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    sanekawawa

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    sanekawawa

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    潤くんが身内に甘くセコムとして機能するも最悪で、エミがまだ女王の自覚がない頃のお話です。

    蛇塚エミちゃん
    超可愛い美人なお嬢様。養子なので、本家のこどもじゃない。

    名木田潤くん
    めちゃ顔がかっこいい。倫理観が終わってる。中学1年の時点では身長が周りの子より頭一つ抜けて高い(高校で色んなやつに追い抜かされるぞ)

    毒を食らわば皿まで1■エミと潤/中1の冬
     
    儚い日差しが枯れ木の間をぬって、地面に影を作り出す。中学1年生の冬。下校時。
    空はどんどん陰りを見せ、少女の顔もまた険しく眉間に小さく皺を刻んでいた。小さな公園の入り口に、中学生が2人。

    一方は、コバルトグリーンの髪をお下げに結んだ、彼方の月のように麗しい可憐な乙女。それと相対するは中肉中背の少年。ギトギトの真っ黒な前髪に隈の濃い、充血した鋭い目。陰鬱そうな表情は怒りをはらんでいた。

    「迷惑、なんです。そういうの」

    少女から発せられたのはか細い声ではあったが、しっかりと拒絶の意思が籠もっている。

    「お、俺はただ蛇塚さんのことが心配で、別にあとをつけてたわけではなく」
    「あの、やめてください。金輪際。怖いから」
    「でもっ!蛇塚さんが……ッ!」

    躍起になろうとする少年の声に、少女は肩をビクリと揺らす。口の端に泡がついて、唾が飛んだ。伸ばされた手が彼女の肩へと触れそうになったその時――。

    「なぁにしてんの~?」

    公園の反対側の入り口から、よく通る大きな声がかけられる。声の主はハイカットの黒くてごつごつしたスニーカーで、公園の砂をすり足で、ざざ、ずり、ざざ、と音を立てて横切ってきた。

    完全に校則違反の黒いウルフカットに、両耳のシルバーピアス。真夜中の海のように真っ黒に濁った目。学ランを着崩して、オーバーサイズの黒い厚手のパーカーを羽織っている。

    いかにもやんちゃそうな格好をしていたが、その全てが彼にぴったし似合っていた。背も高く昨年までランドセルを背負っていたとは思えないくらい、大人っぽい中学生だ。

    そして顔がテレビに映るアイドルどころか、精巧な人形レベルに整っており、どこか無機物然とした近寄りがたさと、不気味な雰囲気を放っている。

    そんな絶世の美少年が淀みなくこちらへと歩いてくる様は、それだけでまるで映画のワンシーンのようだった。

    「エミちゃん。一緒ん帰ろ~」

    白い息を吐きながら、へらへら笑い、ひらひらと右手を振る少年。
    エミちゃんと呼ばれて振り向いた少女は、きらりと目を見開き、先程と打って変わって花の蕾をほころばせるように微笑んだ。


    「潤! 先に帰ってしまったかと思いました」
    「サト先に指導捕まっちった。話なげえのなんの。行こっかぁ」
    「そんな格好で学校に来るからですよ」
    「だって、格好いいじゃん? 似合うもん着たほうが毎日楽しい」
    潤と呼ばれた少年は、そのまま喋りながらエミの右手をギュッと握る。
    「手ェ冷えちゃったねえ。カイロ入れてっから家まで僕のポッケに手突っ込んできな~」

    ニコ、と笑った顔が少女漫画のヒーローだった。そして、目の前の冴えない少年には一瞥もくれず、潤の意識はエミにしか向いていない。感じの悪いほどに。

    「あの、蛇塚さん……」

    目の前で繰り広げられる仲睦まじい光景に、嫉妬の絡んだじっとりした眼で少年が口を開く。

    「は?何」

    それに応対したのは潤だった。ナイフの切っ先を向けたような、鋭い威圧の声だった。エミは潤の服の裾をちまこくつまんで、彼の背に隠れてしまう。少年は一瞬怯んだが、空気を読まずに負けじと口を開く。

    「お、俺は蛇塚さんと話してるんだけど、大事な話があるのでどいてもらっていいですか?」
    必死のぼそぼそとした早口の応戦も虚しく、潤は少年の発言を無視する。

    「誰? コイツ」
    「同じクラスの……田端くん」
    エミは小ちゃい声で潤に言葉を返す。

    「あ~……お前かァ。キモいストーカーって」
    侮蔑の視線だった。潤は基本的に普段から人のことを見下したような顔をしていたが、その中でも特別眉間に皺が寄って嫌そうな顔だった。

