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    みやもと

    @1e8UANtebd93811

    文置き場

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    みやもと

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    リュパン/逢いたくて夜更けにパートナーの部屋を訪れる話

     目の前にあるのはリュールの部屋の扉。少し前からここに立ち尽くしたまま、パンドロはじっと扉を見つめ続けていた。
     夜更けのこの時間はソラネルのどこもかしこも静まり返っている。当然この部屋の主も休んでいるに違いないし、まだ起きていたとしてもこのような時間に部屋を訪れるなど迷惑以外の何物でもないだろう。当然のことだと頭ではきちんと理解していて、実際にもう何度も躊躇い引き返そうとしたのだが、結局こうして部屋の前まで来てしまった自分をパンドロは情けなく思った。
    (……分かってるのにな……)
     それでも諦めきれなかったのは、どうしても逢いたいという自分の気持ちに負けてしまったからだ。今朝だって顔を合わせたのだし、明日になればまた逢えるということも分かっている。それでも、どうしても今パートナーの顔が見たくて堪らなくて、この胸にある想いを抑えることができなかった。
    (……でも)
     やっぱり迷惑だよな、と心の中でひとりごちる。リュールは優しいから、パンドロが突然夜更けに部屋を訪ねたとしても笑って迎え入れてくれるだろう。だからこそ彼に迷惑をかけたくないという気持ちが、このような非常識な夜中の訪問をパンドロに躊躇わせていた。
    (別に何かあった訳でもねえし……)
     今でなければいけない理由はない。けれど、今でなければという衝動はある。とはいえそれも自分の身勝手な理屈でしかないと思うのに、それでも去る決意ができないまま無駄にこうして時間を費やしていた。
    (……やっぱり、リュール様にご迷惑はおかけできない……)
     ひとつ息を吐き、パンドロは手を握り締める。今夜は我慢して、また明日改めて逢いに来よう。胸の奥でごねる自分の想いをどうにかいなしつつ、パンドロはそっと部屋の前から離れることにした。だが。
    「っ、」
     去ろうとしたそのとき、何度も叩こうかどうしようかと迷っていた扉があっさりと開かれる。驚き立ち尽くしていると、中から部屋の主がひょこっと綺麗な顔を覗かせた。
    「いつまで経ってもドアを開ける気配がないので、こちらから開けてしまいました」
     言ってリュールは少しいたずらっぽく笑う。もしかして彼は、自分が扉の前でずっと逡巡していることに気づいていたのだろうか。気配だけでも煩くしてしまったと、パンドロは申し訳ない思いに身を縮ませた。
    「……ご、ごめんなさい……」
    「謝る必要なんてありませんよ」
     微笑んだままリュールが部屋へと招き入れる。居たたまれなさは拭えなかったが、パンドロはパートナーに従い部屋の中へと入ることにした。
    「こんな遅い時間に……本当にごめんなさい」
    「ですから気にしないでください。そもそも眠っていたらあなたが来たことに気づいていませんし、私が構わないと思ったからこそあなたを迎え入れたんですから」
     微笑みかけ、リュールはベッドに腰を下ろす。こちらを見つめてくる視線がごく自然に隣に座ることを勧めてくるから、少し躊躇いながらもパンドロは彼のすぐ側に腰を下ろした。
    (……駄目だな、オレ)
     リュールは気にしなくていいと言ってくれたが、気遣わせてはしまっただろう。それも、何か大事な用があるのならともかく、ただ逢いたかったという理由らしくもない理由しか持ち合わせていない。それでも、こうしてすぐ触れることのできる距離から顔を見れば足りなかったものすべて満ち足りた気分になり、現金な自分に苦笑したくなってしまった。
    「……なにか、あった訳ではないんです」
     けれど優しいリュールのことだ、わざわざこんな時間に訪れたことを案じているかもしれない。だからせめて、とパンドロは自分から話を切り出す。
    「何も……けど、……どうしても、リュール様にお逢いしたくなってしまって」
     リュールは優しく見つめながらパンドロの言葉に耳を傾けてくれている。その様子に背を押されるようにして、パンドロは話を続けた。
