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    ebi_gyoza

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    ebi_gyoza

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    五夏、本誌ラスト後のハッピーエンドの形を追求したもの
    さとるがめっちゃ頑張った世界線でもある
    すぐるの過去、両親捏造注意

    隣り合わせの平行線 隣り合わせの平行線


     小さい頃から慣れ親しんだ家を離れる。見送りが終わったことを確認すると、途端に身体を駆け巡ったのは緊張を解いたことによる安堵ではなく、強い消耗感だった。

    「疲れたな…」
    「そう?俺は楽しかったけど」

     こちらが大きく溜息を吐いているというのに、いけしゃあしゃあと言ってのける。じろりと視線を向けるも逆効果でしかなく、睨む表情がまたツボに入ったのか、男は笑い声を更に大きくするだけだった。

    「そりゃそうだろうね。君、ずっとチヤホヤされてたし」
    「当たり前でしょ。音信不通気味だった息子がやっと連れて来た相手なんだからさ、そりゃテンション上がるに決まってるって」
    「うっ…」

     嫌味の一つでも叩きつけないとやってられない、そう思っての言葉だったが、返ってきた正論に図星を突かれ、呻きにも似た声をあげる。その様子に男はまた腹を抱えたが、ひとしきり笑って満足はしたようだった。

    「いやぁそれにしても、お前がガキの頃の写真マジでウケたわ」
    「面白赤ちゃんで悪かったね」
    「拗ねんなよ、とても可愛いらしいですねって言ったじゃん」
    「その前に『うわめっちゃデブ』って呟いたのを私は聞き逃さなかったからな」
    「やっべバレてた、二人には聞こえてなかったよな?」
    「さあね」

     流石にそれが聞こえてたら、あんな和気藹々とした雰囲気にはなってないよ、と指摘するのも癪で、私はわざと男の不安を煽ることにした。
     結局、えぇ〜大丈夫だよなぁ、なんて唸っていた男は、高価なオーダーメイドのスーツに皺が寄るというのに、腕を頭の後ろに組んで、まぁいっか、と呑気している。

    「なんせ俺、頼まれちゃったからな〜。傑のことをよろしくお願いしますって」
    「…悟、」
    「一人で抱え込む癖があるのにとても頑固なので、どうか隣で支えてやってください、だって〜」
    「悟、いい加減にしな。そろそろ怒るよ」
    「その台詞はせめて呪霊仕舞ってから言えって」

     言われるまでもなく無下限に阻まれた雑魚呪霊はさっさと消して、調子に乗っている男の頭に素早く拳を叩き込んだ。じゃれ合いでしかないのでそんなに痛くないはずだが、男はわざわざ術式を解いて拳骨を受けたくせに、いってぇ〜DV反対!なんて喚き始める。

    「自業自得だよ。そしてこれはDVじゃなくて躾だからね」
    「やだ響きがちょっとスケベじゃない?奥さん旦那さんのこと躾けてらっしゃるって?」
    「そうなんですよ。何せ旦那がやらかす度に『お前が見てないからだぞ傑!』なんて叱られるもので」
    「あれはお前を京都校に移すって言った学長が悪いだろ!?」

     僕は悪くないでぇーす単身赴任なんて絶対認めないからな!と騒ぐ男を、近所迷惑だから静かにしな、と嗜める。真っ白な頭を撫でながら、僕という一人称に、つい先程までの時間を思い返した。

    「…それにしても、あんなすんなり認められるとは思わなかったな」
    「まぁ、お前が心配してた割には、大分懐のデカい人たちだったな」

     認知されてきたとはいえ、同姓愛に忌避感を露わにする人々は未だ多く存在する。忌避感とまでは言わずとも、普通でないことに驚く親が大半ではないか。ましてや、隣の男は「普通」から最もかけ離れている存在で、父はまだしも、母は卒倒しておかしくない、と覚悟していたのだが、