    「な、何を勘違いしてるのか分からないんですけど? 帰る方向が一緒なだけで、別にストーカーとかそんなんじゃないし、キモ、キモいって何なんですか。そういう事平気で人に言うのやめたほうが良いと思いますよはい。ていうかあなた蛇塚さんの何なんですか。俺と蛇塚さんが2人で喋ってるのわかりませんでしたかね? 急に人の間に入ってきて、邪魔するのも常識ないっていうか……そんな格好してたらまあ常識ないですよね」
    定まらない視線に、早口でボソボソとまくし立てる田端くんに、潤は身体を向けてゆっくりと喋った。

    「アー、ハハ。ゆっくり、喋ってもらって良い? 何言ってんのか、よくわかんねぇから。何をそんなに焦ってんだよ。なァ?」

    人を煽り散らすことを生まれた時からの生きがいにしているような、均衡の取れた悪魔の笑顔だった。

    田端くんはそれにカッとなって、赤面する。整えられていない眉毛はキッと吊り上がり、真冬だというのに脂汗が浮いていた。
    「な……ッ、あ、はな、話が、俺のほうが先に……!」
    「エミちゃんコイツと話すことあんの?」
    「な、無いです……いつも、勝手に話しかけてきて、困っていて」
    「そ、そんなこと! いつもは笑って話してくれてるじゃないですか、っそれが急に! 今日は迷惑だとか言ってきてッ!」
    「それ、どうしたら良いか分かんねえから、いつもはエミが笑ってあげてるだけだと思うよ」
    「はぁ そんなわけ」


    「お前さァ、人の話遮って話すじゃん」



    潤は一度言葉をそこで切って、大きく息を吸い込んでからまた喋りだした。



    「……初対面の僕にもそうじゃないですか。空気読めないって言われませんか? 一方的にまくし立てる相手って怖いんですよね。話通じなさそうだなって。いくら同級生だつったって、男じゃないですか。怒らせたら乱暴されるかもって思ったら、そりゃあ大人しく話聞いてあげるに決まってるんですよ。 急に拒絶されたわけじゃなくて、ずっとそれとなく拒絶してたんです。それお前が分かんなかっただけだから、お前の落ち度だよなァ。用事があるのでとか、急いでいるのでって言うのとか、無視して話しかけ続けませんでしたか。エミから聞いたけどあそこの交差点で、いっつも待ってるんだって? 毎日? 毎日待ち伏せされてるのって怖いんですよ。 てかなんで同クラなのに、教室で帰る約束しないわけ。話しかければよくないですか。なんで誰もいない道じゃないと、エミに話しかけようとしないんですかね。それってさぁ、逃げられない状況じゃないと自分の話聞いてもらえないってわかってるからですよね? さっきから黙ってるけど、僕の言ってることちゃんと頭に入ってますか?」

    ――お前の真似して、喋ってみたんだけど、早口でぼそぼそ一方的に、まくし立てられたら不快なの分かる? 

    その言葉だけゆっくりと付け加えると、潤は地獄の笑顔のまま、田端くんの襟元を片手でぐっと掴んで引き寄せた。
    「ッ!」
    「キショいんだよ。お前の態度。だから嫌われんの。これまで教えてくれる人居なかったんか? お前の何言ってんのかよくわかんねぇキモい早口をうんうんって聞いてくれるの、ママしか居ねえもんなァ。会話ってのはキャッチボールなんだよ。キャッチボールできる? このままじゃドッジボールになっちまう。なあ。なんか言ってみろよほら。お前がいっつもやってることだぞ」

    地獄の底から囁くような、真っ赤に焼かれた鉄を容赦無く押しつけるような声だった。
    そして顔の整った人間が至近距離で怒気を纏った顔をしているのは、あんまりにも迫力があり心臓に悪く、田端くんはなんにも言い返すことが出来なかった。

    「……っ」

    「次エミちゃんからなんか苦情来たら便所で堂々とリンチすっからな。二度と学校来れないようにしてやるから、覚悟しとけや馬鹿が」

    ぱっと潤が手を話すと田端くんは、意気消沈してへなへなと座り込んでしまう。それを興味なさげに一瞬見下ろすと、潤はエミの方に向き直り、打って変わってにぱっと朗らかに笑った。

    「じゃ、帰ろっか~!」

    潤は先程まで田端の胸ぐらを掴んでいた手を、汚いものを触ったかのようにパーカーの裾で拭う。当然のように一連の動作が行われたので、エミはびっくりしてしまった。最後の最後まで人をコケにすることを徹底している。
    「うん…………」

