村雨礼二のピロートークミステリ 5 years ago&morning「ごめんねぇ、敬一くん。急に呼び出して」
「いえ、マスターにはいつもお世話になってるんで、全然大丈夫っすよ」
人の良さそうな初老の男性に微笑んだ金髪碧眼の、ここらじゃ見ない容姿をした美男はそう曖昧に笑ってグラスを磨く。
男の名は獅子神敬一、21歳。───日中夜バイトに明け暮れ、投資の前金を集めている青年である。
ここは、獅子神の数あるバイト先のひとつであるカフェだった。オーナー兼店長の人柄の良さやコーヒーの腕前のおかげで、もう数十年続いている名店でもある。
アンティークな家具が溢れるこの店を営む初老の店長はその昔、バーテンをしていたらしい。そうした経験を活かして、ごく稀に身内向けのバーを夜に開店していた。
そういう時の店長はカウンターでカクテルを作る事に集中しなければならないので、獅子神のように料理の出来るバイトが急遽キッチン担当として呼び出される事があるのだ。
急な呼び出しにもかかわらず、気にした様子のない獅子神はグラスを拭き終わると、バー全体をぐるりと見て、気を遣ったように「ナッツ用意しときますね」と笑う。
「ありがとう。あと少ししたら来ると思うんだけど…」
そう礼を言って眉を下げた店長こと通称マスターは、また事件に巻き込まれてるのかな、とぼんやり呟いた。獅子神がその物騒な物言いに思わず「事件?」と聞き返してしまうと、店長はこれまた困ったように口を開く。
「今日来る予定の奴はね、3軒隣の花屋の路地を突き当たりまで行って右に曲がったところにある古書店の偏屈ジジイさ。寛三っていう私の昔馴染みなんだ」
「ああ、休日によくビーフシチューを食べに来る人…」
「そうそう。寛三はどうもミステリマニアってやつでね、あの古書店もアイツの趣味で集めた世界のミステリ小説が翻訳もしないまま置いてあるんだよ。そんなんだから経営もカツカツで……ああ、話が逸れた」
獅子神はキッチンにまで声が聞こえるほど大きな声で話す老人の事を思い出す。たしかあれは、近所で古書店を営んでいると言っていた筈だ。マスターの昔馴染みらしいその男は、気難しそうでいて豪快にも見える、不思議な雰囲気を持つ男だった。そんな獅子神の思考をよそに、棚から度数の高い酒を出したマスターはそのまま続ける。
「とにかくそんな偏屈ジジイが最近、初めてバイトを雇ったんだよ。これがまたえらい頭の良い子らしくてね。……確か医大生だったかな?どんなミステリ小説も途中まで読めば犯人が分かるし、トリックも全部解いちゃうんだって」
「へぇ…」
「あんまり愛想のない子だけどそれも含めてあのジジイに気に入られたらしくてね。よく外に連れ出されては事件に首を突っ込まされて解決してるみたいだよ。探偵みたいだろ?…だから、今日もどこかで事件を解決してるかもしれないと思ってね」
そう言ったマスターの顔は、言葉の割にどこか楽しそうでもあった。なんやかんやでその寛三という昔馴染みと、その名探偵のようなアルバイトを気に入っているのだろう。
獅子神の視線に気付いたのかマスターはふっと表情を和らげると、まるで孫でも見るかのような目つきで笑う。
「しかしあの子はよく食べる子でね。私だけじゃキッチンが回らなさそうだったから本当に来てくれて助かったよ」
「いえ、助かってるのはこっちって言うか…」
獅子神はあまり人前に出る仕事を好まない。
勿論そんな事を言ってられない立場なのは重々承知だが、貧乏人と揶揄される立場にあったあの頃の経験がまだ自身の心に深く残っている。だから、基本的に道路交通作業や倉庫のピッキングなどの仕事ばかりしていた。
このままではいけないと、人前に出るリハビリとしてこの店を新たなバイト先として選んだが、人の良いマスターは獅子神の事情を察してくれているのか、いつも人の少ない時間帯を選んでホール作業をさせてくれる上に賄いやお小遣いと称した色の付いた給金をくれる為、いつも頭が上がらない。
