3/4組無人島物語(拝啓、親父殿。オレは今無人島にいます)
黒羽は雲一つない空を見ながら、最愛のお父さんに思いを飛ばした。灼熱の太陽、煌めく青い海。これだけ聞くとバカンスだと思われるが、正真正銘の無人島にいる。なぜこんなことになると黒羽は友人たちの声を背に、思い返した。
いつも現場に来てたキッドキラーはいつもの間にか消えて、代わりに世間を騒がせた高校生探偵が戻ってきた。あの小さな好敵手ともう会えないことに黒羽は少しだけ寂しく感じた。向こうの事情を知る必要もなく、黒羽は自分の目的を果たすために行動した。
白い正装を着て、黒羽はキッドとして犯行頻度をあげた。その時期から、イギリスにいる筈の白馬と関西の高校生探偵も来るようになった。探偵たちはきっと本能的に察してしまった。キッドがもうすぐ消えると。
「これはこれは、今夜もまだお三方が揃っていらっしゃいましたね」
「逃がせませんよ」
「さっさと捕まれ! キッド」
「逃がせへんで!」
お約束のように、先回りしていた三人の探偵。黒羽は目を細めて、微笑んだ。綺麗な月を背景に、世紀の大怪盗は優雅な佇まいで一礼をした。三人はその光景を呆然と見ると、怪盗は形のいい唇を開いて、穏やかに告げた。
「皆さんともう会えないことにとても残念だと思いますが……」
「は?」
「ショーはもう終演の時間です」
「どういうことです?」
「文字通りの意味です。今夜は最後のショーです」
「ふざけるな!」
「そうや! 堪忍しときな!」
「ふふ、怖いですね。ですが、お別れの時間は来ました」
「くろ……キッド」
ショックなのか、白馬はキッドの本名を言いそうになった。冷涼な視線を受けて、白馬はぐっと堪えた。工藤は悔しそうに怪盗を睨んだ。服部は険しい目でその光景を見つめた。黒羽は三人を一瞥して、隠していた煙幕を巻いて飛んで行った。いつもなら三人は何としても阻止に行っただろう。だが今回は三人共動けなかった。
黒羽は振り向かず、風に乗って現場から離れた。もしお互い、別の立場で出会えたらいい友たちになれるかもしれないと黒羽は漠然と思った。黒羽はあり得ないことを想像しても仕方ないと気を取り直した。観客がないショーはまだ一個残っているから。
(探偵と怪盗、最初から分かり合えない)
パンドラという存在しているのも怪しいジュエリーを遂に見つけた。それを粉々に壊して、例の組織が崩壊した。すべてが終わり、黒羽は受け継いだ服を脱いだ。それらを厳重に保存して、黒羽はやっと日常生活に戻った。
「なにがあったの? 快斗」
「うん? 何も?」
「えー? 絶対嘘だ!」
「はあ? なんで?」
「だって快斗、雰囲気が変わったような……」
「アホ子だな……」
「なによ!」
幼馴染と過ごす日常、平和でかけがえのない幸せだと黒羽は高校生活を謳歌した。キッドを引退してから、白馬と紅子は何度も何かを言いたそうな顔をしたが、最終的にため息一つで黒羽を許した。黒羽はそれをちゃんと知っていて、感謝していた。
黒羽は偶に他二人の高校生探偵を思い出す。接点がないま、もう会うことはないと達観した。高校生生活が終わり、桜満開な四月までは。
「止まれー! キッド」
「人違いだ! 追いかけてくんな!」
「そうはさせへんで!」
「ああもう! なんなだよ!」
黒羽は大学の入学式で新入生代表として挨拶をした。ただそれだけなのにと黒羽は困惑した。入学式が終わった途端、工藤に追いかけられて、服部に退路を断たされた。顔と名前がバレてしまった以上、逃げでも無駄だと思った黒羽はため息を吐いた。
「はあ……ただの一般人のオレに何か用? 名探偵」
「オメーな! 一般人な訳ねーだろ」
「関西の探偵さんもなんでここにいるの」
「こっちに進学したからやろか」
「はあああああ」
黒羽は大学生活が始めた早々、波乱万丈な未来を予見した。もう引退したし、証拠なしでは捕まらないと黒羽はわかっていたが、これからはめんどくさいことに巻き込まれそうだと思った。
