○年後の___ 灰色の雲が低く垂れ込めた朝だった。
朝顔が遠くの軒先に咲き誇り、夏木立からは凄まじい程に蝉時雨が聞こえる。じっとりとした暑さが肌にまとわりつき、地面から立ち上る熱気を感じれば、汗がじんわりと額に滲んできた。
俺の名は___。かつてはこの都で「英雄」だの「ヒーロー」だの言われていたが、今はただの影に過ぎない。
梅雨明けの湿風が傷跡を撫で染みるように痛む。この傷は、俺の過去と決して切り離せない証である。数年前、命を懸けた最後の戦いで、体の一部を失った。その日以来、俺は前線を退き、新たな世代のヒーローを育てることに専念している。
「___さん、今日も訓練のご指導をお願いします。」
若い声が背後から響く。振り返れば、次世代を担うヒーローたちの顔が見えた。彼らの目には、かつての俺が持っていたものと同じ、純粋な決意と情熱が宿っている。
俺は短く頷けば修行場へと歩みを進める。彼らが守るべき者を守れるように、全力を尽くすことが、今の俺の使命だ。
修行場の片隅に立つと、ふと記憶の中に彼女の姿が浮かぶ。いつも強気で、決して泣かないあの人。だが、最期の瞬間だけは違った。彼女は涙を浮かべ、そしてこう言った。
「ありがとう、愛してる」
彼女の笑顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。あの時、何もできなかった自分への後悔が押し寄せてくる。守るべきものを守れなかった自分にとって、彼女の言葉は唯一の救いであったが、同時に最も重い枷となっている。
今の俺を見たら、彼女はどう思うだろうか。ヒーローとして前線で輝いていた頃とは違う、傷だらけの自分を。後方支援に徹しているこの姿を、彼女は受け入れてくれるだろうか。こんな自分を愛してくれただろうか、と答えの出ることの無い疑問を自分に問い続ける。
しかし修行を続ける若者たちの姿を見ていれば、俺は決意を新たにすることになる。目を見れば、彼らもまた誰かを守りたいという強い意思が感じられたのだ。それは、かつて俺が持っていたものと同じ。
彼らが俺と同じ過ちを犯さないように、全てを教え込む。それが、俺の生きる意味になっている。
「今日も全力で行くぞ。準備はいいな?」
若者たちの声が一斉に響き渡る。俺は深く頷き、訓練の指導を始めた。
その時、雲の切れ間から一筋の太陽の光が指してきた。俺は空を見上げた。暗かった訓練場が徐々に明るさを取り戻し、まるで希望の光が降り注ぐかのようだった。彼女もまた、見守ってくれているだろうか。