アムピなんちゃってホラー冒頭『安室透は見なかったことにした』
あの人が欲しい。
低く優しい声、周囲の男が霞む上背に、綺麗な面持ち。
ー沖矢昴さん。
私は、貴方が欲しいのです。
貴方だけのおひいさまに、なりたいのです。
あの人の瞳に映るためならば。
あの人の隣に居るためならば。
なんだってすると、決めたのです。
嗚呼、愛しくて、愛しくて、憎くて、愛しいあの人を、迎えにいかねば。
きっと、私を待っている。
少し手間取って居るけれど、きっとこの想いがあれば、大丈夫。
心配しないでくださいね、昴さん。
ーもう少しで、会えますから。
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「うわ」
思わず声が漏れた。
隣を歩んでいたポアロの同僚、梓さんにも声が聞こえてしまったのか不思議そうな顔をして、彼女は僕が目線を向けた先を覗いた。
その目線の先には、1人の男がエコバックを片手に歩いている。
買い物帰りか何かだろう。呑気で羨ましいものだ。
「あ、えーとあの男の人!誰でしたっけ…沖矢さん?少年探偵団の子達がよく遊んでもらってるって…安室さんあの人と何かあったんですか?」
「えーと、いや。実は沖矢さんのご自宅の前によく路駐してたのでちょっと顔合わせづらくて…それだけですよ」
「あ〜安室さん悪いんだ〜!路駐は怒られちゃいますよ!」
「はは…気をつけます…」
ぴぴー、と笛を鳴らす真似をしながら歩いていく梓さんを追いかけながら、沖矢昴の姿を思い出す。
いつも通り首元を隠すニットに、ジャケット。メガネ越しに細められた目はいつも通りだった、ように思う。
ただひとつ。
思わず声を漏らしてしまった原因。
あの男の小指に気味が悪いほどぐちゃぐちゃに巻き付いた僕の嫌いな色。
赤い、赤い糸。
(どこぞでややこしい女でも引っ掛けたんだろ、自業自得だな)
ややこしいことには首を突っ込みたくない。
賢い選択だ、と自分に言い聞かせて、僕ー安室透は【ソレ】を見なかったことにした。
その選択を後悔することになるとも知らずに。