「そうだ!せっかくだからその子と話してみたら?敬一くんも頭がいいから、話が合うかもしれないよ」
「いえ、俺は……」
大丈夫です、と言った声は震えてなかっただろうか。
ようやく、本当にようやく金も集まってきた。投資の勉強も順調で、実際貯金は増え続けている。見窄らしい見た目も取り繕えるようになった。
けれども、探偵のような頭脳を持つ人間の前に出てしまったら、貧乏で情けない自分を全て見透かされてしまうのではないか。
そんな自分の中に巣食う弱い心が、本当の自分を暴かれたく無い、と叫ぶのだ。
「……そうかい」
優しく笑ったマスターは、それ以上何も追求する事なく。
「キッチンに行っておいで、折角なら敬一くんが考えたオリジナルメニューを作ってやってよ」
と、獅子神をキッチンに送り出した。
申し訳なさについ目を逸らす。今回ばかりは、彼の優しさに甘させてもらおう。
その代わり、与えられた仕事は完璧にこなさなければ。
「ああ、遅かったね。レイジくんもお疲れ様。また寛三に付き合わされたんだろう?」
古いベルが鳴ってマスターの声が響く頃には、獅子神はもう料理に集中していて、噂の名探偵とやらの事を忘れていたのだった。
***
村雨礼二は医大生だ。
しかし日中夜参考書を睨みつけ、国家資格の取得の為に勉学に勤しむような医大生とは違い、どうにもゆるりとした学生生活を送っている不思議な男だった。
本来忙しい筈の医大生である村雨がこうも暇を持て余しているのは───彼が類を見ない程優秀であり、尚且つ人間関係が希薄な事にある。
そんな少し心配になるくらいに人との関わりが無い村雨を心配したのは、他でもない彼が敬愛する兄だった。
「時間があるならバイトやってみないか?」と言った兄の紹介で訪れたバイト先の古書店は、偏屈な初老の男が営む風変わりな場所で。
家からひと駅離れた閑静な住宅街にあるそこを、村雨は存外気に入っていた。
寛三という名の店長兼オーナーは「礼二が医者になったらタダで自分を診てもらう」が口癖の、口も態度も悪い上に声がデカい男だったが、村雨も敬語を使わなければ愛想もないバイトだったので寧ろ相性は良かったのだ。
しかし当初兄が目論んでいた社会勉強や人との関わりが達成されているかは怪しい。
会計席で本を読み、時折店長に連れられて事件を解決するバイトだなんて中々無いだろうし、村雨以外がしているようにも思えなかった。
だから、あまり一般的ではないという自覚が村雨にはあったのだが。……それを気にする男でも無かったので彼は今日までこのバイトを続けている。
今日も村雨は店長こと寛三に連れられて、街に出た。
この老人のミステリマニアならではの嗅覚なのか、こうして出掛けた日にはよく事件に遭遇した。
そして村雨が事件を解決した日には決まって、寛三の馴染みの店で酒と飯を奢ってもらうのが通例だった。酒に興味は無いが、そこの飯は村雨のお気に入りでもあったから、村雨は毎度文句を言う事なくその店へとやって来る。
今日も事件を解決し、2人は店の古びたベルを鳴らしたのだった。
「聞いてくれよ!!」
「声が煩いんだよ、お前は。いつも大変だねぇ、礼二くん」
「……どうも」
寛三が叫ぶと、慣れた様子のマスターは辛辣な物言いでそれを軽くいなして村雨を見た。そして軽く温められたおしぼりを渡して微笑むと、今度は寛三に向かって、「遅れるなら連絡を入れろとあれほど」と小言を言い始める。
これは長くなりそうだ。
村雨はおしぼりと共に渡されたお冷を飲んでぼんやり辺りを見渡す。
普段はカフェとして営業しているらしい店内はまだコーヒーの匂いがした。アンティークな家具で溢れた店内にジャズの音楽が鳴る。それに混ざって、肉の焼ける音が耳に届いた。キッチンにいるアルバイトが、何かを作っているのだろうか。
