四十路爆裂大陸横断記・起ハワイの朝は早い。
青い海に白い砂浜。それらを輝かせる朝日はどんな深い夜をも吹き飛ばして、この常夏の島を明るく照らす。
朝にランニングをする理由は、その景色があまりに美しからだ。きっと、自分のように朝から走っている人々の気持ちは同じだろう。
現に人通りの多い海沿いの道はランニングウェアに身を包んだ老若男女でいっぱいだ。
本来は自由気ままに人通りの少ない道でも走りたい所だが───気難しいお医者様が「日本でのあなたは体格の良い大男だがここでは平均的な大きさだ。力で負ける可能性がある事を肝に銘じろ」と人通りの多い道を走る事を推奨したのだから従うほかない。
オレはもうすぐ40歳のおっさんだぞ、生娘じゃねーんだから、と反抗しても良いのだがそう言った所で分からされてしまうのは目に見えているので、オレは結局その言いつけを守ってしまっている。
「やぁケイイチ!今日は新鮮な野菜が入ってるよ」
「サンキュー。うちのダーリン喜ぶぜ」
「ハハ!相変わらず仲良さそうだな。先生は元気か?」
「こっちがビビるくらいピンピンしてるよ」
ランニングついでに寄った場所ではファーマーズマーケットが開かれていた。
なんとなくそれを眺めていると地元に住む顔馴染み達から次々声を掛けられる。土曜日には良くある光景だ。
それに対してすっかり板に着いた英語で軽く応えると、彼らは快活な笑い声を上げてすぐに「これなんてどうだ?」と商品を掲げて見せるから、オレはそれに「わかったわかった」と降参して指さされた果物をいくつか買ってからまたランニングに戻った。
全く、本当に商売根性が逞しい奴らだ。
袋を引っ提げて少し走っていると、いつものコースが見えてくる。
椰子の木が並んでいて、いかにもリゾート地なその道をオレは好んで走った。ちらほら浮かれた格好の観光客が居る。
憧れのバカンス。誰もが特別な時を過ごすこの島が、まさか自分の日常になろうとは。
そんな風に考えて、この常夏の島で暮らし始めてもう10年になるんだなぁ、とぼんやり思った。
***
「クソ、騙された!」
10年前の夏。
獅子神敬一は北海道に居た。
目の前にはようやく辿り着いた小さな一軒家。銀行に「もしものために別荘を用意するのはどうですか?ウチの紹介なら名義等色々誤魔化せますよ」と怪しい笑みと共に勧められて買った避暑地の別荘である。
「信じらんねぇ、何が街まで車で30分だ……!!」
1時間半はかかったぞ、と悪態を吐く獅子神を出迎える者は居ない。
もうすぐ29歳になる獅子神は今日からこの土地で1人で暮らすのだ。
そもそも何故獅子神が北海道まで来たのか。
これは一重に銀行の悪行が世間に露呈したからである。しかもVIP等の顧客情報までばら撒かれ、日本はちょっとした混乱状態だった。
何せ国のお偉いさんや金持ち達がこぞって非人道的な行いに手を染めていたのだ。
ワイドショーは連日その話題で持ちきり。もちろん獅子神のようなギャンブラー達の情報も漏洩しているので、みんなこぞって海外に逃げ出していた。
そんな中獅子神はその昔残高調整用に買った別荘を思い出し、1人北海道までやって来たのだ。
所謂「もしもの時」用に買った別荘は人里離れた山の近くにあり、警察には中々見つからないだろうが。
「どう生活しろってんだ」
夏はまだ良いとして冬になったら雪が積もる。燃料も食料もしっかり計算して買い出しに行かないと自宅で遭難しかねない。
最悪雪山で帰らぬ死体となるのがオチだな…と獅子神は思った。雑用係解雇しなきゃよかったぜ、とも。
しかし無理やり退職金を渡して彼らを解雇した事を悔いて、今はもうない銀行を恨んでもしょうがない。
それから獅子神は庭の畑を耕し、種を蒔き、食べられる山菜を調べ、小鳥の囀りを聴きながら本を読み、時には腹を空かせた小動物に木の実をあげたりして暮らした。
鉄腕DASHとディズニープリンセスの丁度中間みたいな生活は案外楽しく、気楽だったのだ。
