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    9軸ふゆとら一個前のやつの続きのようななんというか…

    #ふゆとら
    Chifuyu ×kazutora

    俺がよかった 「最高の死場所、用意しろよ。」

     そう言った男の顔は血塗れで、そしてこの世で一番綺麗だった。

     -------

     白いシーツに黒い髪が広がっている。黒髪の主は一糸纏わぬ姿でシーツの上に横たわって動かない。数時間前には体を重ねていた筈の相手の体はすっかり冷たくなっていた。死体のように冷たいそれは、かすかに聞こえる呼吸の音でまだ生きているのだとわかった。
     「一虎クン」
     独り言のような声で彼の名前を呼ぶ。起きる気配はない。伏せられた長い睫毛がわずかに揺れた。
     顔にかかった金髪をそっと耳に掛けてやる。まだ、起きる気配はない。
     「キレイな顔」
     中学生のあの時から、この整った顔立ちは変わっていない。それどころか過去故の表情の翳りが、一層彼の美貌を引き立てている。それは人を惹きつける彼の魅力ではあるし、彼の武器でもある。彼自身も自分もそのことは理解している。それでも、今この瞬間を切り取って彼を閉じ込めたい。誰にも彼を見せたくない。
     彼の冷たい頬に手を添える。自分も彼と似たような格好だが、彼ほど体は冷えていない。指から伝わる体温が、寝ているのにどこか泣き出しそうな彼の表情を和らげて欲しかった。
     「一虎クン」
     もう一度名前を呼んだ。返事は期待していなかった。なんとなく彼の胸に額を押し当てると、近くで聞こえる心音にどこか安心した。
     「誘ってる?」
     眠そうな、からかうような声。
     「起きてたんすか。」
     「今起きた。」
     まだ覚醒しきっていない瞳は自分より年上とは思えないほどあどけない。だが片手を額に当て唇を薄く開いて仰向けになっている姿は幼さとは無縁な艶やかな色気に包まれている。
     「まだヤりたりねーの?」
     年上の余裕を見せつけてくるかのように涼しげな笑みを浮かべる男は、数時間前に自分の下で啼いていた男と同一人物とは思えない。
     「ちふゆ?」
     一虎クンが背中を浮かせ、俺の首に腕を絡ませて耳もとで囁くように言った。頬に触れた髪はまだ湿っている。
     「違います。一虎クンの体が冷たいから触っただけですよ。死んでるのかと思った。」
     「…それ、お前のせいだからな。」
     一虎クンが俺の耳もとから顔を離してジトっと睨んできた。
     「……あー…」
     そういえばそうだった。シャワーを浴び終わった一虎クンを、髪も体もろくに拭かないまま組み敷いたのは俺だ。抵抗しようとする腕をベッドに縫い付けて、何かを言おうとする口を自分の唇で塞いだ。最初から裸なことが珍しくてライトを消さずに始めてしまったから、ーライトを点けていても薄暗い部屋ではあるがーお互いの体や顔がいつもよりよっぽどよく見えた。そのおかげと言うべきか、一虎クンが恥ずかしそうにハジメテみたいな反応をするから、ついヤりすぎた記憶がある。
     なるほど、確かに余裕がなかったのは俺のほうだったようだ。
     「すいません…」
     「別にいいけどよ。」
     首筋。腰。内腿。鎖骨。よく見れば白い裸体に所々朱い華が咲いている。
     「体、大丈夫ですか?」
     「…あっためて。」
     そう言って俺の首に腕を絡ませたままシーツに倒れこんだ。一虎クンが横向きでシーツに倒れた俺の胸に顔を埋めて、足を絡める。密着度が上がったことで一虎クンの体の冷たさがより伝わってくる。思わず男にしては華奢な肩を抱いた。
     「本当に、死んでるのかと思った。」
     「ばーか。こんなとこで死なねーよ。約束、忘れちまった?」
     愉しそうな、笑うような声。