そんな視線がバレたのか、マスターは「ああ、お腹空いてるよね」と寛三との言い合いを止めてキッチンに入った。ドアに阻まれてくぐもった男性の喋り声が聞こえたが、会話までは分からない。
寛三が「客を放っておくな」と文句のようなからかいのような野次を飛ばす。キッチンの方で呆れたような声で「待つ事も出来ないのかい」というマスターの叫び声が聞こえた。
そして、暫くして戻って来たマスターは、村雨達が座るカウンターに皿を置いた。
「礼二くんはこれ食べなね」
「なんだァ?こんなんメニューにないだろう」
「寛三は黙ってて。これはね、キッチンの敬一くんが気を効かせて作ってくれたものなんだから」
「ケイイチっつったら、アレか。あの金色のキレーな顔した奴か。当たりの日に来れたな」
当たり?と聞き返しはしなかったものの、村雨の視線で何を聞きたいのか分かったらしい寛三はニヤリと笑って勝手に話し出す。
「礼二はまだ会ったこと無かったか?アイツの作る飯はこの店でも1番美味いんだ。マスターのコイツよりな」
「…まあ好きに言ったらいいよ。敬一くんはね、家でもうちのメニュー作って練習するくらいには勉強熱心でいい子なんだから」
「この店には勿体ねぇ奴だ」
「ハイハイ。このメニューは敬一くんが自分で考えたものでね、折角だから感想をくれると嬉しいな」
出されたのは、焼けたベーコンとほうれん草、とろけたチーズとスクランブルエッグが挟まっているホットサンド。
ボリュームも多くて、何より手で掴んで食べやすいのが村雨好みだった。
用意された紙ナプキンで遠慮なく手で掴み、それを口に入れる。
「悪くない」
「…悪りぃなケイイチ!コイツ天邪鬼なんだよ!!!」
「そんなに叫ばなくても寛三の声の大きさなら聞こえるよ」
美味いな、と思った。
ただのバイトだというのに自分の家でも練習を欠かさないだけはある完成度だ。
コンビニやスーパーで売っているものとは違う、作った人間の温かみを感じるホットサンドはこの店向きだろう。そこまで考えているかは分からないが、2人が褒めるのも頷ける腕前だと思った。
なので村雨流の最大限の褒め言葉である「悪くない」という評価をした訳だが、これは誰にも伝わっていない雰囲気だ。
その証拠に寛三は未だに村雨のフォローをしようと「礼二はこういう奴なんだ」と大声で喚いている。
「敬一くんを困らせないでおくれ。彼は人見知りなんだから」
マスターはそう言ってため息を吐いた。村雨とて、この料理を作った人間に興味が無いと言えば嘘になるが───今は目の前の料理を食べ尽くす事が先決であったので、特に気にせず食べ続ける。
その反応で、寛三もようやく興味を失ったのか、グラスに入れられたカクテルを飲むと、「それより聞いてくれよ!」とまた喧しく騒ぎ立てた。
「礼二がまた事件を解決しちまったんだ、しかも今度は完全密室で行われた殺人事件!」
「物騒だねぇ」
そんな声を聴きながら、村雨はマスターに出された傘付きのオレンジジュースを飲んで、二つ目のホットサンドに齧り付く。
常設メニューになったら食べに来るのもいいな、と柄にも無い事を思いながら。
***
……懐かしい夢を見た、気がする。
意識がふわりと浮上して、遮光カーテンの隙間から漏れ出る朝日に目を瞬かせた村雨は、隣に愛しい温かみがない事に眉を顰めた。
急いで眼鏡を掛けると気怠い身体をがばりと起こして、洗面所まで向かう。そして顔を洗って口を濯いだらすぐに人の気配がするリビングへと足を進めた。
「おはよう名探偵。よく寝れたか?」
「………」
不可解だ。
そう感じた村雨の視線に気付いたのか、獅子神は「鍛え方が違う」と言ってコーヒーを出す。
時計を見ると、朝というかもう昼になる頃だった。
昨日あれだけ弱い所を突いてやり、どろどろになるまで甘やかして立てなくした筈なのに、目の前の男ときたらそれを全く感じさせない面持ちなのだから納得がいかない。
どう考えたって村雨より獅子神の方が負担が大きいし、疲れ切っていてもおかしく無いのに、と思った所で獅子神はまた「筋肉とプロテインの処方箋が必要だな」と笑った。