(それはそれで面白そうけどな)
「っ! オメー!」
「え?」
黒羽は自覚なしにニヤリと笑った。キッドの面影が一瞬見えたと探偵たちは思った。遅れて来た白馬は当たり前の様に黒羽の傍に行った。
「隠すつもりならもっとしっかりしてください。黒羽くん」
「っち。白馬もいるかよ」
「おや、冷たいですね」
「は? どういうことだ? 白馬オメー、こいつのことを知っているのか」
「ふふ、みんなよりはちょっとね」
「アンタ、一々むかつくな」
三人の探偵と同じ場所にいる事を懐かしく感じて、黒羽はフッと笑った。想像しなかった状況に、黒羽は二人に向けって言った。
「はじめまして、オレ、黒羽快斗。よろしくな!」
ぽっとバラを出して、黒羽は満面の笑みで自己紹介した。キッドとの差が凄すぎで、工藤と服部も一瞬固まった。すぐに我に返って、工藤と服部も笑い出した。
「……ふ、気障野郎だな」
「……お! よろしくな」
現場でキッドを捕まれなかった時点で、自分の負けだと探偵たちは思っている。思いがけない出会いにむしろ感謝していた。黒羽は探偵たちの葛藤に気づかず、彼らと友たちになった。
大学に入ってから、違う学科にも構わず、四人はいつも一緒にいた。やはりと言うべきか、黒羽は探偵によって事件に巻き込まれる日々を過ごした。黒羽は頭脳と能力を買われて、探偵たちの無茶ぶりに付き合った。
そんな日々を過ごして、あっという間に冬休みの直前になった。これで少しは安寧な時間を過ごせると思ったら、黒羽は大学内で探偵たちに捕まった。
「だーかーらー! オレを巻き込むな!」
「心外です。黒羽くん」
「なんだよ! どうせ冬休みは暇だろう?」
「暇じゃねぇよ! マジックの練習もするし」
「それは暇やな」
「おい。服部のバカ」
「とりあえず黒羽くんのお母様に連絡して、パスポートを確保しましょう」
「待て! 本人の意思を尊重しろ!」
「よし。それじゃ、あとでオメーらに詳細を送る」
「絶対行かねぇからな!」
「大丈夫ですよ。当日、家まで迎えに行きますので」
「嫌だー!」
抵抗も虚しく、黒羽は冬休みの初日にハワイ行きの飛行機に乗せられた。心を無にして、窓の外を見つめた。
(事件に巻き込まれたくねぇ)
黒羽は心の中でささやかな願いは願った。隣を見ると、ウキウキしている白馬がいた。黒羽は思わずジト目で彼を見た。
「……どうしましたか?」
「いや、なんか楽しそうだな」
「そう、見えますか」
「おう! 黒羽もそう思うやろ!」
「声がでけぇって」
「……」
「工藤?」
黒羽は静かになっている工藤に気付いた。工藤は鋭い目付きでとある男を見ていた。嫌な予感がした黒羽は恐る恐る工藤に聞こうとした瞬間、その男は立ち上がった。
「ハハハ! この飛行機には爆弾を仕掛けている! みんな殺しだ!」
乗客たちはその言葉を理解するのに数分が必要だった。静かな空間に、絶叫が響いた。黒羽は頭を抱えた。そんな黒羽をよそに、探偵たちは動いた。
機内には逃げ場はない。服部は持ち前の身体能力で素早く犯人を確保した。工藤と白馬は爆弾を解除しながら、乗組員と話し始めた。事件発生したすぐ解決してしまう探偵たちはやはり怖いと黒羽は感心した。
「クソ! 邪魔するな! お前だけでも地獄に落ちろ!」
「おい! アカン!」
服部に拘束されている男はもがいて、リモコンのようなものを取り出して、ボタンを押した。ボタンが押された直後、飛行機のドアから爆発音が響いて、取られた。犯人は最後の足搔きで傍に居る服部をドアまでぶっ飛ばした。
「ってぇーえぇ!」
「服部!」
黒羽は反射的に服部の手を掴もうとした。後ろに工藤たちの声がしたが、風のせいで良く聞こえなかった。落ちていく服部の手を何とか掴めて、黒羽は気づいた。
(あ。オレも一緒に落ちているじゃん! 詰んだ!)