    『傑、』

     視線が真っ直ぐにぶつかって、先に狼狽えたのは自分の方だったか。

    「…」
    「…まぁ良かったじゃん。下手に反対されるよりは絶対良いって」
    「確かに、そうだね」

     会話が一旦途切れると、耳に聞こえてくるのは自分たちの足音、鳥の鳴き声、そして遠くの道路を走る車のエンジン音ぐらいだった。深夜とは言えない時間帯でも、そこそこの夜更けとなると静寂が満ちるらしい。僅かに響くそれらを聞き流しながら、古びた蛍光灯を頼りに、久しぶりに通る道でも案外覚えているものだな、なんてぼんやり考えていた時だった。
     あー、とまるで調子を確かめるかのように声を出した男が、サングラスを取ってからこちらを向く気配に、体が少し強張る。

    「お前さ、昔から親と距離置いてるのって何でなの?」
    「…随分単刀直入に聞くね」
    「そりゃお前のことよろしくって言われたし?今のお前なんか辛そうじゃん。心配してんのと…後は、俺が会いたいって言ったから、お前がしんどい思いしてるなら俺の責任だなって」
    「悟のせいじゃないよ。これは本当に、私個人の問題だから」

    「じゃあそれ、俺にも背負わせろよ。一緒になるって決めた時、二人で分け合うって約束しただろ」
    「…」

     あぁ、そうだ。あの日の、あと一歩のところで道を違えていただろう自分を呼び止めたのは、他ならぬこの男だった。

    「お前が辛い時とか一人で抱え込もうとしてる時に、何も気づかないままお前のこと取りこぼすの、もう絶対にいやなんだよ」

     あの日と同じ、縋られるようにそう言われると、うまく翻せないのが常だった。
     逃げ場を無くされた私は、少し座ろうか、なんて目を逸らす他ない。視界の端には朧げに記憶が残っている遊具が見えて、結局良い年した大男二人が、夜中のブランコに腰掛けることになった。側から見れば怪しさ満点だが、幸い周囲には誰もいない。それなのに、見られていると強く感じるのは、すぐ隣に座る男が力強い視線を向けているからだろうか。しかしそれは、圧が強いというよりも、こちらの一挙一動を見逃さないようにしている、という様子だった。
     そんな視線を何とか受け流しながら、短くはない間自分の革靴を視界の隅に入れ続ける。そうして、ある程度決心がついたところで、ゆっくりと口を開いた。

    「…私さ、小さい頃は取るに足らない弱い呪霊でも、そこに自分にしか見えない何かがいるってことが、凄く怖かったんだと思う」

     君にはきっと、分からないと思うけど。
     心の中でこっそり呟きながら、それ以上に隣の男から受け取る愛情への信頼があって、ようやく打ち明けられる過去だった。

    「幼稚園の帰りとか、ここからスーパーまでの道とか、歩いてる途中に呪霊がいたら、そっちは行っちゃだめ、行きたくないってすごく引き留めてた。まぁ父さんと母さんに呪霊なんて見えないから、結局は手を引かれて行くしかなくてさ…嫌だって泣いても、母さんは言うんだ、我儘言わないでって」
    「ある日の夜、なんとなく目が覚めて。リビングがまだ明るかったから、父さんと母さんは起きてるんだ、なんて寝起きの頭でぼんやり考えてた時にね、」

    『いつも通ってる道なのよ。でも今日はだめだとか、なんでいるのが分からないのって泣いたりだとか』
    『気を惹きたいだけにしては余りにも痛々しすぎる。でもあの子が何に怯えているのかさっぱりで…一体どうすればいいの?私の愛情が足りないせいなの?』

    『もういやなのよ。あの子の視線の先を考えたくない、あの子がおかしなことを言い出さないよう身構えたくない、それなのに、』

    『…このくらいの年頃にはよくあることだと、先生も言っていただろう。気にしすぎることはないさ、君はよくやってくれてる。むしろ、責められるべきは私の方だ』
    『あなた、違うのよ。私、わたしが悪いの、』

    「呪霊の横を通る時はすごく緊張してたし、目を合わせたら向こうに気づいてるってことがバレるから、本当は目を瞑って走り抜けたかった。けどここで私が一緒にいないと、父さんと母さんが危ないと思ったから、手を握りしめて必死に耐えてたのに、」

    『もう駄目なの、あの子のことが分からない、あの子が怖い、』

    「化物から父さんと母さんを守りたかった。でも二人からすれば、私が一番化物に見えてたんだなって」
    「…」
    「その翌日からだったんだ。呪霊が見えること、周りに隠すようになったのは」