「コラ、飯作るんだから向こうでコーヒー飲んでろって」
キッチンに立った獅子神に抗議の意味を込めて近付くとそう言って牽制されてしまう。しかし、それを無視して引っ付くと、案外すぐにそれを受け入れた獅子神は着々と朝食兼昼食を用意し始めた。
ボディソープの匂いが鼻を擽る。
自分が寝ている間に風呂に入ったらしい。起こせば良かったものを、と眉を顰める。
何となく、悔しいような思いで無防備な首筋に噛みついてやると、慌てたように体が跳ねた。
「ビックリさせんな!邪魔するなら向こう行けって」
「していない」
「この状況でシラを切る度胸は認めてやる」
無実を証明するように、露出した首に付いた噛み跡にキスをすると、獅子神は諦めたように作業に戻った。何を言っても無駄だと思ったらしい。
獅子神はちょっとやそっとじゃ崩れない体幹の持ち主なので村雨はそれはもう好き放題くっつき、ベタベタと診察のように触った。ピロートークの延長のような触れ合いだ。
獅子神もそれに気付いたのか、手が空くとくっつく村雨の額にキスをして、甘い恋人同士の触れ合いを享受している。
そうして暫くしていると、唐突に村雨のスマホが鳴り響いた。
「……」
「………見て良いぜ?」
コーヒー味のキスをしている最中だった。中断された事を疎ましく思いながらスマホを見ると、メッセージアプリのアイコンが表示されている。
そして、その内容を見て後悔を煮詰めたようなため息が出た。
「仕事か?」
「まあ、そのようなものだ」
「何だその変な言い方……」
村雨のメッセージアプリに登録されているのは家族と最低限の仕事関係者、そして賭場に関係する人間のみだった。なので本来は大抵、急ぎの用事が表示される筈だが───今回はその限りではない。
「…大学時代のアルバイト先の店長だ」
「あ?お前バイトなんて出来るのか?」
獅子神は、思わずと言ったように手を止めて村雨の方を見た。
その顔には、一体どんなバイトをしていだんだ…という好奇心が透けている。そして少しの間コロコロと分かりやすく表情を変えた。面白いだとか、似合わないだとか、似合うだとか。そんな様々な感情が見て取れた。
恐らく、勝手にこちらの勤務先でも考えて面白がっているのだろう。
「失礼な事を考えているな」
「心の中を読むなって。それで?その店長がどうしたんだ?」
それを咎めると、獅子神は悪びれる様子もなく料理へと戻った。パチパチとベーコンが焼ける音がする。
「どうやら身体を悪くしたらしい。ウチの病院で見て欲しいとの事だ。……誠に遺憾ながら恩があるとも言えなくない相手なので無碍にも出来ん」
「今から出るのか?」
「いや、急ぎでは無い。今日の出勤は1番遅いのでそれに合わせる形になるだろう」
村雨のその返事に「じゃあ夕方までは居られるのか」と嬉しさを隠せていない声で言った獅子神は冷蔵庫からパンを取り出した。本格的に料理が始まったので村雨はベタベタと引っ付くのを止める。少し冷めたコーヒーを飲みながらその手際の良さを感心しつつ眺めていると、獅子神は何かを思い出すように口を開いた。
「…バイトかぁ、懐かしいな。俺も色々やってたな」
「あなたの過去のバイト先なら概ね想像できる」
「本当かよ」
「まず飲食店のホールスタッフ。食事の運び方が特徴的だ。次にキッチンスタッフ。皿の洗い方や拭き方はその時学んだな?服の畳み方の癖を見るに、アパレル系ブランドのピッキング作業も経験している。スーパーで物をカゴに入れる時はバーコードを読み取りやすいように入れている事からレジ打ちの経験も有り。それから…」
「もう分かったからそれ以上は止めろ!!!」
その反応を見るに、何かしら人に言えない仕事…例えば年齢を詐称しなければいけない仕事をしていたのだろうと推察出来たが、敢えて言わないでおく。
ピロートークで事件が暴かれる様を楽しめる狂人だが、自分が暴かれる事は未だに慣れずに身を固くする、アンバランスな男なのだ。
