三人の宿儺と虎杖 昔々、あるところに。宿儺という名の男が二人、住んでいました。
二人の宿儺のうち、一人は四つ腕に大人の背丈もゆうに超える筋骨隆々な巨体を持ち顔の片側に面のような物を身に付け。もう一人の宿儺は身の丈こそ人間らしいものの、その肉体は鍛え上げられた屈強な若者と言える体付きをしています。
二人の宿儺は毛色が淡く、そして二人とも眼が四つありました。眼の色は四つ腕の宿儺が青、二つ腕の宿儺は赤です。
仮に二人を四つ腕の方を宿儺、二つ腕の方をスクナとします。
二人は周囲の村の人達を鏖殺したり、二人を殺さんとやって来た痴れ者共を逆に殺して、愉快に日々を過ごしていました。
ある日。一箇所に留まっているのもつまらない、と住処を出ていた三人目の宿儺。黒髪に二つ腕の彼は仮にすくなとします。
すくなは久しぶりに二人の元に戻って来ましたが、その腕に一人の少年を抱えていました。
「これはどうした?」
スクナが訊ねると、すくなはニンマリと嗤いながら答えます。
「活きが良く頑丈でな。手荒に扱っても中々壊れん」
と、すくなが少年の髪を掴んで顔を上げさせます。
宿儺とスクナによく似た、淡い毛色の少年はスクナによく似た顔立ちをしていてスクナが驚いて目を見開きました。件の少年は、そんなことに気が付かないのか琥珀玉の眼に力を入れて三人を睨みつけてきました。
「この状況で尚睨むか」
宿儺が生意気そうな少年の態度にクッと喉を鳴らすと近寄り、少年の顎を掴んで無理矢理自分の方を向かせます。
「……」
「小僧。名はなんだ」
「……っ」
「どうした。口が利けんのか?」
「小僧は喋れんぞ」
「あ?」
宿儺の問い掛けに一切答えない少年に眉を顰めていると、すくなが横から言いました。
「喋れんだと?」
様子を窺っていたスクナが訊ねると、すくなはニタリと嗤って答えます。
「文句を言うか喚くばかりでなァ。口淫も下手で使えんから舌を抜いた」
「ふむ。開けろ」
「っ、……!」
二人の話を聞いていた宿儺が少年の口に指を押し込んで無理矢理開かせると、確かに口内に舌は無く。
舌があっただろう場所には、おそらくはその付け根だったのだろう小さな肉襞が残っているだけだった。
「……治して欲しいか?」
「ッ」
宿儺からの突然の提案に、少年は目を見開いて息を飲みます。
「おい、まさか治すつもりか?」
「騒がしいだけだぞ?」
宿儺の提案に驚いたのは何も少年だけではない。残りの二人もその発言に驚いていた。
「構わん。口が利けん方が不便だ」
「……」
少年は俯いて何かを考えると、ハクハクと口を動かして何かを言ったようでした。それは当然ながら声にはなりませんでしたが。
「ほう。どうやら考える頭はあるらしいな」
「」
どう言う訳か、目の前に立っていた宿儺には何を言ったのかが伝わったと分かり。不思議そうな顔をして、また口だけを動かして訪ねてみます。
『俺が何言ってるか、分かるん?』
「読唇術程度のことが俺に出来ぬとでも?」
どうやら本当に少年の言っている事が伝わっているようです。なので少年はもう一度、口を動かします。
『……治さんでいいよ。どうせ何か条件とかつけるんだろ』
「ま。無償で治してやるつもりはないが」
宿儺は少し距離を置いてこちらの話に聞いている二人を見て声を掛けます。
「オマエ達はどうだ」
「頑丈というなら慰者以外にないだろう」
真っ先にスクナが答えます。
「他に使い道は無いぞ」
少年を〝頑丈〟と称した辺り、既に何度も慰者としているだろうすくなも続きます。
「……だ、そうだ。このまま行けばオマエは俺達三人の慰者として使うが」
「っ」
少年はすっかり顔を青ざめ、身を竦ませてガチガチと歯を震わせていました。
――…これは、余程彼方の俺に手酷くされたな。
宿儺は考えます。慰者にするにしても毎晩己に怯え、嫌がる相手を犯してもこれまでと同じだけ。当然面白味はありません。
「小僧。オマエ、何が出来る?」
『……料理、とか。家事なら大体は』
宿儺の何気ない問い掛けに返された中で、三人が反応する言葉が出て来ました。
「料理?」
「小僧、オマエ料理が出来るのか」
「は? 俺にはその様なこと言わなかっただろう!」
「っ」
急に三人に詰め寄られ、恐怖からか驚きからか。少年はビクンと身体を跳ねさせます。
宿儺達は鏖殺が趣味とも言える程の残虐性を持っていますが、同じくらい食事も趣味です。なので、料理ができるという少年に興味が湧きました。
最も、自分達を満足させられる程の腕前かどうかは分かりません。
「ふむ。どう思う」
宿儺が改めて二人に問い掛けます。
「先ずは作らせろ」
「そうだな。腕前が分からんのでは意味がない」
二人の意見を聞き、宿儺はまだ状況が理解出来ていない少年に訪ねます。
「小僧。名は?」
『虎杖悠仁だけ、っ何』
少年、虎杖は口だけを動かして名乗ると、まるで首に縄か何かが掛けられたような感覚を覚えて慌てて自分の首を押さえます。
当然ながら、そこには縄なんて物はありませんでした。
慌てる虎杖に、何が起きたのか分かっている三人はニンマリと嗤いました。まだ違和感が残る自分の首を摩っている虎杖は、その笑みに気が付きません。
「小僧。先ずは料理はしてみせろ」
『俺が』
「慰者は嫌、なんだろう?」
宿儺にそう言われ、言い返せない虎杖は少し考えてから。
『分かった』
そう、言って頷きました。