一人が持ち運べれるサイズのコンテナが山と積まれた物置部屋の床の上に、ヒースクリフは横たわっていた。
後頭部の裏側に沿えた両手を枕代わりに仰向けの恰好で寝転がる姿からは、何もストレスを感じていなさそうな穏やかな印象を抱かせる。
以前、暇を持て余したヒースクリフが”廊下の向こう”へうっかり接触してしまわないよう慎重に歩を進めながら探索をしているうちに見つけたのがこの物置部屋だ。
何を保管しているかは箱を開封しない限り、識別できない。かといって許可なく漁れば自称天才の彼女や案内人にこってりとしぼられること間違いなしなので、触らないでおくのが無難だ。
それに、外からの影響をあまり受けない仕様がここにも反映されているようでとても過ごしやすい。空気に含まれた水分が肌に張り付くようなジメジメした感覚はなく、数分過ごしただけで飲み物が欲しくなってしまうぐらい乾燥もしていない。
冷房のきいた部屋よりは劣るかもしれないが、ワザリングハイツの地下室で過ごしてきた自分にとっては快適な場所だ。加えて、常に雨風が吹き荒れる部屋に身を晒し続ける必要がないのが何よりもメリットがある。
我ながら素敵なスポットを見つけたぜ、と言わんばかりの誇らしげな表情をヒースクリフは浮かべた。その直後、どことなく気まずそうに口元が歪む。
そうなった原因は隣にいるムルソーにあった。
壁に背中をつけた格好で足を伸ばしながら腰掛けた彼は、氷の入ったアイスカフェオレをストローで吸っては、何も言葉を発することなく天井を見上げているだけだった。
相変わらず眉間に深く皺を寄せたまま、表情を崩していないせいでくつろいでいないように見えて、実は相手より優雅にくつろいでるかもしれない不思議な空気がムルソーから漂う。
「……」
ヒースクリフは思った。何でついて来たんだ、と。
一人だけの時間を思いっきり堪能するつもりで誰にも声をかけていないはずだった。
避暑地を求めて廊下へ移動していたことをいつ知ったのか、用意周到にアイスカフェオレを手にした格好で、ムルソーは背後に立っていた。気配に気づいた瞬間、心臓が飛び出そうになったのは言うまでもない。
勝手に物置部屋を利用していた件について誰かに告げ口しようとする気配を見せないどころが、黙る代わりの条件すら掲示すらしてこないムルソーは、戸惑い固まる彼を先に入室させようとした。
入れ、とも一言も言っていないが目がそう訴えていたとヒースクリフは、そう感じたそう。
「…なぁ、俺を見張りに来たのか」
「違う」
と短く否定したムルソーは再びアイスカフェオレを口に含んだ。
氷の冷たさと室内の気温との差がコップについた水滴によく表れている。
「ヒースクリフが見つけた場所が涼しそうだったから」
「本来は席で待機するのが望ましかったかもしれないが、窓からの日差しが腕に当たって暑くて痛かった」
「…あぁ、そう」
物置部屋を漁らないかと監視しに来たんだとつい身構えてしまったが、一切そんな気持ちはないことを確認できたヒースクリフは、安堵の息をこぼす。
どんなに暑くても寒くても顔に出なさそうなアイツでも普通にストレスを感じるんだな。
ふと覗えた人間らしい一面に面白がった彼は、改めてくつろぎ直そうと組んでいた足を伸ばした。
「…うん?」
「涼しそうだったから?」
ここでヒースクリフの頭上に疑問符が浮かんだ。
ここでムルソーがついて来たということは、おこぼれにあずかろうとしていたからなのかと段々と疑問が湧いてくる。
「まさかの話、俺がここを見つけたからお前もついて来たのか?」
「そうだと言っている」
真っ直ぐとコンテナの山を見つめるムルソーの額を汗が伝う。
「君はそういった場所を探すのが得意そうだと前から思っていた。実際ここは涼しい」
「……」
ヒースクリフは口をへの字に曲げた。
家の中にある涼しくて快適な場所を見つけるのが得意な犬みたいね、と皮肉たっぷりな口調で嘲笑するバトラーたちの姿が脳裏に浮かび、褒めているようでそうでもないと感じた本人は、分かりやすく機嫌を悪くした。
「俺が犬だって言いたいのか」
「言っていない」
「でも得意そうだってことは…」
「そのままの意味だ。直感に優れ、必要な物を見つけるのが早いぐらいに目聡い」
悪い意味に捉えてまで否定したがる自分が恥ずかしくなってきた。
への字に曲げていた口が段々と尖る。
どう返していいか分からなくなったヒースクリフの目がムルソーのいる方向とは反対方向へ動く。
「ヒースクリフが見つけてくれたことで私も得した。それについては心から感謝している」
主張し終えたタイミングでムルソーはカフェオレを飲んだ。ゴクン、ゴクン、と喉を鳴らす音が静かな物置部屋に響き渡る。
おかしいな、ここは涼しかったはずだ。
顔に集中する熱を自覚しながらヒースクリフは、ムルソーが喉を鳴らす音にただ耳を傾ける。そして、あることに気付いた。
「やっぱ、おこぼれにあずかりに来てんな」