チェリーとエンジェルは友達だ。友達だから、セックスクラブのバーカウンターで、他人には言えない日々の愚痴を吐き出す会が定期的に行われている。
今日も例外ではなく、二人は響く重低音と喧騒の中、酒を片手に話をしていた。
ただ、チェリーは最近、エンジェルとの会話がつまらなかった。
その理由は至って単純で、彼の話がとある人物のことばかりだからである。
「でさぁ〜その時ハスクのやつ、どうしたと思う?」
またこの類の話か、と思いながら、チェリーは酒を喉に流し込んだ。
「さぁ、どうしたんだろうね。おい、もう一杯」
空のグラスを掲げてバーテンダーに声をかければ、目の前に新しいグラスが置かれる。これで5杯目だ。
対するエンジェルは、ずっとグラスの縁を指でなぞったり、掲げてゆらゆらと揺らしていたりするだけで、まだ1杯目だった。
「あいつ、めっちゃ猫みたいに伸びたんだよ!こう、なんていうの?ほら...そう!液体みたいに!」
信じられるか!?と、嬉々として話すエンジェルに対し、チェリーはため息をついた。
対するエンジェルはというと、そんなチェリーのことなんて目に入っていない様子で、また別のハスクの話をし始めた。
以前はエンジェルのボスである、ヴァレンティノの愚痴を、酒とクスリを潤滑油にして永遠と話していた。というか、この会自体、エンジェルのメンタルケアのようなものだったと、チェリーは考えていた。嫌なことはパーっと弾けて忘れてしまおうという名目で二人で遊んでいたのだが、最近はそんなサイコ野郎の愚痴が、エンジェルの口から一つも出てこない。
チェリーは、今もなおハスクの話が止まらない様子のエンジェルを、チラリと見た。
その顔は、今まで見たことがないほどに優しかったし、幸せそうだった。もちろん、自分と遊んでいる時も幸せそうな顔をしていたが、それとはまた種類が違っていた。
チェリーの口から、はぁ、とため息がでる。
「つまんな〜...」
「えっ、何?なんか言った?」
「別に?誰かさんがず〜〜〜っとホテルの猫ちゃんの話ばっかりしてることなんか、気にしてないから」
「ホテルの猫ちゃんって、ハスクのこと?えっ、俺、そんなにあいつの話ばっかりしてるか?」
きょとんとした顔で言うエンジェルに、チェリーは「あんたそれ本気で言ってんの?」と顔をしかめる。
「酒も飲まずにシラフでずっと惚気ばっかしてんじゃん」
そう言ってエンジェルのグラスを指差す。そこには、まだ半分ほど中身が残っており、側面についた水滴が時間の経過を物語っていた。
エンジェルは指摘されて初めて気がついたようで、マジじゃん、とつぶやき、恐る恐る言った。
「なぁ、チェリー?俺たち、ここに来てからまだ30分くらいだよね?」
「1時間と半分以上」
「そ、そうだったっけ?あ、でも、チェリーも話したろ?ほら、日々の...いろんなこと...」
「何も?あんた、来る前から酔ってんの?」
それともキマってる?とからかうチェリーの言葉を聞きながら、エンジェルは細い腕で頭を抱えた。どうやら今までの自分を振り返って、後悔しているらしい。
「ごめん、俺これ、何回目?」
「先週から数えて5回目。メールも入れていいの?」
「ダメ、入れないで」
あ〜、と弱々しい声を発しながら、エンジェルはカウンターに突っ伏した。何やらぶつぶつと言っていたが、そんな小さな声はこの場所ではかき消されてしまう。
起き上がり、嫌な何かを振り払うように頭を数回強く振って、その勢いのままもう美味しくないであろう酒を、エンジェルは喉に流し込んでいた。
そんなエンジェルを横目に、チェリーは酒を煽りながら呟いた。
「あんたさぁ、そんなにあの猫ちゃんにゾッコンなら、とっとと口説けばいいじゃん」
「ぞっ...!?く、くど!?」
飲んでいた最中だったので、エンジェルは勢いよくむせ込んでしまった。吹き出さなかったのが不幸中の幸いであった。
そんなエンジェルの背中を、チェリーは数回、少し強めに叩いた。
「ちょっと、しっかりして」
「ゲホッ...だ、だって!いきなり何言い出すんだよ!」
苦しそうにむせるエンジェルの瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。本人には申し訳ないが、チェリーは地獄のポルノスターが苦しむ顔を見て、確かにこれは人気出るわ、と場違いなことを考えていた。