そして来たる冬。
極寒の北の大地は想像よりずっと過酷で、獅子神は「南国に別荘を買うべきだった」と5回は悔いた。何を言ってももう遅いが。
そう思っている内に冬はどんどん深まる。静かな冬の夜は獅子神をセンチメンタルな気分にさせた。
「アイツらどうしたんだろうな」
白銀の世界となった窓の外を眺めながら呟く。
アイツら、とは獅子神の友達の事だった。全員もれなくギャンブラーで、一部は大っぴらに言えないような趣味をしていたので間違いなく国外に逃げた。…連絡しようにも自分と同じく連絡先なんて真っ先に変更してるだろう。
あの時期はかなりゴタゴタしてたし、誰かに相談しようにも出来るような状況じゃなかった。
そういえば真経津だけはずっと余裕そうな顔をして、自体が最悪になる前にいつの間にか御手洗と2人で消えていた。
今になっては、もしかしてアイツらが犯人なんじゃ…と思わない事もないが、連絡も取れないんじゃ確認のしようがない。
なんとなく、このままもう二度とアイツらと会えないんだと思った。
そう思うとなんだかやけに寂しくて、貯蔵していた酒を一気に煽りたい気分になった。
アンティークな暖炉に薪を焚べて、ブランケットを羽織る。そして今あるワインの中で1番良いものをグラスに注いで物思いに耽った。
このワインは村雨が好きだったものだ。別にもう会う事もないだろうに、ついアイツらが好きなものを買いがちな自分が少し面白い。
もう半年も経つのに。未だにアイツらの事を思い出してるのは自分くらいだろう。アイツらはきっと次の面白い事を見つけて、なんなら新しい出会いと共に、オレが思い出しては泣きたくなるくらい楽しかったあの日々を遠い過去にしてしまうんだろう。
そう思うとどうしても───ああ、ダメだ、悪酔いした。
今日はもう寝ようとソファから立ち上がる。
今夜は特に寒い。こういう日は早く寝るに限る。
しかし次の瞬間、ドアのノック音で獅子神のそんなセンチメンタルな空気は粉々に砕け散った。
真冬の深夜。明らかに外から聞こえるその音は、降り積もる雪の中でわざわざこんな場所まで人が来た事を告げていた。
ドンドンと荒々しいノック音が絶えず聞こえる。
獅子神はこれに「ついに捕まる時か」と観念したように思った。
それ以外に心当たりが無かったから。
そして最後の贅沢が村雨の好きなワインになるなんてな、と笑いたい気持ちになりながらドアの方へ足を進める。
「はい」
ガチャリ、と鍵を開けてドアを開く。
真冬の冷たい空気が家の中に入り込んだ。
そこには男が居た。
真っ黒な分厚くて長いコート、そして同じく漆黒のマフラー。全身黒ずくめの死神のような姿の男だ。肩に積もる白い雪が、男の格好の異質さと陶器のように生白い肌を際立ているような───。
「獅子神」
男が獅子神の名前を呼ぶ。室内の光に照らされたメガネのグラスコードが煌めいて、レンズ越しの紅い瞳がこちらを真っ直ぐに見ていた。
「………村雨?」
獅子神は、ほとんど無意識にその名前を呼んでいた。つい先ほどまで、もう二度と会えないだろうと思っていた男が目の前に居たのだ。
自分の言葉に反応して眉間にシワを刻んだ村雨を見て、獅子神は「あ、マヌケって言われるな」と反射的に思った。恐らく幽霊でも見たような顔をしている自分に対して、なんて顔をしているんだこのマヌケ、と。
しかし、村雨はこちらをジッと見つめて。
「───結婚するぞ」
と静かに言ったのだった。
「戸籍を偽装するのに手間取った」
村雨はハワイに着いて一番最初にそう言った。
あの寒い冬の夜からたった三夜。獅子神はあっという間に空港に連れてかれて、用意した覚えのない書類と共にハワイに国籍を持って村雨と結婚する事になっていた。
何を言ってるのか分からねーと思うが、獅子神もぶっちゃけよく分かっていなかった。
ただ、馬鹿みたいにデカい別荘と急な既婚者の肩書きに怖気ついて村雨の顔を見たら、今度は真剣な顔で「あなたのことが好きだ」と言うもんだから。
