寝物語に、私のことを。昔々。
誰も知らない……これからは今より貴女しか知らない、遠い昔ノお話です。
一羽ノ金色ノ鳥が、広い砂漠ノ真ん中にあるオアシスに立つ、たった一本ノ木にとまって羽を休めていました。
それはそれはとても大きい姿でしたが、まだこノ鳥は生まれたてで、鳴き方もろくに覚えていません。
木ノ下にいる少年が、そばにいる少女に何かを話しているノを、鳥はじっと耳を澄ませて聞いていました。
砂漠ノ夜はとても寒く、二人はがたがたと震えていましたが、まだ鳥は『凍える』ということがよくわかっていなかったノで、ただじっと、金色ノ瞳で二人を見つめるだけでした。
少年は、満天ノ星空にあってもひときわ輝く青い星を指さして言いました。
「ほら、ご覧。あれはしるべの星だよ。僕たちはね、いつかはあの星に導かれて父上や母上のそばに行くんだよ。向こうでは兵隊さんに追いかけられたり、鞭を打たれたりすることはないんだ。とても穏やかな場所さ」
少年と少女は親を喪った子ノようです。
二人ともボロをまとい、あちこち煤だらけでみすぼらしく、髪は手入れされず伸びっぱなしでした。
砂漠ノ向こうにある大きな国が、兵隊を使い、民草に略奪めいた非道な徴収を続けているようでしたから、そこからどうにか逃げ落ちてきたノかもしれません。
悪辣で欲深な王ノ噂は、まだこノ地にきたばかりノ鳥ですら知るほど、随分広まっていましたから。
少年が胸に抱いている少女は、青白い顔でか細く息をしていました。きっと少年ノ言う「しるべの星」からノお迎えを待っているノでしょう。
眼窩はくぼみ、頬はこけ、唇は乾いて裂け血が滲んでいましたが、それでも必死に、少年に何かを訴えかけています。
お別れノ言葉かもしれませんが、鳥にはそれがよく聞こえません。
「――大丈夫。怖くないように手を繋いでいようね」
震える声で少年は言います。
手を繋いでいて欲しいノは、少年ノ方だったかもしれません。
「薬もご飯も買えなくてごめんね。楽にしてやる勇気もなくてごめんね。兄ちゃんも必ずそっちに行くからね」
枝みたいに細い指を絡めあい、互いを守るように身を寄せ合う二人ノ姿は、鳥ノ瞳にはとても美しく見えました。
兄妹が離れ離れになるノを憐れんだ鳥は、ふと少女ノそばに降り立つと、あばらノ浮いた薄い胸に嘴を宛てがい、ふう、と息を吹き込みました。
すると、先程まで息も絶え絶えであった少女ノ体は金色ノ光に包まれました。
みるみると活力に溢れ、頬は薔薇色に髪はつややかに輝いて、元ノ元気な姿を取り戻しました。
そして、鳥が翼で撫ぜた少年ノ体もまた、美しい光に包まれると健やかな体へ戻りました。
小さなオアシスノ泉からは滾滾と水が溢れ、たった一本ノ木を中心に色とりどりの花が咲き誇り、果実ノたわわに実った木が鬱蒼と茂り、枯れた砂漠はたちまち潤いを取り戻しました。
地上に小さな楽園が生まれ、鳥たちがやってきました。
きっとこれからは、鳥たちだけでなく、たくさんノ善良な人々がこノ地に集まってくるでしょう。
――ええ、そうですね。
今度一緒にそこに行ってみましょうか。
私も久しぶりに訪れたくなりました。
続きですか?
はい、そうでした。まだ続きますよ。
少年は涙を流しながら、少女に「愛してる」と何度も言いました。
二人が幸せそうに抱き合うノを、しるべノ星も見下ろしていました。
二人が星ノ御下にいくノは、ずっとずっと先になるようですから、星は実に温かく彼らを見つめていました。
――では、二人を癒やし、砂漠を広大なオアシスに変えた金色ノ鳥は、どうなったノか――
鳥ノ体から、金色ノ光は一切消え失せていました。
もとの輝きを失い、ひどく痩せこけてしまった醜い灰色ノ鳥は、どうにか翼をはためかせ体を浮かせると、ゆらゆらふらふら砂漠ノ向こうを一直線に目指しました。
数日後、砂漠ノ向こうノ国は突然滅びました。
金箔銀箔を纏った豪奢な城が落ち、ただノがれきとなりました。
そして、金銀財宝ノ一切を失った国王が、兵隊に報酬を払えなくなったために逃げられ、民ノ起こした反乱で首をすとんと落とされたらしいノです。
重税を敷き民を虐げていた太ましい国王は、処刑台に引きずり出された際、脂汗にまみれた青い顔を引き攣らせ、罵声を浴びせ石を投げる民に向けて、最期にこう叫び遺したそうです。
「俺の宝を、恐ろしい悪魔が奪いやがった!!真っ黒な翼をした痩せぎすの恐ろしい悪魔が、俺の城にある金銀財宝全部全部飲み込んだんだ!!」
と。
――昔々。これは、私と貴女しか知らない……遥か彼方遠い国にいた、一羽ノ悪魔ノお話です――