🐶化洋平「「「よ、洋平が犬になったぁ!?」」」
「ワンッ!」
***
深く落ちていた意識が、むずがゆさに浮上する。たんぽぽの綿毛や耳かきの梵天を鼻先で揺らされているようなくすぐったさ。窓から差し込む朝日も相まって、花道は完全に目を覚ました。そしてすぐ、隣で異変が起こっているのに気がついた。
目の前に、ふわふわの毛がある。
「? ……けせらんぱさらん!?」
ホコリとも違うその毛玉を、花道は妖精か?と考えた。驚いてガバッと身を起こすと、なんと言うことはない、ただの小型犬だった。
ただの小型犬??????
白黒の毛並みはパヤパヤと空気を含んで膨らんで、腹のあたりが上下に動いているから生きている。おかしい。なんで犬が隣に寝ているんだ?
そもそも昨日の夜は洋平が泊まりに来ていて、花道の隣で寝ていたのは洋平だったはずだ。それが今は洋平はおらず、代わりに白黒のパヤパヤの犬。寝起きの頭には情報が多すぎた。多すぎた結果、花道は「なるほど。これは洋平なんだな」と素直に納得した。
そう思うと、スピスピと鼻息を漏らしながら寝ている犬は、可愛らしいながらも洋平の面影がある気がする。
「ふぬ。この黒いトコロ、洋平のリーゼントの部分だな」
洋平のこだわりのリーゼントと同じ、前頭部は黒の毛。夢を見ているのか、時折ピクッと動く足の先も四本とも黒で、まるで靴下を履いているようだ。
「おお、ニクキューってやわらけえんだな」
花道の指が肉球をふにりと触っていると、洋平犬の瞼がゆるゆると上がっていく。まんまるの黒い目は小粒で、少したれ目がち。そこも洋平本人と似通っている。
目をぱちくりとさせながら、花道を見つめる洋平犬。どんな反応をされるだろうかとその動向を見守っていた花道の目の前で、洋平犬がニパーッと効果音がつきそうなほどわかりやすく笑みを浮かべた。ペカペカの笑顔に、花道は思わず吹き出した。
飛び上がるように花道に飛びついた洋平犬は、空気を叩く音が聞こえるほど激しく尻尾を振って喜びを表している。
「ぉあ、やめ、くすぐってえ!」
ベロベロと遠慮なく顔を舐め回してくる舌がザラザラと肌をこする。むちゃくちゃに押し寄せてくる洋平犬の猛攻をなんとか抑えながら立ち上がる。
足元にじゃれつく洋平犬を抱き上げると、洋平犬はなあに?とでもいうように首を傾げながら花道の目を見つめてくる。
「こんなおもしれえこと、アイツらにも教えてやらねえとナ!」
花道はニカっと笑いかけると、洋平犬を抱えて外へと飛び出した。
そして、冒頭のセリフに戻るのである。
***
「ハァ、なんか分かんねえけど、本当に洋平なのかよ」
「ふぬ! この天才の言うことを疑おうってのか!?」
「いや、そういうんじゃねーけどよぉ……ダチが犬になったって言われても、正直信じらんねーってか……」
「分かる」
「似てるのは確かだけどなあ」
花道の腕に抱えられ、上を向きながらぷすぷすと鼻を鳴らす洋平犬を見つめる軍団メンバー。人が犬になるなど、確かにファンタジーすぎて信じられないのも無理はない。
「こんなカワイー犬があの洋平っていうのも、ってウワッ! コイツ噛もうとしやがった!」
「ヴヴヴヴ……」
「めっちゃ歯ァ剥き出してる」
「すげー唸り声」
「どーした洋平? 大楠に撫でられンのヤだったか?」
「キュ〜ン」
「「「あー、これは洋平だな」」」
撫でようとした大楠の指に噛みつく。興味津々で覗き込む野間と高宮に歯を剥き出しにして唸る。と思いきや、花道に覗き込まれた瞬間に歯をしまい、きゅんきゅんと甘える。これを洋平と言わずになんと言おうか。
「この犬が洋平ってのは分かったから、ちゃんと躾しろよ花道! 指なくなるかと思ったぞ!」
鋭い犬歯で指を噛みちぎられそうになった大楠は思わず涙目になりながら花道に文句を言った。
「オレには全く噛みつかねーぞ? なんで大楠はダメなんだろな? においがダメなんか?」
指で洋平犬の顎下をくすぐりながら不思議そうに言う花道に、軍団は呆れたような視線を向ける。
(どー考えても花道以外には触られたくねーからだろ……)
三人はそう確信した。
くすぐる花道の指をはくり、甘噛みする洋平犬。指に当たる湿った柔らかな感覚に花道の口もとには笑みが浮かんだ。動物を飼ったことはなかったが、こんなふうに好意を身体全体で表されるのは嬉しいものなのだと、花道は初めて知った。
「この洋平はよぉ、洋平としての意識はあるンかな」
「ア? あー、あるんじゃねえの? いや、ねーかな?」
「わっかんねえよな。いつも通りのような気もするし、流石にやりすぎな気もするし……」
洋平犬の鼻先に高宮が顔を近づける。
むに。
洋平犬の前足が高宮の両頬に当てられる。肉球のぷにっとした感触を頬で感じて、高宮は不覚にもちょっとキュンと胸が高鳴った。
ぐ、ぐ、ぐぐぐぐぐ……!