海にいい思い出がないと黒羽は水面に落ちた衝撃を受けながら思った。冷たい水に流れて、手の力が抜いて行った。そんな黒羽に気付いて、服部はその手を強く掴んだ。
服部と黒羽が落ちたと見て、残された二人は犯人を乗組員に任して、制止を聞かずに自らドアから飛び降りた。
「黒羽! おい! 聞こえるか?」
「……うん……服部?」
「黒羽くん?!」
「……え?」
気がつくと、黒羽は砂浜で目覚めた。傍に居る服部と白馬は心配そうに黒羽の顔を覗き込んだ。首を軽く振って、黒羽は周りを見渡した。森と海、大自然が視界に入った。頭を回転して、推測した場所を口にした。
「は? 島?」
「ああ。先周りを見たが、完全に島だな」
「工藤……」
どうやら周りの様子を見に行った工藤が戻ってきた。黒羽はみんなの服を見ると、状況を把握した。慌ててポケットに入れたスマートフォンを取り出した。
「携帯は! あ……」
「全員の携帯も破損して、使いませんね」
「困るな」
「帰っていたら博士に修理させるから」
「どうやって帰るの?」
「いつれ救援は来るだろう?」
「そうやな。大丈夫やろ」
神経が麻痺したのか、探偵たちは呑気に喋った。救援はいつ来るとも知らないのに。黒羽は口に出そうなため息を飲んだ。湿った服の感触は気持ち悪いが、黒羽は耐えて、三人に指示をした。
「服部は使える枝や木材を集めてくれ」
「なんでや!」
「ここ無人島だろう? せめて火を起こさないと夜きついぜ」
「工藤は食べられそうな果物を」
「オメーに言われるとなんか嫌だな」
「工藤」
「わかったよ」
「白馬はオレと一緒に寝所を見つけて、葉っぱを集めろ」
「仕方ないですね」
黒羽に対して、謎の信頼を持つ三人は文句を言いそうな顔をしたが、指示に従いだ。黒羽は空を見上げて、回想を終わらせた。
「黒羽くん、これならどうですか?」
「うん……使える」
「ふふ」
「なんでちょっと嬉しいだよ」
「友達と遊びに行く経験は少ないからね」
「いや、これは遊びじゃねえー! 目を覚ませ!」
得意げに葉っぱを集めて見せてきた白馬はニコニコしていた。このお坊ちゃんは本当に危機感がないと黒羽くんはつっこんだ。黒羽の言葉に、白馬はきょとんとした。黒羽は考えるのを諦めて、寝所を整った。
黒羽は葉っぱを敷いて、四人分の寝るスペースを確保した。樹の影もあって、いい感じだ。
(木があれば……)
黒羽が考え込むと、背後から服部の声がした。振り向くと、予想以上の木材と枝が置いてあった。
「これで足りるか?」
「多分……?」
「どないしたん。そんな自信がない顔をして」
「いや。オレは別にサバイバル専門じゃねぇから」
「そりゃそうか」
「オメーは何度も危機を乗り越えたんだろう? キッド」
「キッドじゃねえーし! その名前で呼ぶな! 名探偵」
「オメーな」
「君たちは本当に仲がいいですね」
工藤は果物を抱えて来て、黒羽をからかった。無人島に来て、ずっと緊張状態の黒羽は工藤との会話で少しだけリラックスした。そんな光景を面白くないと感じて、白馬は拗ねた声を出した。
「なんや。嫉妬か? 大丈夫や、工藤の親友はオレや、黒羽はお前の親友やろ」
「ふん、そうですね」
「いや、オレいつ服部の親友になったんだ?」
「オレも、白馬の親友じゃねぇよ」
「……そうですか」
「ああもう! 親友でいいから! そんな顔をするな!」
普段はドSな性格をしているのに、こういう時はあからさまに落ち込む。黒羽はやけくそに叫んだ。黒羽の言葉を聞いて、白馬は満足そうに笑った。
「黒羽のやつ、白馬に甘くないか」
「仕方ないやろ?」
こそこそと話す工藤と服部を放っておいて、黒羽は木材を組み立てた。白馬はその作業を傍から見守った。
「これくらいなら……うん、よし」
「おい、待てや!」
「黒羽くん!」
「おい黒羽!」
「なんだよ! みんなして」
道具もないから、黒羽は両手で小さな枝を挟んで、回転させて火を起こそうとした。それに気づいて、探偵たちは一斉に黒羽を止めた。止められた黒羽は不満そうな顔をしていた。
「オメーはバカかよ」
「なッ!」