     あの時も、同じ声をしていた。

     ------

     「なんで、俺に協力してくれたんですか?」

     協力者になってから、初めて一虎クンが人を殺した。雨の中容赦なく拳を振るう彼に、こんなことを訊いた俺は、きっとまともじゃない。骨が軋む音が止み、血に濡れたアスファルトに伏す男の低い呻き声が響く。
     「なんで、か。」
     振り返った一虎クンの顔は返り血で濡れ、毛先や拳からは血が滴っていた。
     「無駄死したくねーから。」
     雨音に掻き消されてしまいそうな、自分に言い聞かせるような、そんな声。
     「え?」
     「無駄死、したくねーんだ。場地がくれた命だから。」
     ついさっき、人を殺したとは思えないほど静かな声は、祈るようでも、願うようでもあった。
     俯き気味の顔からは表情が上手く読み取れない。それでも、一虎クンの口はかすかに嗤っているようだった。まるで、生きている自分を嘲笑うかのように。
     ああ、訊くんじゃなかった。そんな言葉、聞きたかった訳じゃない。
     きっとこの人は死を渇望している。生きている自分が許せない。でもこの人は死を選べない。今も彼の心を占拠しているその人は、彼の生を願ったから。だから、俺なんかに協力してる。死が隣合わせのこの世界に飛び込んで。
     なんで、なんて馬鹿げてる。でも、じゃあ、俺は、
     「じゃあ、一虎クンの命、俺にくださいよ。」
     こんなところで何の話をしているんだろう。
     陳腐な言葉。聞き飽きたような台詞。命なんて、心に比べれば安すぎる。それでも俺にはどうしようもなく必要なモノ。どうしようもなく手に入れたいモノ。
     驚いたように俺を見つめていた一虎クンが、嬉しそうに言った。
     「最高の死場所、用意しろよ。」
     鮮血に彩られた白い肌が闇夜に煌めく。軽く上げられた口角から覗く犬歯からは、雨か、血か、液体が滴り落ちた。三日月のように細められた金色の瞳は爛々と輝いている。
     目の前の男に、思わず見入った。死を願い、血に染まって笑うこの男は、きっと狂っている。
     十年の時を経て尚、内に秘めたままの狂気と獰猛さ。それすらも、彼の美しさに昇華されていた。
     「約束します。」

     そう答えた俺も、きっと狂っていた。

     ------

     「覚えてますよ。」
     一虎クンの頬を撫でる。
     「そりゃよかった。」
     一虎クンは目を閉じて俺の手に頬をすり寄せた。
     「一虎クン。」
     目の前の男の名前を呼ぶ。顎を軽く持ち上げて唇を食んだ。
     「ん、ちふ、ぅ」
     今度は此方から足を絡めながら舌を侵入させる。何度キスをしても逃げてばかりの一虎クンの舌を絡めとる。舌と舌が交わる水音。唇から漏れる息のような声。肌と布が擦れる音。静かな暗い部屋が、かすかな音たちで支配される。
     長くて短い時間の後、ゆっくりと唇を離した。
     「さっきの取り消します。もう一回ヤりませんか?」
     悪戯っぽく笑えば、一虎クンは潤んだ瞳と赤らんだ目もとを誤魔化すように同じように笑った。
     「しょうがねえな。」
     断る気なんて一切ない声で答えた一虎クンの口を、もう一度塞いだ。

     この狂おしいまでに美しい男の身体も命も俺のモノにしても、それでも虚しいのは、この男の心だけは手に入れられないとわかっているから。命も身体も、心に比べればなんの価値もない。そうわかっていても欲しくて欲しくて堪らない。
     もし違う出会い方ができていたら、もし違う人生を歩めたら、俺が、この男の心を手に入れることができただろうか。この男の心を、占拠することができただろうか。

     「千冬。」
     ーーあなたが死んだら悲しむでしょうね。
     そんな訳ない。きっと約束が破られたことに絶望するだけだ。
     「ちふゆ。」
     ただ、願わくば俺が死んだら俺だけを想って、死を選んで欲しい。目の前で俺の名前を呼ぶこの男に。
     「ねえ、一虎クン。」
     蕩けた一虎クンの首筋をもう一度強く吸う。それを皮切りに、もう一度二人で夜に堕ちていく。

     恋なんて言葉は、この感情を表すには高尚すぎた。
     
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