淡麗辛口生の恋(仮)1 ジンジャーエール(のようなもの):天馬の節
調理場から明るい声があがった。
ちょうど食堂へ入ったばかりのフェリクスがそちらを見やると、アネットとメルセデスが保存容器を覗き込んで楽しげに会話していた。
二人に近寄ると、甘い香りが漂ってきた。
「メルセデス、ギルベルト殿と先生が探していた。次の作戦の配置について相談したいそうだ」
「あら~、フェリクス。ありがとう」
「メーチェ、こっちは急ぎじゃないから、先に話を聞いてきたら?」
アネットは容器に蓋をする。メルセデスは笑って頷いた。
「ありがとう、アン。そうさせてもらうわね~」
アネットと手を振り交わしつつメルセデスは食堂から出る。メルセデスが見えなくなって、アネットは振っていた手を下ろして息を吐いた。
アネットが静かになると、食堂の人気の無さが急にフェリクスの意識に上った。昼時はとうに過ぎているとはいえ、こんなに人が少ないのも珍しい。何かあったのだろうか。
フェリクスが思案しはじめたところで、アネットがフェリクスを見上げた。
「ところで、どうしたの、フェリクス。もしかしてお昼ご飯食べてない?」
「ああ」
フェリクスは頷く。★訓練中に複数の怪我人が出てしまって予定よりも進行が遅れたため、
「お前は?」
「あたしたちは、これ」
アネットが手元の容器の蓋を開けた。再びの甘い香り。
「生姜の蜂蜜漬け。最近寒いでしょ? 生姜は体が温まるから、メーチェと一緒に準備したの。……そろそろ飲み頃のはずだし、まずは味見しようか、って」
「飲む?」
「うん。炭酸水で割って飲むと、とってもおいしいの」
「そうだ、フェリクスも飲んでみる? お腹一杯にはならないだろうけど、甘いから少しはましになるかも」
「あっ! ごめん、フェリクスは甘いの苦手だったよね……。あ、でもね、生姜が効いてるはずだから、甘いだけじゃないの。フェリクスも飲めるかも。試してみない?」
★フェリクスを見上げるアネット
正直に言うのなら、生姜の蜂蜜漬けにはさほど興味が湧かなかった。しかし、何故か、このまま立ち去るのは惜しいと、そう思って、――気付けばフェリクスは頷いていた。
「……飲む」
「えっ、本当に?」
「……どう?」
「――悪く、ない」
「良かったあ。フェリクスが大丈夫なら、甘いのが苦手な皆もきっと飲めるね。ありがとう、フェリクス!」
アネットが輝かんばかりの笑顔でフェリクスを見る。フェリクスは後ろめたさについと目を逸らした。
いくら生姜の味もするとはいえ、蜂蜜の甘ったるさは消せるものではない。つまり、甘いか甘くないかで言えば間違いなく甘い。もしも、フェリクスが何の前触れも無くこれを飲んだなら、苦手に思ったと断言できる。
だのに、目の前にアネットがいるだけで、悪くないと思ってしまうのはなぜなのだろう。
2 ビール(酒盛り):未定
「聞いたぜー、フェリクス」
「何を」
「生姜の蜂蜜漬け事件」
「……何だそれは」
あまりにも馬鹿馬鹿しくて溜息が漏れた。
妙な笑顔をしたシルヴァンから酒に誘われた時点で、ろくでもない予感はあった。
3 決定的瞬間:翠雨の節?