獅子神は「色々順番逆じゃねーか」と呆れながらハワイに住む事になった。
別に獅子神と村雨は付き合っていた覚えがない。
結婚と言っても友人として接するべきかパートナーとして接するべきかイマイチ分かっていない獅子神は変な状況だな……と人ごとのように思いながら、それでもその順応性の高さから村雨との生活を楽しむことにした。
あの北海道での半年間が獅子神を随分と寂しがり屋にさせたのか、家に誰か居て話せる環境が嬉しくて仕方なかったのだ。
ただでさえ幼い頃夢見た南の島に、随分とはしゃいでいた自覚がある。
寒くて静かな山奥から、暖かくて陽気な南の島に連れ出してくれた獅子神の王子様兼死神は相変わらず感情の読めない顔でそんな獅子神を眺めて、
「私の人生はもう余生だ」
と、「さいですか……」としか返しようのない事を呟いた。
「…私の余生にはあなたが必要だった」
今思えば村雨流の「愛してる」だったそれを当時のオレは結構本気で「ああ、世話係が必要だったんだな」と思っていた。その事に関しては色々分からせられて思い出したくもないが。
まあそんな風に村雨はちょっとビックリするくらい一途に、分かりにくく、それでも確かに獅子神を愛した。それに獅子神は次第に絆されてしまい、真の意味でも夫婦もとい夫夫になっていったのだった。
その生活は、10年経った今でも続いている。
***
日課のランニングが終わり、シャワーを浴びる。ぬるめのお湯の中で思い出した過去はなんだかくすぐったくって、のぼせる前にすぐ浴槽から出た。
「敬一」
朝飯を用意していると、眠たそうに目を擦る村雨がリビングに現れる。これももう、すっかり見慣れた日常だ。
「起きたか。ちょっと待ってろよ朝飯もうすぐだから」
「……相変わらず早起きだな」
「オメーが遅いんだよ。ほら、コーヒー淹れてやるから座ってろ」
ボケっとした顔で注がれるコーヒーを目で追う村雨は何度見ても面白い。獅子神はそんな村雨をダイニングテーブルに座るよう促して、コーヒーと共に既に作っていたサラダとベーコンの皿を並べてあげた。
「少し焦げてる」
「考え事してたんだよ、悪かったな」
「何を」
やけにこちらを伺う村雨の視線から逃れるように焼きたてのトーストを取り出して皿に並べる。
こうすると村雨は飯を優先するからだ。
行儀良く手を合わせて、モソモソと飯を食べたす村雨を見て、コイツのこういう所だけはあんま変わらないな、と朝市で買った野菜で作ったサラダを食べながらこっそり思う。
あの頃より随分と伸びた髪を一括りにして、加齢と共に刻まれた目元の皺を誤魔化すようにかけた色付きレンズのメガネを掛けた村雨は、10年前とは別人のようにも見えた。
けれど身内の贔屓目抜きでも、思わず見惚れるいい男には変わりない。
「…どうした」
「いや…オメー結構老けたなと思って」
視線に気付いた村雨が怪訝そうにこちらを見たので、オレは素直に思った事を伝える。村雨はそれに「あなたが変わらなさすぎなだけだ」と眉を顰めた。
「俺も40になったら髭とか生やしてみるかな」
「そうしろ。この分だといつか親子に間違えられる」
「流石にそれはねーだろ」
獅子神は村雨と違い、健康や見た目にはそれなりに気をつけているお陰か、あの頃と違う所は髪型がオールバックになった事くらいだ。
そうしていつまでも若々しくあろうと努力はしているが、それも頑張ってあと数年だろう。
「何故急にそんな事を?」
村雨はトーストをしっかり咀嚼して飲み、軽く首を傾げた。ジトリ、こちらの真意を探るような瞳に観念して口を開く。
「オレ達、もうすぐこっちにきて10年目だろ?そう思うとやっぱ変わるよなって」
獅子神の言葉に村雨は成程、と合点がいったように呟いた。
「朝から何を考えているのかと思ったが、昔のことだったか」
「何だよその言い方」
「いや、誘われてるのかと」
「馬ァ鹿、違ぇよ」