「黒羽くん、手を傷つけたらダメでしょう」
「え? いや、それは……」
「そういうことは服部に任せばいいんだよ」
「そうや……っておい! まあ、任せときな」
「……うん」
マジシャンにとって、手は繊細で大切だ。黒羽自身も気を付けているが、探偵たちは黒羽より気を配っていた。きっとそれは彼らの優しさだと気付いて、黒羽はくすぐったいような気持ちになった。
「まだかよ」
「文句言うな。工藤」
「っち。博士のベルトを持っていれば花火ボールで火を起こせるのに」
「いや、それはもう火のところじゃないから」
先の気恥ずかしさを忘れたように、黒羽はツッコミを入れた。頭いいのか、悪いのか、偶にわからなくなる。黒羽は木材と葉っぱを組み合わせて、簡易的な屋根を作った。白馬は興味津々に見守った。
「黒羽くん、器用ですね」
「そうか?」
「キッドの時も色んなからくりを解いていますよね」
「だからキッドじゃねぇ」
久しぶりにこんなやりとりをした黒羽は懐かしく感じた。高校の時はいつもこんな会話をしたなと思い返した。
(トランプ銃があればもっと便利だな……)
もう使うことのない道具を懐かしんたら、服部たちの歓喜な声を聞こえた。
「おお! ほんまにできた」
「偶にはやるな」
「偶にとちゃうわ」
無事火を起こせたのを見て、黒羽は胸をなでおろした。もうすぐ空が暗くなる。その前に火を起こせたのなら、寒さに耐えられる。服はもう乾いたが、冬の夜は寒い。四人は火の傍に座った。
「はあ……腹が減った」
「これ食べる?」
「サンキュー」
四人は工藤が集めてきた果物を取った。一晩ならこれで耐えられるだろうと黒羽はじっと果物を見つめた。
「なんだ?」
「いや? 食べられるのかをチェックしただけ」
「オレがわからない訳ないだろう?」
「思ったより美味しいな」
「貴重な体験です」
パチパチと木材が燃えている声を聴きながら、四人は食欲を満たすために果物を食べていた。果実が美味しいのか、体が疲れていたから美味しく感じたのか、判断がつかない。
食べ終わって、黒羽は思った。水が必要だと。三人も同じことを考えたのか、目を合わせていた。
「明日、水も探さないとな」
「救援、いつ来るやろうな」
「大丈夫ですよ、きっと」
「はぁ……」
「どうした? 黒羽」
「ちょっと疲れただけ」
さすがに体力の限界を感じて、黒羽は葉っぱの上に横たわった。火の傍に居るとは言え、寒さに弱い黒羽は体を震わせた。白馬はそれに気づいて、眉を顰めた。
「ちょっ! なんだ?」
「くっつく方が暖かいですよ」
「なんで野郎とくっつけて寝ないといけないんだよ」
(青子だったらな……いや、ここにいたらもっと心配だ)
ここに居ない幼馴染を思い出して、黒羽は何度目のため息を飲んだ。一瞬寂しげな表情を浮かべた黒羽を見て、工藤と服部は仕方ないなと二人の側に寝転がった。
(なんか、合宿みたいだな。無人島じゃなければもっと楽しいのに)
黒羽はそう考えながら、眠りに落ちた。眠りに入った黒羽を確認して、三人も目を閉じて、睡眠を取ることにした。
「黒羽くん、起きてください」
「うん……なんだよ……え?」
高校の時みたいに眠ってしまった自分を起こせている声に、黒羽は目を開いた。瞳に映るのは教室ではなく、島の風景だ。昨日起きたことは非現実的すぎで、黒羽は夢だと思った。
「夢、じゃなかった……」
「まだ寝ぼけているのか?」
「工藤……」
自分と似た顔にいつまでも慣れない。黒羽は恨めしそうな目で工藤を注視した。
「なんだよ」
「君たちと一緒にいると、いつも事件に巻き込まれるなと思って」
「いや、それは……」
「ちゃうし……」
「……」
普段なら強く否定するが、三人は気まずそうになった。探偵の友人を持つと大変だなと黒羽は他人事のように感じた。ショボンとした三人を置いといて、黒羽は水を探すことにした。
「さすがに海水は飲めねぇ」
「……湧き水があるといいですね」
「天然ろ過装置を作れば何とかなるだろう」
「ペットボトルを探すことやな」
「こんなところにいる?」
「ゴミとして流れて来て可能性は充分にありますよ」
