遠くの星より、隣の私に。短冊に書いた願いごとは、私には届きません。
物事には役割があり、短冊に書かれた願いは「星に願ったもの」であり、『私』に向けて訴えられたものではありません。
人の願いを叶える力がある私でさえ、この『領域』を侵してはならず、どんなに些細なお願いであっても、決して聞き入れてはいけないのです。
「ねえ、リシェロ。知っているかもしれないけど、七夕にはね、短冊に願い事を書いて笹に飾る習わしがあるのよ。面白いでしょう?」
街の広場に飾られた笹のそばに、小さな簡易の机が一棹。そこには色とりどりの無地の短冊と鉛筆が置いてあって、ライヘンさんはそこから1枚、金色の短冊を選んで椅子に座りました。
「この色だったら、どんなに遠くの空からだって、すぐ見つけられるでしょう?せっかく書くお願いですもの、ちゃんと叶えてもらわないとね」
ライヘンさんはいたずらっぽく笑うと、長い髪を耳にかけながら、裏返した短冊に迷いなく願い事を書いていきます。
鉛筆を握る華奢な手。
淡い紫に染まった指先に、金色の粒がいくつか散りばめられたライヘンさんの指は、星座が浮かんだ夜のようです。
「出来た」
満足そうに微笑んで、こちらに手渡し見せてくださった短冊のお願い事。
七夕の夜、空にいる小さな星たちのどれか一つでも、この短冊を見つけることは出来るのでしょうか。
「これをね、笹に飾るのよ。てっぺんに近いほど願い事が叶うって言われてるの」
「……なるほど、そうですか」
私は、ライヘンさんの文字の一つ一つを指でなぞります。
近くだからこそ読み取れますが、すぐそばにあるベンチに座ったらどうでしょうか。
きっともう、読み取れません。
笹にはすでにたくさんの短冊が飾られていました。
他の短冊に重なっていたり、笹の葉に阻まれたりで、近くにいてすらもう読み取れない願い事があるというのに。
この地上にいる幾万の人々の数多の願い事を、星たちがすべて聞き入れ、読み取り、叶えることなど到底出来ないでしょう。私はそれを知っています。
「貴方のほうが背が高いから、お願いしていい?なるべく上に飾って……ええ、その辺りでいいわ」
括りつけた短冊の、紐の重みで笹が項垂れました。
風にそよぐ金色の短冊は、くるくると回ったりひっくり返ったりして、遠い空からではライヘンさんの書いた文字は読めないでしょう。
ライヘンさんもわかっているはずです。
「ねえ、叶うと思う?」
短冊を見つめて問いかけてくるライヘンさんの手に、私は私の手を重ねました。
「ライヘンさんノお願い事は、必ず叶いますよ」
『リシェロとずっと一緒に』
たとえそれが、習わしだからと呟いた些細な夢であっても。
戯れだと星に願ったものでも。
そのお願いは、私が――