    「だから、こうしてお側にいられて……すごく、嬉しいです。ありがとうございます」
     言って頭を下げたパンドロに、リュールはふっと吐息だけで笑う。
    「そうだったんですね」
    「はい。……ですからもう、大丈夫です」
     本当にありがとうございました、と再度感謝を告げてからパンドロは立ち上がろうとする。ただでさえ遅い時間なのに、これ以上長居をして迷惑をかけてはいけない。リュールの気遣いを嬉しく胸に受け止めつつ、すぐに部屋を辞すべきだと。だが。
    「待ってください」
     去ろうとするパンドロの手を掴み、リュールが引き止めてくる。驚きつつも促されるまま再び腰を下ろせば、するりと伸びた手がパンドロの手を握り、指を繋いできた。
    「私もあなたに逢いたいと思っていたんです」
    「リュール様……」
    「もう少しだけ側にいてくれませんか?」
     小首を傾げつつリュールにねだられれば、パンドロに否という返事がある筈もない。はい、と頷きを返せば、良かったです、と綺麗な笑顔が向けられた。
    (……本当に、オレ……駄目だな……)
     去らなければと思いながらも、心の底ではもっと一緒にいたいと願っていた。けれどそれを言い出せずにいたパンドロの気持ちを汲んで、リュールは敢えて自分から切り出してくれたのだろう。思いやりに溢れたその気遣いに、申し訳なさを覚えながらも泣きたくなるほど嬉しくなる。
    (……リュール様……)
     何度こうして彼の優しさに甘えてしまっているのか。胸が苦しくなるほどの想いをやり過ごせず、パンドロはそっと目を伏せた。
    (あなたのことでいっぱいで、オレは……)
     初めは側にいられるだけで嬉しかった。言葉を交わせれば舞い上がって、その日の夜は何度もリュールとの会話を反芻した。尊敬と憧れはいつしか恋情を伴い、抱えきれず告げた想いが受け止めてもらえるなど想像もしなかったことだ。これ以上の幸せなどないと思っているのに、側にいればいるほど更に想いは募ってしまう。
    (……オレは、こんなにも……)
     ずっと側にいたい。顔が見たい。触れたい、温もりを感じたい。当初からは考えられないほどの欲求がふと積もり重なってはパンドロの心を支配しようとする。結局部屋を訪れてしまったのも、抑えきれなかったその想いに突き動かされた所為だった。
    (こんなにも身勝手で、欲張りになってしまった……)
     こんな自分が許されてもいいのだろうか。ふと差した影に俯きそうになったところで、リュールが繋いだ指にそっと力を込めてきた。
    「っ、」
     はっとして顔を上げたパンドロに、リュールが微笑みかける。綺麗なその笑顔に暫し見惚れていると、こちらに身を寄せながらパートナーが口を開いた。
    「パンドロ」
    「は、はい」
    「私はあなたと逢ってから、いろんなことを知りました」
     静かで穏やかな、リュールの声。とびきり優しいその声が、自分だけに聞かせるものだと自惚れたくなる。
    「あなたの側にいると嬉しくて、あなたの姿が見えないと寂しくて堪らなくなって。いつもあなたが私の側で笑ってくれるように、私にできることがあるなら何でもしたい。そんな風に思うようになりました」
    「リュール様……」
     紡がれる言葉に心を震わされる。リュールがそんなにも自分のことを大事に想ってくれていたと知れば、否応なく胸がきゅうっと締め付けられるように苦しくなった。
    「……それと同時に、今まで気づかずにいた感情が存在していたことにも」
     けれど、続きを話すその声が心なしか潜められたことをパンドロは不思議に思う。どうしたのだろうと考えていると、リュールは僅かに視線を落としながら話を続けた。
    「あなたがずっと私の側にいてくれたらいいのに、と」
    「え……?」
    「逢いたくて堪らなくて、今日も……今も、あなたのことばかりを想って」
    「リュール様……?」
     並べられる言葉たちについ鼓動が跳ねてしまう。それはパンドロが思っていたことで、まさかリュールの口から零れる気持ちだとは。
    「ですから先程あなたの気配を扉の外に感じたとき、嬉しくてどうしていいか分からないほどだったんです」
     あなたが来なければ、我慢できずに私があなたの元を訪れていたかもしれません。
     顔を上げ、リュールがパンドロを見つめる。逸らさずただまっすぐに。その視線のひたむきさに胸を貫かれ、パンドロはただ彼を見つめ返すことしかできなくなる。