     私が呪霊のことを話さなくなったら、泣く母さんを父さんが慰めなくなって、三人で外に出かける頻度も増えた。
     幼稚園の頃は気味が悪いって遠ざけられてたのに、小学校と中学校ではそこそこ人気者になった。
     私がちょっと、自分の視界から目を背けるだけで、こんなに世界は変わるものなのかって、

    「そう思ってたから、高専からスカウトが来た時は嬉しかったよ。その頃は、君も知ってると思うけど、呪術は非術師を守るためにあるって本気で考えてた。私は、私が普通じゃないのは、弱きを助け強きを挫くためだからって、そこに意味を見つけられた気がしてたから」

     ふぅ、と息を吐き出す。心の弱い部分を曝け出すことへの抵抗を何とか押し留めて、言葉を、会話を繋げる。

    「結局、両親に何を話したところで、本当の私のことは理解してもらえないと、どこかでずっと思ってたのかな…本当はね、今日両親の顔も声もぼやけてたんだ。万が一の時は、君が絶対止めてくれるって約束してただろ。だからそれで良かったし、何なら少し安心してた。私は非術師が嫌いで、それは両親だって変わらないけど、私は、この人たちのことはまだ、猿には見えないんだって、」
    「でも、君が挨拶した時にね、名前を呼ばれて、前を向いたら、」

    『あなたが自分で選んだ人だもの。きっと、とても素敵な方なのね』

     初めまして、と笑う母の目尻の皺に、頭を下げた父の小さくなった背中に、その時初めて気づいたような気がした。

     一通り話し終えて、隣の男が思案している気配を感じ取ってもその表情を見る余裕はまだなくて、私は何となく、星の見当たらない真っ暗な夜空を見上げていた。
     しばらくして、あのさ、と男が口を開く。私は緊張を隠しながら、どんな言葉が返ってくるのか怖くて、それでも何があっても受け止めようと、男の続きを待った。

    「お前とお義母さんが席外してる時にさ、俺、お前のお義父さんに改めて頭下げられたんだよ。『傑の隣にいてくれてありがとう。私たちでは、傑のことを解ってあげられなかったから』って」

     全く予想していなかった男の言葉、いや父の行動に、私は思わず横を振り向く。すると男は、やっとこっち見たじゃん、なんて笑いながら、朗らかに続けた。
     その表情の柔らかさに、私が安堵したことは、きっと気がつかなかっただろうが。

    「『実の親にさえどこか一歩引いていたあの子が、君と並んで家の前に立っていた時に…あの子は、たった一人のひとを見つけられたと思ったんだ』だって。親ってさ、案外子供のこと見てるもんなんだな」
    「…そっか」

     そうだったのか、と呟きながら、私は男の口から告げられた父の言葉を咀嚼した。とりあえず、見送りの時に笑っていただろう二人の姿が、私の見間違いでなかったことは確からしい。
     理解した途端、ふふっ、とこぼれ出たのは小さな笑いで、隣の男が黙っているのをいいことに、私は独り言にも似た声色でぽつりと呟く。

    「…私、ずっと勘違いしてたんだね」
    「いや、多分さ…そんなもんなんじゃねぇの?」

     私は驚いて、もう一度男と視線を合わせた。
     そうして、男があまり浮かべない、自信なさげな表情をしていることにやっと気がつく。男の口がゆっくり開く様を見つめながら、次に告げられる言葉が全く予想できなくて、私は混乱しながら、その続きを待つ他なかった。

    「そりゃ…今になって心配されたところで、お前がガキの頃に寂しい思いしてたことには変わりないだろ」
    「寂しいって、別にそういうんじゃ、」
    「俺は寂しかったよ」

    「お前と出会うまでずっと、俺以外のことなんか気にしたことすらなかった」

     少し前の私のように、夜空を見上げる男の横顔を見つめる。その姿は悲しみを浮かべているというよりも、何も知らない無垢さが目立つ、ひとりぼっちに慣れてしまった子供のようだった。

    「俺さ、ガキの頃の思い出ってマジでないんだよ。そりゃお前と、あと硝子や七海たちと学生してた時のことは覚えてるよ。でも俺のガキの思い出って、そこから始まってる…お前と出会って、やっと人間になれた気がしてるぐらいだ」