いつまで元気なんだオメー、と悪態を吐く獅子神の言葉に、村雨はフッと笑ってコーヒーに口をつける。そして「ふむ、」と少し考えるようにこちらを見つめた。
「そうか。もう錫婚式か」
「そういう格式ばったのは別にしねぇけど……ちょっとしたお祝いくらいはしてぇよな」
「折角だ。久々に旅行でも行くか」
「いいな。この時期だとイタリアとかか?」
「いや、温泉がいい」
「温泉?」
村雨の口から飛び出した意外な言葉に思わず聞き返す。
「日本はどうだ。10年ぶりだろう」
「そういや…」
こちらに来てから10年という事は日本から離れて10年経っているという事だ。当たり前の事なのに全然頭になくて、それに気付いた途端、急に日本が恋しくなった。
口には出さなかったが、そんな自分の思考に村雨は気付いたようで、「決まりだな」と薄く笑う。
「行きたい所があるならリストアップしておけ」
「オメーはどっか行きたい所あんの?」
「タイミングが合えば兄の所に顔を出したいくらいだ」
その言葉に、数年前わざわざハワイまで来てくれたお義兄さんの顔を思い出す。今も定期的に連絡を取り合っているが、オレ達の都合で来てもらってばかりだったからこちらからも挨拶したいと思っていた所だった。それなら丁度良い、とお義兄さんの家がある場所を考えながらスマホを開いた。
「箱根とか熱海の辺りなら寄れそうだな」
「ああ」
旅行の計画を立てるのは楽しい。やりたい事を2人であーでもないこーでもないとグダグダ話すのは、この長い結婚生活の中で特に好きな時間だった。
こういう何気ない日常が幸せなんだろうな、と思う。20代の時のあの、命を燃やすギャンブルとは違った、じんわりと胸の奥を暖かくさせるような幸福感。
刹那的に生きてたオレ達がまさかこんな風な幸せをとに入れるとは。
…取り敢えず、本格的な計画を立てる前に食器を片付けようと立ち上がる。皿を回収しようと伸ばした獅子神の手を掴んだ村雨は、そのまま身体を引き寄せて、思い出したかのようにキスをした。
「ンだよ……」
「今日は休日だ」
「せめて食器洗い終わった後にしてくれ」
「そうか、なら手伝おう」
「ダメだ。オメーが居ると余計に時間が掛かる」
いつの間にか腰を抱いてる村雨の腕をはたき落とす。本当に元気なお医者様ですこと、と嫌味をつけても全く離れる気配がない。一体どこでスイッチが入ったのか。
一応嫌がるポーズを取ったものの、こういう時の村雨が言う事を聞いた覚えが無いので、諦めて好きに触らせておくことにした。
「敬一」
「こら、やめろって」
どさくさに紛れて服の中に入り込む手に抗議するも、村雨はそれを意にも介さず。オレが本気で抵抗しないのをいいことに、そのまま首筋に顔を埋めて軽く吸い付いた。
「いい歳して」
「別にいいだろう」
休日が潰れそうな事に溜め息をついて、仕方ないと力を抜いて。
折角なら、と幸せな今に甘える為に村雨を見る。
が、その時。
「……………」
「…………えーっと…」
インターホンが大きな音を立てて鳴り響く。そしてドンドン!と力任せにドアを叩く音。
どう見ても緊急の来訪者を告げるその音に村雨の眉間にどんどん皺が寄っていく。
「……オレが出るから」
あんま拗ねんなよ、と獅子神は村雨の機嫌を取るようにキスをして、玄関へと小走りで駆けた。
そして急いでドアを開ける。
ハワイの爽やかな風が、玄関を通り抜けた。
「あっ!ケイイチくん久しぶり!ちょっと匿って!!」
「村雨はいるか?神の右肩を治療するという大役を任せてやろう」
───あまりに見覚えのあるそのセリフと姿に、思わず「げ、」と声を上げた獅子神は、少なくとも本日の平穏が消え去った事を察したのだった。
***
「帰れ」
家主様である村雨は最悪だ、という顔を隠さずにそう言った。
獅子神だって村雨がこの2人を家に招き入れたとしたら同じ反応を返すだろう。完全に落ち度はこっちにあるので思わず「スマン……」という心からの謝罪が出た。
「帰る場所なんてないよオレ達家なき子だからさ」
