忘れない味いろいろな書類や服が乱雑に置かれている、けして綺麗とは言えない部屋のテーブルに置かれた白くて小さな箱は異彩を放っていた。
僅かに香ってくるのはロキが好きな「甘いもの」の匂いだった。
毎朝の日課になっているボイトレを終えた後、マネージャーが用事があるからと出かけ帰ってきたのはもう日が暮れかけた頃だった。
どこに行ったのかと聞くロキに渡されたのが件の箱だ。
着替えを覚ませラフな格好になったマネージャーが箱の上部を開けると三角の何かが二つ入っている。
物体は白いものに覆われていて上には木の実・・・イチゴがひとつ乗っていた。
「ほんとはホールにしたかったんだけど・・・意外と高くてさ〜・・・」
隙間には折った紙が差し込まれており、運搬の際に寄ったり潰れてしまわないようになっているらしい。
高いだけあるよなとマネージャーが説明していたがロキはその三角に気を取られてあまり聞いていなかった。
模様も大きさも違う皿に一つずつ乗せて互いの前に置かれる。
「お前の分な」
「コレ・・・食べたことある」
「そっか、俺もこの店のは食うの初めてなんだよな〜美味いとは聞いてるんだけど・・・。でもケーキなら甘くはあると思うから」
甘いもの。
ヴァイガルドに来てからさまざまな「味」を知ってからロキは自分が「甘いもの」が好きなのだとわかった。
それを知ってからマネージャーはドーナツだとか、飴だとかをちょくちょく買ってきてはロキに与えていた。
甘いものといえばそれくらいだと思っていたロキはこの見知らぬ食べ物・・・ケーキも甘いと知って口内に唾が溜まるのを感じた。
「ケーキにはフォークな」
ヴァイガルドに来たばかりの頃は道具を使っての食事には慣れなかったが今ではそれなりに使いこなせるようになっていた。
食べ始めたマネージャーを見てロキも同じようにフォークの先端をケーキに入れる。
思っていたよりもふわふわした感触に驚きながらも崩してしまわないよう慎重にフォークを進めていく。
カチン、とフォークが皿に当たる音がした。
少し甘めのふわふわなスポンジと甘すぎないクリーム、上に乗せてあるだけかと思ったら中にも挟まれていたこちらは甘く煮てある苺が互いの足を引っ張ることなく一つの食べ物として完成している。
これは確かに並んでも食べたい味だな、とマネージャーは納得する。
ロキを見るとあいかわらず歌う時以外表情があまり変わらないが黙々と食べ進めるのを見る限り口にあったようだった。
マネージャーの口元も無自覚に綻ぶ。
「・・・記念日?」
「今日はさ、お前があの酒場で歌手として誕生した日なんだよ!」
見知らぬヴィータからマネージャーとしてお前を世話してやると告げられた日のことはよく覚えていたがロキはそれが何日だったかまでは気にしていなかった。
「お前ってさ、誕生日とか前に聞いたけどわかんないって言うじゃん。だから・・・もしお前との活動が一年続いたら」
こうやって「お祝い」しようと思って。
お祝い。
よくわからないがこうやって甘いものが食べられるならいいことなんだろう。とロキは思った。
来年はホール食えるくらい売れるといいな。
そういいながら食べるマネージャーを見ながら
また来年の今日になればコレが食べられるのかと楽しみな気持ちになりながらまたフォークを刺した。
「お、・・・ロキ、久しぶりだな 元気にしてたか?」
「全然元気じゃねえ。ナナシは・・・元気なさそうだな」
ロキはナナシのもとへ毎月のように見舞いと称して会いにきている。
その度に果物や花などを手土産として持ってきていたが今日はいつもと違う、白くて小さな箱を片手に下げている。
それに気づいたナナシはわずかに目を細めた。
「今日は記念日じゃねえから」
「・・・え、何 お前の誕生日?とか?・・・それなら俺よりもプロメテウスさんとかソロモンさんのところで・・・」
わかるだろ、お前はと言いたげに見つめてくるロキの瞳の圧から逃げるように目を逸らす。
嘘や誤魔化しが下手になった。
「マネージャー」だった頃はもっと上手くやれてた気がする。
ロキは施設の人から皿とフォークを借りてきていたようで、部屋にある簡易的なテーブルに二つのケーキが並んだ。
流石にここまでして頑なに拒否するのもなしか、と諦めたナナシはケーキを口に運んだ。
少し甘めのふわふわなスポンジと甘すぎないクリーム、上に乗せてあるだけかと思ったら中にも挟まれていたこちらは甘く煮てある苺が互いの足を引っ張ることなく一つの食べ物として完成している。
あのケーキと同じ味がする。
・・・あそこは人気の店で結構並ぶし、それにコイツの言動だと買うのにも一苦労だっただろうな。
2年目に思い切ってホール買ったら思ったより俺が食えなくて、ロキが半分以上食べたんだっけ すげえクリーム口元についてて笑っちゃったんだよな・・・
ふと見るといつの間にか食べ終わったロキがこちらを見つめていた。
「もう2度とお前と記念日は祝わねえから」
「・・・そっか」
それが嬉しいという気持ちとはやく別の相手と食べるようになって欲しい。そんな相反する想いがナナシの腹の中で渦巻いてることにロキは気付いてはいない。
フォークが皿に当たる音がした。