     出会った頃に似た雰囲気を醸し出していた男は、私が驚いているのを察したのか、まぁ俺の話は今置いといてさ、と自分の話を遮った。

    「俺はお前の好きってのと寂しかったって気持ち、あと非術師だからってやつも、混ざってて良いんじゃねぇのって思ってる。全部お前がそう感じたって事実に変わりはないし…後はなるべく、お前が感じたり、考えたりしたことは知っておきたいから。まぁお前の考えてることを理解しきれるかってのは、ちょっと自信ねぇけど、」

    「とにかく俺はさ、お前にも、お前自身の気持ちをもっと大事にしてほしいよ」

     きっと悩みながら、それでも絞り出したのだろう、男の不器用ながらも実直で暖かい言葉に、目頭が熱くなるのを感じる。

    「うん…ありがとう」
    「おう」

     こういう時に茶化さず、誤魔化さず、もう一度朗らかに笑ってみせる男が私は大好きで、どうしようもなかった。

    「まぁ今の話を聞くと、ガキの頃のお前の隣にガキの俺がいたら、ちょっとは違ってたかな、とは思うけどな」
    「それって、もっと早くに私と出会いたかったってこと?」

     私ばかり照れさせられているような気がして、少し意地悪に、こっそり甘えるようにそう尋ねる。すると男は、また少し考え込んだ後に口を開いた。

    「そういう気持ちもないわけじゃないけど、でも俺は、お前と高専で会えたことにそれ以上もそれ以下も望んでないから…まぁつまり、あれだ、」

    「それなりに願望もなくはないし、その方がお前が幸せになるなら俺はそうしたいけど、俺は今こうして、お前と一緒にいられるのが一番ってこと」

    「…」
    「…おい、なんか言えよ。さっきは普通に返事したろ」
    「いや、その…ふふっ」

     古びた人工の光だけが照らしているというのに、その灯りだけでうっすらと輝く銀髪の、その下で真っ赤になっているであろう耳を少し撫でる。

    「悟ってさ、本当に私のこと好きなんだね」

     てっきり、うるせー、なんて悪態で返されるかと思った発言は、勢いよくこちらを向いた男にとっては、聞き捨てならなかったらしい。

    「は?当たり前じゃん。お前は俺の、親友なんだからさ」

     お前だけだよ、と縋る言葉に、こちらを射抜く視線に、どうしようもなく身体が喜んでしまう。
     君に弱者の気持ちが生涯分からないように、私に君の気持ちが理解しきれなかったとしても、今の言葉だけで、君の隣に立つことが許されているかのようで、
     悔しくないと言ったら嘘になる、けれども、どうしようもなく満たされている部分があるのも事実だった。

    「普通親友ではこんなことしないんだけどね」
    「そこはほら?俺たちだし?」

     照れ隠しの言葉を待っていたはずが、私の方が照れてつれないことを言ってしまった。しかし男は私のそんな発言を気に留めず、モヤモヤが晴れてスッキリしたのか、そろそろ行こうぜ、とブランコから腰を浮かせる。

    「あー、なんか歩くのダルくね?パパッと帰ろうぜ」
    「いいじゃないか、たまにはこうして並んで帰るのも」
    「えー、手とか繋いで?」
    「そう、手とか繋いで」

     外ではあまりスキンシップを取らないようにしているのだが、今回だけは良いかなと思ってしまった。

    「こうして手を繋ぎながらわざわざ歩いて帰る記憶も、未来の私たちからすれば大切な思い出になるだろ?」

     そう耳元で囁くと、男は今度こそ顔を真っ赤にして照れてくれたようだった。外だぞ!と普段なら言わないような台詞を吐く姿は、あのひとりぼっちの表情よりも、断然私の好きな五条悟その人だった。

     そうして、笑いながら差し出した私の左手を、悟の右手が掴み取る。その一瞬、骨張った指が確かめるように薬指の金属をさらりと撫でたものだから、思わず泣きそうになってしまったのは、きっと夜道の暗さで分からなかったはずだ。



    「…それで、四児の親っていうのはいつ報告すんの?」
    「えっと…式当日かな」
    「それは流石にやめとけって」
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