「獅子神、紅茶はあるか?」
「ふざけるなあなた達に出すものは何もない。敬一、追い出せ」
「まあまあレイジくんキレんなって」
「変わんねーなマジで………」
村雨の怒りなど気にも留めずに自由に振る舞う2人に懐かしさを覚える。あの頃より少し大人びた叶と天堂だが中身はあまり変わっていないようだ。それが嬉しいような、せめて変わっててくれよと願いたくなるような、微妙な気持ちになりながら、獅子神は村雨の方を向く。
「天堂の肩だけ治療してやってくれねーか?流石にこのまま帰すのは寝覚め悪りぃだろ」
「……………分かった、治療してやるから肩を出せ」
「丁重に扱え」
「ふざけるな。泣いて感謝しろ」
相性の問題なのか言い争いが絶えない2人を尻目に、物珍しそうにウロウロとしている叶に菓子を与える。大人しくソファに座った叶は素直に喜んでそれを食べ始めた。そういう所も変わってない。
「マジで久しぶりだな〜2人はずっとハワイに?」
「そうだ。新婚なのによくも邪魔をしてくれたな」
「レイジくん今も新婚名乗ってるの図々しいぞ!それともツッコミ待ち?」
「まあ相変わらずで安心だな。式は挙げたのか?何故神を呼ばなかった」
「オメーら呼ぼうと思っても連絡取れなかっただろうが」
ソファの向こうの天堂と村雨も会話に反応してこちらに話しかけてくる。獅子神はマイペース極まりない自由人が3人も居ると疲れるな…と思いながら「つーかオメーらも10年一緒に?」と気になっていた事を聞いた。
「いや、2年くらいは2人で各地を逃げ回っていたが途中で逸れてしまった」
「そっから8年は音信不通だったな」
そういやユミピコ何してたの?と叶が雑に問いかけると、天堂は「アフリカで神として祀られてた」と訳のわからない事を言い出したので、獅子神は「そっか……」と取り敢えず適当な返事を返す。天堂の発言にいちいち突っ込んでたら日が暮れてしまう。
「じゃあなんで今一緒にいるんだよ」
「それが3ヶ月前にニューヨークの刑務所でバッタリ会ってさ」
「丁度良いと思い脱獄した」
「待て待て待て!!脱獄!?」
聞き捨てならない言葉が聞こえて、獅子神は天堂の言葉を遮って声を荒げる。いつかやらかすと思っていたがまさか既にやらかした後だったとは。
「そ、逃げる時ちょっと色々あって今2人でFBIに追われてるとこ」
「国際指名手配中だ。しばらく世話になるぞ」
「ふざけんなよテメーら!!!」
村雨の手によって肩に包帯を巻かれた天堂が服を着ながらこちらを見て「何か問題でも?」とでも言いたげな顔をしている。獅子神は思わず立ち上がって「今すぐ刑務所に帰れ!」と叫ぶ。
「いやいや、オレ達も一応勝算あるから脱獄したんだよ」
「知らねーよ!!オレはぜってー手ェ貸さねぇからな!」
「車!ケイイチくんが目的地まで車運転してくれるだけでいいんだよ」
「車だぁ?そんなもん一台くらいやるから天堂に任せとけよ」
「無茶言うなよ、ユミピコここに来るまでレンタカー4台爆発させたんだからな」
オレとしても信頼できる運転手が欲しいワケ、と伸びた髪を弄る叶は口を尖らせて文句を言った。昔と変わらず自由奔放な叶と天堂に頭が痛くなる。2人のマイペース具合に頭が痛くならない奴なんてそう居ないだろうが。
獅子神は深い溜め息をついて頭を抱える。
元気そうでなによりだ。けれど限度ってもんがあるだろう。
「大体国際指名手配犯なんだろ?行く当てなんかあるのかよ」
「それがあるんだよな。しかも2人にとっても朗報だ」
「朗報?」
ここで、静観という名の無視を決め込んでいた村雨が叶の言葉に反応してそう問いかける。
叶は待ってました、と言わんばかりにそちらを向いて。
「ラスベガス。そこにある新進気鋭のカジノに解体された筈のカラス銀行が1枚噛んでるってタレコミがあった。───行ってみる価値はあるだろ?」
もしかしたら晨くん達に会えるかもしれない、と悪魔のような笑みを浮かべるのだった。