    エミはほとほと疲れ切った顔で、潤の差し出した手を握った。





    「あのね、あそこまでやれとは言って無いのよ」
    エミは繋いだ右手を潤の分厚いパーカーのポケットへ、一緒にしまわれながらそう言った。いつも話している時にくっついている敬語は取れて、ちょっとだけ拗ねた幼い子供のような声だった。

    ちなみに潤のこの距離感の近さは、身内判定すると男女構わずぺたぺたくっついてくるものなので、エミはすっかり慣れきってどきどきもしなかった。小学生の頃はちょっとだけ勘違いしそうになったものの、大きな犬がじゃれているのと一緒なのである。

    「はっきり言わねえと分かんねえんだよ。ああいうタイプは。あと、誰にでも八方美人すんのやめたほうが良いぜ。エミちゃん顔が可愛いんだから、変なやつに気ぃ持たせるとバベルの塔くらい付け上がるぞ」
    「でも、あそこまで叩きのめすことはないでしょう。可哀想よ」

    通学路を2人並んで歩いた。日が暮れ始めて、あたりは昼の青さとはまた違う紺色の世界に染まっていく。
    「調子に乗った人間を虐めるのは真っ当に僕の趣味ですが、身内がヤな気持ちになってたら懲らしめたいじゃん」
    「人を積極的に傷つけるのをやめなさいよ。もっと穏便にね……」
    「自分や周りの好きなやつは、容赦無く傷つけられるのに? 我慢しないといけないの? お前がこの2ヶ月怖かった分の補填って、誰もしてくれないのにさ。目には目を歯には歯をって至極まっとうなことだと思うけどな」
    「うーん……うーん……理屈が極端すぎる……ハンムラビ法典って紀元前なんですよ」
    潤が曇りなき眼でそう言うので、エミはその研ぎ澄まされた横顔を見て困ってしまった。


    「てか右京じゃなくて、僕に相談した時点で、ざまみろ展開期待はしてたんじゃないの」
    「ぐぬぬ……でも助けてなんて言ってません……」
    「僕は酷いやつだってわかってるでしょ。お前の思ってるようには動きません。話したほうが悪い」
    「ほんとに酷い人ですよ。……でも、私には初めて会った時から、どことなくやさしいじゃない。どうして?」

    「ん~わかんね。好きだから?」

    スパンと放たれた言葉に、一瞬胸がドキリと跳ねるがエミは思い直す。身内に馬鹿みたいに甘いのが、この男の通常運転なのだ。あんまり異性として意識をすると痛い目をみる。痛い目を見た数々の女の子たちの顔を思い浮かべて、彼女は小さくため息を吐いた。

    「私を口説いても仕方がないでしょうに……」
    だから、「そういう風に言うと勘違いする人もいますよ」の意を込めて言葉を返す。

    「……? 口説いてないよ。好きってソレだけじゃないじゃん。多分。わかんないけど。友愛ってやつ?」
    「ふうん。友愛って語句がアンタの辞書の中にあると思ってなかったです」
    「実はあるみたい。あとね、なんで僕がエミのこと好きかってーとね、似てるからだと思う」
    「似てます?」
    「顔が綺麗だろ、能力全般も高くて器量が良いだろ、考え方も近いところはほぼ一致するだろ、生まれは全然違うけどさ。親近感?」
    「むむ……言いたいことは分かる」
    「誰にでも良い顔しても、得すること無いぜ。エミちゃんが好きな人は、エミちゃんが選びなよ。しょーもない人間に、愛想していっつも振り回されて馬鹿みたい。お前、頭いいのにさ……なんでわかんねーのかなァ」

    「……処世術への見解の違いですね。でも一理あるかも」
    「僕から学んでくれたまえ」
    偉大な業績を成し遂げたと言わんばかりの口調で、潤は喋る。
    「調子に乗るな」
    「大真面目に言ってんだよ。エミはこれからもっと可愛くなるだろ。そしたら今より、色んなのが寄ってくるよ。可愛い子は誘蛾灯みたいなもんなんだ。揉め事の火種だ。そんだけ容姿が整ってるんだから」
    「嫌に私のことを褒めますね」
    「ホントのこと言ってるだけ。箱庭のお姫さんはこどもの頃から色んな人に守られてるかもしれんが、お城から出た時に困んのはお前だぜ。可愛いってのは、舐められてるってことだよ。棘の無い薔薇は容易く手折られる。もう既に多少の実感はあるだろ?」
    「……そうかも」