「いや力強い! どんだけ近づかれたくないんだよ!」
「おー、ほっぺたスゲー歪んでら」
「いやコレ、絶対意識あるだろ」
物凄く力強く、洋平犬は高宮の頬を押し返していた。高宮の頬肉がその力に従ってみょん、と形を変える。頑なに花道以外のお触り及び接近を拒否する姿勢に、大楠は洋平犬は洋平としての意識がある!と主張した。
「洋平、自分が洋平だって分かるか?」
「ゼッテー分かって……あ」
「んん、はは、んはっ! 舐めすぎだって!」
「あ、あー……」
「これは……」
「前言撤回。洋平の意識ないな」
花道の方を向いて抱き直された洋平犬は、しめた!とばかりに花道の口もとを舐めた。それはもう舐めまくった。ベロベロベロッ!と勢いよく舐めまくる洋平犬を見て、大楠は先ほどの自分の意見をクルリと翻した。
犬に洋平の意識があるかなんやけどな、その犬、花道にだけ撫でられて、大楠とか高宮にはなつかん犬らしいわ。
洋平やないかい!その特徴はもう完全に洋平やがな。
オカンが言うには、何の躊躇いもなく花道の口を舐められるって言うねんな。
あー、ほな洋平と違うかあ。洋平の意識があるならね、花道の唇を奪うものは自分ですら許せへんからね。
野間の頭の中でオジサン二人が軽快なトークを交わし合う。高宮も大楠も、オジサンはいないが大体同じようなことを考えた。
花道は突然意見を変えた三人にハテナを飛ばしながらも、まだ洋平犬に口を舐められていた。
「まあ、意識があるかないかは置いといて! 洋平のこと、どうする? いつ戻るのかも分かんねえんだよな?」
「ンー。洋平の母ちゃん、動物アレルギーだかんな。犬になってる間はオレんちで一緒に暮らす」
「あ、ソウ……。まあ考えても仕方ねえか」
「今の洋平ってフツーのメシ食えんのか? ドッグフードとかいるんじゃねえ?」
「そうなンか?」
「食べちゃいけねーモンとかもあるぞ」
「エッ、なに?」
「いや、詳しくは知らねー」
「なんだよ! 使えねーなチュウ!」
「オレだって犬飼ったことねーから知らねえよ!」
ワイワイギャアギャアと騒ぐ四人だったが、結局のところ全員犬のことについて詳しくなかった。
なんかアレだろ、本屋に犬の本とか、あるだろ。
という大楠の一言で、犬連れ不良四人がドカドカと本屋に現れることに相成ったのである。
***
「ぶどう、レーズン、チョコ、アボカド、リンゴ、キウイ……」
「見事に花道の家にはねーもんばっかだな」
「基本肉ともやしと白米しかねーもんな」
「高宮ンチだったら危なかったな」
「こんな洒落たもんは花道の家にはねーよな」
「オメーらウルセーぞ!」
と、いうところまでかんがえて、🐶のことなーんも分からん!ってなって諦めました。