巣の中心から外れた位置にある外郭。
人間が暮らすには厳しい環境で定評らしいが、幻想体『ホリディ』の化身である自分には関係ない話だ。
舞台は一日中、吹雪が吹き荒れている外郭のうちに存在する工場。
動くぬいぐるみと見間違う程の小柄で可愛らしい”ノーム”と呼ばれる怪物の群れが、ノッムノッムと独特な掛け声をあげながら機械を回しているおかげで、外が寒くても中は温かい。
ゴウン、ゴウン。ウィーン、ウィーン。ゴォォ、ゴォォ。
沢山のベルトコンベアが回転する音に大きな機械が煙を吹き出す音など、様々な音が飛び交う。
ベルトコンベアで運ばれてきた玩具や道具などをノームたちが手馴れた手つきでせっせっとプレゼント箱に包んでいく。どの巣へ届けられるかは詳しくは聞かされていないが、出来るだけいっぱい欲しいとの注文を受けているので止めるわけにはいかない。
完成したプレゼント箱を積んだ台車を押していたノームの一匹が転倒し、床に顔をぶつけてしまう。
真っ赤になった顔を押さえて泣いていると、緑色のサンタ帽子を被ったヒースクリフがそっと体を起こさせた。
パンパンと埃を軽く落とし「大丈夫か?」と怪我の有無まで確認してくれたのに、さっきまで泣いていた子はすっかり泣き止んだうえ、曲げていた膝に飛びつくぐらい機嫌が直っていた。
こらこら飛びつくなと微笑ましく戯れていると、遠くから争うような声が聞こえる。
どうやら今度は、軽く衝突事故を起こしたらしきノームたちが口喧嘩を繰り広げているようだ。
ヒースクリフは飛びつかせていたノームを下ろしたと同時に勢いよく立ち上がり、怒声を飛ばしながら走っていった。
こういった小さな事故が一日に何件も発生するのが工場では日常茶飯事だ。
ヒースクリフという男は、言葉遣いは乱暴で、どんなトラブルでも力押しで解決しようとする面が目立つけれど、一度背負った責任は最後まで果たそうとする義理堅い性格に面倒見の良い面をノームたちは自分を引っ張る兄貴分として尊敬しているのだった。
夕食時、好物の肉料理で腹を満たしたヒースクリフは、同じく満腹でニコニコしていたノームに「おい」と声をかけた。
「朝に頼んでたベッド…アレは完成したか?」
長く愛用しすぎて耐久に限界を迎えつつあったベッドの修理を依頼していたことについて切り出すと、声をかけられたノームとは別のノームが元気よく手を挙げた。
「それについては安心して欲しいノム!ちゃんと寝る時間までに完成させといたノム!」
「ヒースクリフの兄貴が気持ち良く寝れるように頑張ったノム!」
と修理を担当したと思われるノームたちがぞろぞろとヒースクリフの足元に集い始める。背が高い彼と並ぶと膝より超えるか超えないかの極端な体格差が目立つ。
こんなに頑張ったよと褒めて欲しそうに手を挙げ続ける小さな存在にヒースクリフもつられて笑顔になり、目線に合わせようと軽く屈んだ。
ニッと八重歯を見せる笑顔はいつもの眉間に皺を寄せがちな険しい表情とは真逆で、ノームたちを更に喜ばせた。
「おーおー、そうか!ご苦労さん、ちゃんと間に合わせて偉いな」
右手と左手をバラバラに動かしながら、報告に必死なノームの頭を順に撫でる。ポンポンと弾むように撫でると、次は自分の番ノムと割り込まれる。
しかも担当していないはずの他のノームまでがヤキモチを焼いて、背中へ登ろうとしてくるから対応が追いつかない。
いつもなら同じく『ホリディ』の化身であり自分より立場が上のウーティスによる鶴の一声であっという間に散らばってくれるが、今はプレゼントの配達で不在だ。
わらわらと集ってくるノームたちに限界を迎えたヒースクリフが怒声と共に両腕を思いっきり伸ばして振り落としたところで、いつもの騒ぎは静まった。
改めてベッドの件について聞き直すと、ちゃんと自室に届けたノムと報告が返ってきた。
カルガモの雛みたいにぞろぞろとついてくる子達を引き連れながら自室に戻ると、ヒースクリフは面食らった。
「お…おいっ!思っていたのと違うじゃねぇか!」
指さした先には、愛用していた一人用ベッドよりもかなりデカいベッドが部屋のほとんどを占めていた。しかもさりげなく増築されている。
報告書を書くためのスペースはちゃんと残されてはいるが、どちらかというと寝て過ごすための部屋だと思われかねない内装だ。
仮に自分が大の字になってもまだ余裕があるどころが、左右に2回以上は寝返りできそうな幅に加えて、縦の幅も大胆に足されていた。
絵本で見るような王様が寝るベッドと言うよりは、巨人が使うベッドと例えた方がしっくりくる。
予想を超えた結果に、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くしているヒースクリフの足元でエッヘンとノームが胸を張る。
「ヒースクリフの兄貴、凄い出来だと思うノム」
「部屋の面積を増やしたりと大変だったノム。でも間に合って良かったノム」
「す、凄いっていうか…俺が寝るにはデカすぎないか」
ストレスが極限に達すると今の人間を真似た形からかけ離れた巨大な姿になる時があるが、何もしない時はプレゼント箱に引きこもっているので、利用するにしても意味がない。
何をどう伝えたらこうなるんだ…と額に指を当てながら唸っていると、下から沢山の視線を感じる。
ふと紫色の瞳を下へ向けると、目にいっぱい涙を溜めたノームたちがジィッと見つめていた。
せっかく頑張って製作したから褒めて欲しい、と顔で訴えているようだ。
「お前ら…そんな顔したって、あんな常識外れなことをされて別に嬉しくなんか……」
「そんな、ヒースクリフの兄貴に喜んで欲しくてノム…」
「……」
決して困らせようと悪戯心でやった訳ではないのは聞かずとも分かる。
大きくため息をつくと、ゆっくりと屈んではノームたちの目線に合わせる。
「ま、俺を喜ばせたくて作ったってのは十分に伝わったよ。ありがとな」
この中で特に距離が近かったノームを一匹、ひょいと抱き抱えては腹部を軽くくすぐる。怒ってないよと伝える時の習慣だ。
ノムノムッとはしゃぐ声にフッと目を細めていると、またも刺してくるような視線を感じた。
いつの間にか、一列に並んだノームたちがキラキラした目で見つめているではないか。今度はこっちもお腹をくすぐって欲しいと言いたげに。
「……お前ら」
ワナワナとヒースクリフの肩が震える。
「調子に乗ってんじゃねぇぞゴルァァ」
今日一番の怒声が工場内に響いた後、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う子たちを真っ赤になった顔で追い掛け回した。
「ヒースクリフ!朝食の時間が近いというのに、いつまで寝ているつもりだっ!」
配達から戻ってきたウーティスが勢い良くドアを開けてすぐ、面食らったような表情に切り替わる。
記憶にあるのよりもかなりデカく改造されたベッドの中心には、大の字で爆睡するヒースクリフ…の他に沢山のノームたちが彼に密着するようにスヤスヤと眠っていたのだった。
「……私が居ない間に何があったんだ」
ポツリとこぼれた疑問に答えてくれる者は、今のところ誰もいなかった。