    彼はエミのクラスの女の子達の、彼女に対する態度のことを言っているのだろうなと思った。最初のうちは仲良くしてくれたし、今だって表面上は仲良しだ。だけども、些細な歯車のズレは徐々に大きくなり、エミに対する謂れのない嫉妬や悪意のガラス片の切っ先は増えるばかりである。

    中学生になって、間もない頃からもう既に美人な子と、そうでない子の差は浮き彫りになっていくのだ。化粧もできず、校則で画一化された制服と髪型。元の造形が良い程、その差は見た瞬間にはっきりと分かる。学校とはルッキズムの温床であり、美しく可愛く有るほど女の子のステータスは上がる。ましてその可愛い子が、別け隔てなく誰にでもやさしく文句の付け所のない、聖人君子だったらどうだろう。それを有難がるか、やっかむかは当人の性格によるだろうが、どうにか難癖をつけるために、躍起になる輩はいるもので。おかしな噂を捏造され、ひっそりと流されたり、少しずつ嫌がらせはエスカレートしていた。

    田端くんがエミに対して過剰なまでに、放課後の帰り道話しかけるようになったのも「エミが田端のことが好き」だと流された根も葉もない噂のせいである。

    田端くんは完全に噂を鵜呑みにして舞い上がってしまった被害者だった。だからエミは彼のことを気の毒に思っているのだが、それとこれとは別の話で彼に毎日帰り道でしつこく話しかけられるのは、中々の恐怖体験だった。
    話が通じない人はやはり怖かった。

    しかし、4月になればクラスも変わる。だからエミは事を荒立てないように、にこにこ笑ってじっと息をひそめていたのだ。誰にも相談せずにいたから、誰も気づいていないと思っていたが、潤の観察眼は鋭く見抜かれてしまった。

    そのことが、エミは嬉しく、気恥ずかしくも有り、ポケットに入れた手を今すぐ振り払いたくもなった。そんなことを知ってか知らずか、潤の手は固くエミの手を握ったままである。

    「ボカァ、お前がしょうもない人間に無様を晒すのを見たかないんだ。アイツなら矢面に立って守っちゃるのかもしれんが、僕のは守るってのより攻撃だろ。エミちゃんの居場所もなくなっちまうから。その、なんだかな。自分でどうにかできるようになれよ。苦手なんだそういうやつ。手出しができん。男相手ならぶん殴って解決するが、女殴ったら男の時よりクソ怒られるからなぁ……。何が男女平等なんだか。マア、要するにいずれは人の上に立つんだから、か弱くて従順なだけじゃマジで舐められるぜ」
    「私の将来まで心配をしてくれている……」
    「そらするさ。大事なオトモダチだもの。気軽に触れられないくらいのイイ女になれ。とびきりの。堂々としてれば良いんだ。そしたら誰もエミちゃんを傷つけられなくなるよ。マ、しくしく泣いてるお前も可哀想で好きですが。美人が泣くと嬉しいからな」
    「やっぱり口説いてる?」
    「口説いたら僕の少ないオトモダチが減っちゃうだろうが」
    「少ない自覚があるのに、言葉の選出が紛らわしいのよ」
    「勝手に好意を拡大解釈するほうが悪い。自分に都合のいいことは、みんな5倍位都合よく受け取るよね。僕はいつだって、思ったことそのまま言ってるだけなのに。まあ、その分都合の良くないことは5倍増しで都合よくない言い方にするけど。これでトントンだ」
    「こんなのには絶対惚れない」
    「惚れたら教えて。お前のことは、ATMにするから」
    「さ、最悪……」

    話しながら歩いていると、あっという間に家の門の前についてしまった。日は落ちてあたりは真っ暗だ。
    ポケットから手が出されて、繋いでいた指が離される。外気の冷たさと、右手の温かさがちぐはぐしていた。

    「何はともあれ、今日はありがとうございました」

    エミがかしこまって頭を下げると、潤は快活に笑った。
    「良いってことよ。明日田端になんかされたら絶対言えよ。ボコボコにするから」
    「ボコボコにはしなくていいです……」
    「あはは、サンドバッグ2号くんにしようかと思ったんだけど残念! じゃあね〜また明日」
    1号くんが居ることに言及しようか迷って、彼の話を聞くときっと疲れるから、そのまま見送ることにした。
    「はい。また明日……」

