やわらかな羽根を抱くかいなのぬくもり 「おどれ、なんで『する』とき腕付けるん?」
唐突な問いだった。
「は…?」
もう寝るかとなって、ベッドに潜り込んだあとだった。シャワーも浴びて着替えも終わったから、ヴァッシュは義手を外した。それを見てのウルフウッドの問いだった。
「いつもはそうやって外して寝とるやん。その方が楽なんかなと」
確かにいつもはそうして寝ているし、『その』時はつけている。
「あ…いや…別に…深い意味は…」
「意味ないんか」
ほーん…軽くそういって、ウルフウッドは皴になった毛布を整え始めた。特に大きな意味もなく、ただの思い付きの質問だったのだろう。気にした風でもなく、ヴァッシュにかける毛布まで引っ張って、肩に回しかけてくれた。ウルフウッドと向かい合ってベッドに寝転んでいる。右腕が下になる体勢で、義手のない状態では毛布もうまく引き上げられない。不便は不便だが、つけているのも少し重いから、寝るときは外してしまっている。
だが、『その』時は…。
「やなんだよ…届かないのが…」
「おん?」
「中途半端にないから…上げてもお前に届かないし…でも無意識で上げちまって空振って…それが物足りなくて…それで…」
「そんで『したい』夜は付けとるわけやな、ほーん」
「だーかーら!余計なことはいわなくていいっつの!いっつも一言多いんだよお前!」
いわなければよかった…半分後悔しながら、ふざけた笑みがこちらを見るのが気にくわなくて、わざと乱暴にその顔を押し返した。
厚い胸板の下で喘いでいるとき、翻弄されてしがみつきたくなることがある。片腕では物足りなくて、ほんの少し不安で―――それに左腕で抱くのは、こいつの右肩…深く残った傷痕に、触れたくて…。
(だから…なのか…)
自分でも、よくは判らないのだが…。
「あっちょ…」
考え込んでいたのはほんの一瞬だろう。が、その無意識の隙に、その腕の中に巻き込まれていた。
「腕なくても…羽根で抱いてくれるやん…?」
「あ…」
羽根―――行為の間、時々ヴァッシュは思考に囚われることがある。感情を処理し切れなくなった時、ほんの時々ではあるが、『出て』しまうことがあった。
「お前…気にしないから…」
慌ててしまおうとすることはなくなったかもしれない。消そうとしたところで、自由にはならないから…。
「気にするとかやないな。ワイは…好きやな、おどれの羽根…」
「え…」
「安心すんねん…」
もう深夜も回って久しい時間だ。そのあと二言、三言話すうちに、ウルフウッドは寝入ってしまった。ヴァッシュを抱いた腕もほどかないまま…。
「ニコ…」
(おやすみ…)
おだやかになる呼吸をすぐそばで聞きながら、ヴァッシュも目を閉じたが、すぐには眠れなかった。
(この羽根は…)
出し入れも自分の意思でできないヴァッシュのこの翼は、ヴァッシュの持つ心象風景を、映像として触れた相手に見せてしまうらしい。はっきりとそれが見えるのか、ぼんやりとした映像なのか、それは判らない。だがメリルはそれで恐怖を覚え、ヴァッシュに対して普通に接することができなくなった。最終決戦の場で、彼女はそれを乗り越えてくれたが…。
メリルが見たのは、ジュライの記憶だ。無差別の殺戮と、そのあとのヴァッシュが感じたあまりにも重い贖罪の思い…闇の中で、罪に溺れる風景に―――。
(でも…こいつは…)
安心する…その言葉は確かに何度も聞いた気がする。旅の間にも、何度か制御できずにこつに見せてしまったことが…ウルフウッドにはあの闇が見えないのか、それとも…。
(いや…)
メリルに見えて、こいつに見えなかったわけはない。龍津城砦での戦いの際、直接には触れなかったが、あの時、何かしらの『黒い』感情は感じたはずだ。だがウルフウッドが、似た修羅の道を歩んだものだったから―――。
(…多分…)
受け入れられたのか、と…そう思っても、いいだろうか…。
大墜落の理由を話したことがある。この世界で、今やこいつだけが知っている、この世界の秘密…その罪を知ってなお、それがあったから、出会えたのだとそういってくれた…。
(…ッ…あ…)
湧き上がるのはいつも、溢れる感情だ。闇の中に燐光を伴って広がる翼―――それは寝入ったばかりのウルフウッドが目を覚ますには足る気配だった…。
「なんや…どないした…」
「ごめ…なんか…出てきちゃっ…」
「あー…」
寝ぼけ眼が光を追う。ヴァッシュの焦りとは裏腹に、正直な羽根はウルフウッドを包み込む。
「ぬくいな…ヴァッシュ…」
そういって―――ウルフウッドは湧き上がる羽根ごと、ヴァッシュを腕の中に仕舞い込もうとした。こんな異形のものを、いつも受け入れ、そのぬくもりで癒してくれる。
(ぬくいのは…)
お前の方だよ…―――その時に、また…義手を外していたことを後悔した。