    「そして今は、こうも考えています。……こんな夜更けに私のところへ来たのなら、今夜はもう離さなくてもいいのでは、と」
    「え、」
     不意に告げられた言葉にどきりとしてパンドロは目を瞠る。先程までの優しさだけを含ませたのとは違う、どこかじわりと欲を垣間見せた表情でリュールは微笑んだ。
    「そして、私がこう言えばあなたは拒まないだろうと。それも分かっていて、敢えて告げました」
    「リュール、さま……」
     吸い寄せられる綺麗な、とても綺麗な赤と青の瞳。抗うことを思いつきもしないままパンドロが頷く前に、リュールがどこか情けないような顔をして笑った。
    「困らせてしまいましたね、ごめんなさい」
    「っ、いえ……そんなことは」
    「でも、知って欲しかったんです」
     言いながらリュールが繋いだままの手を確かめるように握る。もしかしたらそれはパンドロが側にいるという実感を得るための無意識な仕草だったのかもしれない。
    「……私は、あなたが思うほど綺麗でも純粋でもありません」
     再び目を伏せ、リュールがそっと言葉を紡ぐ。胸の痞えを吐き出すかのごとく。
    「あなたの前では……どうしようもない欲を持て余す、ただのありふれた存在です」
     話し終え、リュールはそっと息を吐く。心なしか繋いでいる指が冷えているように感じられ、パンドロは小さく息を呑んだ。
    (リュール様が……そんな風に……)
     到底告げられないような想いを燻ぶらせているのは自分だけだと考えていた。だが、リュールの言葉が偽りではないのなら。
    「……あ、の」
     意を決してパンドロは口を開く。
    「教えてくださって……ありがとうございます。リュール様がどんな風に想ってくださっているのか知ることができて、嬉しかったです」
    「パンドロ……」
     こちらを見つめたリュールが僅かに目を瞠る。それに笑みを返し、パンドロは更に言葉を続けた。
    「信仰対象としてのあなたをかけがえなく思う気持ちに変わりはありません。ですが、オレはあなたが信仰対象だから惹かれたのではなく……あなたが今ここにいるあなただから惹かれたので、……その」
     どう言えば伝わるのか、気持ちがうまく言葉にならずもどかしい。それでも、必死に言葉をかき集めつつパンドロはリュールを見つめた。
    「……ありのままのあなたを、お慕いしています……」
     それでも結局月並みな言葉にしかならなかったことを不甲斐なく思う。うう、と俯きかけたパンドロの頬に、リュールがそっと優しく触れてきた。
    「……ありがとうございます、パンドロ」
    「リュール様……」
    「実を言えば少し怖かったんです。もし本当の私を知ったらあなたに嫌われてしまうのでは、と」
    「っ、そんなことありえません! オレは……オレがリュール様に、」
     リュールを嫌うことなど到底あり得る筈がないと、パンドロは即座に否定し必死にかぶりを振る。だがみなまで告げるより先に、リュールの手が伸び思い切り腕の中へと抱き締められた。
    「……そうですね。あなたなら……きっと、私を……」
     言ってリュールが顔を寄せてくる。どきりと否応なく跳ねる鼓動をそのままに、パンドロも顔を近づけそっと目を閉じた。
    「……ん……」
     やわらかく重ねるだけのキスでも、溢れるような想いは込み上げるばかりだ。触れたときと同様にゆっくり解くと、リュールがこつんと額を突き合わせてきた。些細な仕草だとしても嬉しくて堪らなくなり、リュールのすべてに揺らされる心をパンドロは改めて実感する。
    「……あの、リュール様……」
     額を離し、けれどまだ瞳を覗き込むことができるほどの距離からパートナーに呼びかける。見つめた瞳がなんでしょう、と返したのを見て、こくりと息を呑んでから言葉を続けた。
    「先程の、……今夜は……離れなくても、という……」
    「ああ、……えっと、それはその、ものの例えというか……」
     改めて自分の発言を持ち出されたのが気恥ずかしかったのか、リュールは少し頬を赤らめている。その姿も愛しく感じながら、パンドロは更に言葉を紡いだ。
    「……オレも、そうしたいです」
    「え?」
    「オレはいつだって……あなたと、……その、……あなたに、なら……」
    「パンドロ……?」
     また煩く跳ねる鼓動が耳をつく。けれどどうせ止めることはできないのだと鳴るのに任せたまま、パンドロはリュールの腕をぎゅっと掴んだ。