    手を振りながら暗闇に溶け込んでいく潤が見えなくなると、エミは大層立派な造りの日本家屋の中へと入った。

    そして、彼はとても格好良い人だなと改めて見直した。倫理観が所々欠如して、頭のネジも数本最初から刺さっていないのだが、そこが魅力的だと思う。致死性の病のような男だ。死神のような。彼も顔の系統の分類的には可愛らしい顔をしていたが、雰囲気には黒い影が付き纏う。彼の思うイイ女って、一体どんな人なんだろう。

    自室の襖を開け、学生鞄を勉強机の横へ置く。そうしてベッドの上に制服のまま寝転がり、イイ女って一体何かしらと、再度考えあぐねた。きっと可愛いの反対。格好いい女(ひと)。脳裏に浮かんだのは凛とした水仙のような毅然とした女だった。

    お祖母様の若い頃のお写真。一度拝見したきりだったけれど、セピア色の紙の中でも美しく誰も寄せ付けない強かさがあった。そしてそれはまだ健在だ。一本芯が通って、冷徹で誰にも左右されない剛健な人。磨き上げられた剣や、誰にも摘めない、棘のある華やかな純銀製の花。

    お母様もとびきりの美人だけれど、風が吹いてはかき消えてしまうような、柳女の流麗さや儚さは自分とはまた違った美しさだ。あの人は周りに自分を助けさせることを、流暢に全て計算してやっている。宮中の本物のお姫様。だけども、それは柔らかな強かさだ。私は彼女に大層甘やかされて育ってきたが、使い方を違えれば毒薬のような人だと思う。いつの間にか焚かれた毒のお香が、身体を麻痺させていくような。空気に混じって侵食をするのだ。甘やかな香りで。

    彼女の周りの格好いい女性は、やはり「可愛い」という形容詞が当てはまらない。みんなどこか悪女然としている。そして自分の美しさで場を支配していた。エミはこれまで誰からも「可愛い」と言われてきた。言葉をその通りに受け取って自分のことを「可愛い」と思っているが、それだけではこれから立ち行かなくなるらしい。

    「とびきりの、イイ女……」

    人の好意や悪意で振り回されるのは、エミにとって嫌な事だった。誰が自分のことを好きだとかで、勝手に周りの関係がこんがらがった糸みたいになる。そして一番に目立つ彼女が、糾弾の対象となるのだ。擁護してくれる人も勿論いる。だけどもどこか、彼女が傷ついていると嬉しそうな顔をした。

    「美人が泣くと嬉しい」潤はそう言った。
    加虐思考を擬人化したような男が、はっきりとそう言うのだから、そういうことなのだろう。誰だって美しいものを壊したいのだ。自分だってそうだと思った。

    人に愛想をするのは、『あの人』みたいになりたいから。でも、女の私は彼とは土台が違う。根幹に持っているものがそもそも違う。彼が正義のヒーローなら、自分は守られる心根の優しいヒロインよりも悪女だ。

    今日だって結局は田端くんの間に割って入って、潤を止めなかった。2ヶ月間気分の悪い思いをしていたから、その分心がスッキリした。誰にだって好かれたかったが、あんな人の相手をしたいわけではない。潤の言う好きな人を選ぶというのはそういうことだろう。自分に足りないのは、はっきりとした拒絶の意思だ。

    大金持ちの蛇塚の家で育てられ、この容姿、器量の良さ。自分は養子で他所の家の子供だからと、ずっと卑屈になっていたが、そんな事は外からはわからない。潤が他人を貶していない時の評価は、至極客観的なものの場合が多い。

    誰にだって好かれたいという気持ちは、誰にも嫌われたくないという気持ちと同じことだった。でも、そんな事は不可能だ。

    私は、人を選べる立場にある。

    お祖母様のように不要な人を自分の意志で跳ね避け、お母様のように人を篭絡し使えるようにならなければいけない。か弱くて従順なだけでは、いずれ来る当主の器として相応しくない。

    可愛いだけじゃ、自分のことも守ってやれない。

    エミはベッドの上から身体を起こし、姿見の前に立った。2つに結んだおさげが目につく。子供らしい可愛さ。それを解いて長い髪を下ろす。
    それだけで凛とした雰囲気が増した。多分、髪は短いよりも長いほうが似合って綺麗に見える。ピンで留めて横に流した長い前髪も、なんだか似合わなくて野暮ったい。バッサリ切ってしまおう。


    小さな変化だったが、女王の目覚めはこうしてはじまった。


    蛇塚エミが中学二年生の5月にクラス中の女からイジメを受け、容赦ない報復の後、学級崩壊を起こし担任の男性教諭を退職に追い込んだのは少し先の話である。
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