「じゃあお前はなんのバイトしてたんだよ」
「個人経営の古書店だ」
「それは…なんつーか、すげぇ似合うな……」
露骨に話を逸らした獅子神の問いに答えてやると、彼は納得したような腑に落ちたような声を上げる。その様子に「まあ、学ぶ事もあったな」と呟くと、獅子神はへぇ、と意外だという感情を隠しもせずにこちらを見ていた。
「俺も昔働いてた飲食店で料理勉強とかさせて貰ってたな。俺が考えたメニューが採用されたりしたんだぜ」
「ほう」
「まだ残ってるかは分かんねぇけどな。折角なら今度行ってみるか」
「必要ない」
村雨の言葉に獅子神が少し不満げな顔をする。
「あなたの作った料理ならいつでも食べられるだろう」
「…そーかい、」
自身の意図と違う意味合いで受け取られてしまった事に気付いて修正すると、今度は照れたように視線を逸らした。
先程から何ともわかりやすく、表情を変える男である。
本当にハーフライフでやっていけるのか心配だ。
「じゃあ、せっかくだから作ってやるよ」
「今からメニューを変えるのか?」
「丁度良いメニューがあった筈だ、ちょっと待ってろ」
待ってろ、と言われたので大人しく座って待つ事にする。ぬるくなったコーヒーを飲み干したので冷蔵庫の中にあるオレンジジュースを勝手に拝借してそれをグラスに注いだ。
それを飲みながら、キッチンで作業を続ける獅子神をジッと見つめる。
太陽の光を反射する黄金の髪が、まるでその髪自身が発光して輝いているかのようだと思った。
均整のとれた身体。それを彩る健康的なイエローオークルの肌は艶が良く、隈どころかシミひとつ無い。
目元に影を落とす長い睫毛と、芸術家が作品に刻むサインのように完璧な位置にある泣きぼくろ。
完成された美しさは時に扇情的な色気にもなるものなんだな、と村雨は馬鹿みたいに考えた。
けれども、どんな宝石にも負けない碧い瞳がその色気を下品にする事なく、あくまで上品で歴史ある彫刻のように仕上げている。
感情豊かな顔が、そんな芸術作品じみた美しさに生き物として温かみを加えていて、いくら見ても飽きない魅力を生んでいた。
月みたいな男だ、と思った。
深く暗い夜でも太陽の光を反射し続けて輝く月は毎夜その表情を変える。だからどれだけ見ても飽きが来ないのだ。人類が何千年も魅せられた月に、誰もが手を伸ばした事があるだろう。
獅子神敬一は、そういう月のような魅力を持つ男だった。
「ほら、作ったぞ、味付けはウチにあるもんだけど」
時間を忘れて恋人の美しさに見惚れていた村雨の視線に照れているのか、獅子神は少しだけぶっきらぼうにそう言った。
食欲を唆る匂いの料理がテーブルに乗せられる。村雨は、いくら眺めていても飽きない恋人から目を逸らして、出された料理を見た。
焼けたベーコンとほうれん草、とろけたチーズとスクランブルエッグが挟まっているホットサンド。
懐かしい香りのそれは、ボリュームも多くて、何より手で掴んで食べやすいのが村雨好みだった。
「…………成程、」
「あ?」
さて、どうしたものかと村雨は思う。
珍しい長考だった。獅子神はそんな村雨を見て怪訝そうな顔をする。
「ンだよ、嫌いなモンでも入ってたか?」
「いや、頂こう」
獅子神に言わせれば"名探偵"の村雨は今日もまたあるひとつの真実に気付いてしまったのだが───これはまだ明かさない方が楽しめるかもしれない。
「どうだ?結構ウマいだろ」
「悪くない」
「オメーなぁ、ちゃんと美味しいです、って言えよな」
普通は伝わんねぇからな、と言った獅子神にいつかの事を思い出して口の端が上がる。
ああ、このマシなマヌケが気付くのは一体いつになるだろうか。
きっとどんな事件の真実を聞いた時より愉快でマヌケな反応をするに違いない。
数奇な運命もあるものだ、と村雨はオレンジジュースを飲みながら懐かしい味のホットサンドに齧り付いたのだった。
終