    「……今夜は、ずっと……お側、に……」
     告げた端から抑えようもなくかあっと顔が赤くなってしまう。かなり恥ずかしいことを言ってしまったという自覚はあったし、何より目の前のリュールも驚き息を呑んでいる。それでも、どうしても今伝えなければと思ったのだ。
    「……パンドロ」
     優しい声で呼び、リュールがパンドロの熱い頬に触れてくる。救いを求めるように見つめると、綺麗な赤と青の瞳がパンドロを捉えた。
    「パンドロは、私を駄目にするのが上手ですね」
    「ご、ごめんなさい! オレまたなにかご迷惑を」
     慌てて口を開いたパンドロに、そういう意味ではないです、と言いリュールが笑う。ではどういう意味だろうと目を瞬いていると、また顔が近づきキスを与えられた。
    「じゃあ、今夜は一緒に眠りましょうか」
     とびきり優しい声で告げられ、触れたままの手で頬を撫でられる。齎された言葉に動揺した心を抑えつつ、パンドロは赤い頬を更に赤くしながら必死に頷いた。
    「っは、はい!」
     勢いが空回った所為か、つい威勢よく返事をしたことにはっと我に返る。これでは期待しすぎていると思われても仕方がないだろう、と考えればこれ以上ないぐらい顔が赤くなってしまった。
    (あ、でも……準備、してねえ……)
     ふと思い当たった事柄にパンドロはどうしよう、と内心で逡巡する。リュールの部屋を訪れる際には必ず身を清めているからそこはいいとしても、余計な手間を増やしてしまうのは申し訳ない。少しお時間を頂いて、でもリュール様をお待たせするのも、とあれこれ考えていると、リュールが困ったように笑いながらパンドロ、と呼びかけてきた。
    「そんなに緊張しないでください。ええと、その……する、訳ではなくて……ただ一緒に眠れたらと」
     言いながらリュールがほんのりと頬を赤らめる。そこで漸く自分が勘違いしていたと気づき、パンドロはわーっと叫び出したい心境になりながら慌てて口を開いた。
    「あ、……あー! そ、そうですよね! 眠る! 眠るって仰ってましたもんね!」
     余計な期待をしすぎてしまったと反省してから、途端に浅ましい自分があまりにも恥ずかしくて居たたまれなくなる。うう、と見えないように呻いていると、ふとリュールに手を引かれパンドロはそのまま共にベッドへ倒れ込んだ。
    「わ、」
     すぐさまリュールの手が身体に回り、腕の中に抱きしめられる。パートナーになってからこれまでに何度も抱き合っているし身体だって繋げているのに、いつだってリュールに抱きしめられると嬉しさと同時にどきどきしてしまった。
    「本音を言えば私もあなたが欲しいです」
    「え」
     腕の中で聞かされた台詞につい過剰に反応してしまい、ごめんなさい、とパンドロは消え入りそうな声で呟く。それを聞きふっと笑う気配がしてから、リュールが髪を撫でてきた。
    「ですが、明日は早いですし……こんな堪らない気持ちのままあなたに触れてしまったら、明日に支障が出てしまいそうで」
    「は、……はい……」
     頷きはしたものの、何気なくすごいことを言われたのは気の所為だろうかとパンドロは落ち着かない気分になる。けれどリュールは全く気にした様子もなく、抱く腕に力を込めつつパンドロに身を寄せてきた。
    「あなたが一緒だとよく眠れますし、たまにはこういうのもいいんじゃないでしょうか」
     ふふ、と笑う声を聞いていると、リュールの温かな想いを感じられるような気がする。触れ合えることは素直に嬉しかったので、パンドロもはい、と頷きを返した。
    「おやすみなさい、パンドロ」
    「……おやすみなさい、リュール様」
     よい夢を、と告げそっと髪を撫でれば、リュールが嬉しそうに表情を緩める。それからゆっくり瞼が閉じられると、程なくして穏やかな寝息が聞こえてきた。
    (リュール様、相変わらず素晴らしい寝付きの良さだな……)
     千年もの長きにわたり眠り続けていた神竜の御子は、やはり眠りに関しては慣れたものなのだろうか。綺麗な寝顔を見つめつつ、けれどパンドロは嬉しさの反面どうしていいか分からない現状にまた動悸を覚えていた。
    (オレは……リュール様に抱き締められてたらどきどきしすぎて全然眠れねえ)
     せめて、と目を閉じてはみたものの、すぐ側のリュールに伝わってしまいそうなほどの心臓の音はなかなか落ち着いてくれそうになかった。
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