど……やっぱりあの司馬懿の死体の山は諸葛亮が造りあげたものだった。
「まただ…数式通りで間違っていないはずなのにどうして……!」
台座から司馬懿を振り払うように床へと落とす。繋がれていたケーブルがブチブチと外れる音と共に関節がひしゃげたような嫌な音が鳴る。頭を抱え悲痛な声を上げた。
「諸葛亮!!」
「…なんでキミたちが???悪いけど今スゴく急いでいるんだ。さっさと帰ってくれ」
ようやく此方に気づいた諸葛亮だったが何日も眠っていないのか顔色が悪くやつれていた。ふらつきながら台に手を付きモニターの文字を確認している。
「諸葛亮、道を誤ったか」
ゆっくりと歩を進めながら切先を諸葛亮へと向ける。
「違うんだ…僕はただ………司馬懿さんともう一度話が……なのに、……あってるはずなのに……おかしいよ……」
「死者は還らない、賢いお前も本当は分かっているはずだろ」
「でも1回目は成功したんだ!でも僕の知ってる司馬懿さんじゃないから……、だからもう一度……今度こそ本当に」
「それ以上喋るな」
曹操さんのグーパンチが諸葛亮に入り苦しそうに崩れ落ちる。諸葛亮の頭上に降ろされようとする剣を止めようと慌てて止めに掛かろうとするが、それよりも先に諸葛亮を守るように横から割って入ってきた影があった。
「司馬懿デスティニーガンダム!?」
弱っているのか足元はふらつて今にも倒れてしまいそうだかそれでも一瞬の刹那立ち塞がった時に見せた鋭い眼光は曹操が知っているあの司馬懿のモノだった。
「そおうそう、りうび、う……しよかつりよう……は、ち、か……ちか、う、……」
気絶し意識のない諸葛亮の前で必死に片言で訴えていた。
冷めた目でそれを見つめた曹操はため息を吐き剣を納めた。まだ訴え続ける司馬懿を無視し後ろの諸葛亮を担ぎ踵を返し歩く。慌てて司馬懿は手を伸ばすが簡単に蹴り飛ばされぺたんと床に倒れた。
「しょ、かつりよう」
「BWで治療するだけだ」
ドアの向こうへさっさと歩いて言った曹操を追うようにヨタヨタと這いつくばり司馬懿は動こうとするが牛歩のように進んでいない。
「あぅ、ううあ……」
パタパタと手を動かしドアの向こうを見つめ必死な司馬懿に同情心が沸いたのかもしれない。
「諸葛亮が心配なんだろ」
ピタリと動きを止め此方を見上げる。
「えっとさ、諸葛亮の元に絶対連れてくから……俺が抱えてもいい?」
無垢な瞳がジッと見つめ、こくりと頷き腕を伸ばした。……確かにコレはあの司馬懿なのだろうか。記憶よりもひと回り程小さいとはいえ空っぽみたい軽すぎる。
「しょ、つりよう……」
悲しそうに名を呼ぶのを聞かなかった事にして走り出した。
病室に入るとベッドの上で上半身を起こして窓の外を眺めていた。
戸の開いた音に気づき此方を振り向くと驚いた表情。
「えーと久しぶりだな諸葛亮。だいぶ顔色良くなって安心した。あれから2週間も面会謝絶だったら会えなくってさ、どうしてるか一
「ごめん、劉備」
つらつらと話すのを遮り諸葛亮が絞り出すように吐いた。ベッドの上で握る拳は震えている。
「いや俺の方こそ色々悩んでたんだろ。気づいてやれなくてごめん」
しばしの沈黙が二人を包む。
「……曹操さんの言う通り本当は分かってはいたんだ。」
「そのことなんだけど……」
言いにくそうに劉備が言葉を濁していると聞こえた幼い声。
「しょかつりょう」
病室の戸が開き泣きそうな司馬懿がベッドの側まで駆け寄ってきた。
「どうして彼がここに……」
「一緒に保護した」
「曹操さん」
「お前は失敗したと思っていたようだが、存外そうでもないらしいぞ」
「でも司馬懿と声も言動も違うし……」
「カラダを新しく作ったせいで声帯も声変り前に戻ってるらしい。小さいカラダに感情が引っ張られ上手く伝えられなかったと……本人が伝えてきた」
「えっ」
腕をギュッと掴む司馬懿を見る。
「此方の方で司馬懿について詳しく生体検査をさせてもらった。身体発達は幼児同等。メモリーは使用不可。発語は諸葛亮が目を覚ますまでの訓練である程度は可能になった。」
「そうだったんだ…じゃあ僕は、司馬懿さんに」
青ざめる。僕は、なんてことをしてしまったんだろう。
「しようかつりよう」
「しばいさん…」
「もとはわたしが、……しよかつりようはわるくない」
「ッ!全部覚えて……!」
こくりと深く頷いた。
「ごめん、ごめんね司馬懿さん、僕のせいで」
「わたしはだいじようぶ、だから。わたしこそすまなかった」
声をあげて泣く諸葛亮を小さくなった兄弟子はよしよしと愛おしそうに抱きしめた。
補足的な
蘇ったのは本人でもいいし、最期の記憶まで引き継いでいる模造品(コピー)でもいい。
コピーの場合は曹操にだけは真実を打ち明けている。
司馬懿が愛していた諸葛亮がまた困らないように司馬懿らしく振舞っている。偶に幼体に感情が引きづられ「だっこ」「さみしい」を言い放ち恥ずかしい。諸葛亮は喜ぶのでまぁいいやと思うようにしてる。
そのうちCDROMのように経年劣化で記憶が剥がれ落ち忘れてしまったり。諸葛亮と買い物とか外出してたら何故此処にいるのか、目の前の男は誰だろう。張角先生が連れてきた子に似ているが……。名前を呼ばれはたと気づき怖くなり急ぎ共犯者の曹操の元へ駆け込んだり。最終的に三蔵が何とかしてくれる。ピノキオを人間に変えてくれたフェアリーゴッドマザー的な感じで、多分。