三人共いいところのお坊ちゃんなのに、サバイバル知識はあるなと黒羽は思った。自分もまだお坊ちゃんなのに。救援は本当に来るのか、一抹の不安を抱えて、黒羽は二日目の無人島生活を始めた。
「果物だけでは足りないだろうな」
黒羽は悩んだ。生きるために食べ物は必要だ。三食とも果物だけだと体力が持たない。天然ろ過装置を作る同時に、三人は慣れたように、枝や石を集めて来た。考え込んでいた黒羽の言葉を聞いて、服部は口を開いた。
「ここはやはり釣りとちゃうか?」
「いやだー!」
「そうか。黒羽くんはあれがダメでしたよね」
「あれの名前を言うなよ!」
「っち。キッド時代に知っていれば、さか……」
「わー聞こえねえー! オレはキッドじゃねえーし!」
「あれや。黒羽の目を隠せばええやん?」
「特殊なプレイみたいでいやだ!」
「わがままですね」
黒羽の脳内には思い出したくない生き物がよぎった。全身鳥肌が立った。探偵たちから生温い視線を投げられたが、黒羽は動じてなかった。
「もういい! 水を浴びたいから探しに行く!」
「あ。一緒に行きますよ!」
黒羽は拗ねた顔で離れていった。白馬は心配で付いて行った。残された二人はやれやれと作業を続けた。
「まさか本当にペットボトルを見つけるとはな」
「まあ、これで飲める水を確保ができるや」
「よし。オレは魚を釣ってくる」
「はあ? 黒羽は食べへんで?」
「無理矢理でも食べさせるから」
「相変わらず鬼畜やな……工藤」
そんな会話があるとも知らずに、黒羽は周辺の環境を見ながら歩いた。白馬は隣についていた。
「はあああ」
「どうしましたか?」
「青子たちは心配するだろうな」
「……そうですね」
それぞれ思い浮かべる人がいた。今、彼女たちは何をしているだろうか。紅子なら魔法でオレたちの状況に気付く筈だなと黒羽は思った。
沈黙の時間が続いて、黒羽は急にたち止まった。白馬はつられて止まった。黒羽の方に向くと、黒羽は耳を澄ませて周りを観察していた。
「黒羽くん?」
「……水の音がする」
「え?」
「こっち」
だいぶ落ち着いていた声を発して、黒羽はとある方向に向かって走った。白馬は俊敏に走り去っていく黒羽を追いかけた。黒羽は進むと、水の音が段々と大きくになった。
「あった……」
「これは……」
小さな滝から水が流れてくる、水が溜まって湖になっている。水は湖からどこかへ流れていく。黒羽は安堵な声を出した。ここがあれば、島での生活は少しだけ安心できる。
「帰って、知らせようぜ」
「そうですね」
「どうした?」
「黒羽くんって案外頼りになりますね」
「案外は余計だ! お前たちが常識外れだから、オレがしっかりしているだけ!」
「ふ、ありがとうございます」
「オレ、やっぱり白馬のことが苦手だ」
「え。黒羽くん?!」
黒羽くんはそう言って、工藤たちのところに戻った。真正面から苦手と言われた白馬は驚きながらも後ろに付いて行った。
「お! 戻ったんか」
「そっちはどうだ?」
「ろ過装置を作ったやで」
「いいじゃん。こっちは水を浴びられる場所を見つけたぜ」
「これは朗報やな!」
「うん? 工藤は?」
「オレはこっちにいるぜ」
「え? いやー!」
「おっと。大丈夫ですか? 黒羽くん」
黒羽が振り向くと、何匹の魚を持っている工藤がいた。魚の目と合って、黒羽は固まって倒れた。後ろに居る白馬は慌てて黒羽の体を支えた。
「食べないからな!」
「黒羽はわがままだな……まあ、オメーの目を隠すから、安心しろ」
「うぅ、安心できねぇ」
体が震えている黒羽を宥めて、白馬は提案をした。
「黒羽くんは休んでもらって、僕たちは火を起こして、食事の準備をしようか」
「白馬?!」
「あれを食べて貰いますよ」
「ッ! はくばか! ドS!」
白馬は涼しい顔をして、水を汲みに行った。服部は火を起こして、工藤は魚に枝を挿した。完璧な体制に、黒羽はどうしようもない。やることもなく、黒羽は石を集めて、砂浜に並んだ。
少ない作業なのに、時間がかかったと黒羽たちは現代生活の便利さに気付いた。火を起こして、傍に魚を置いて焼く。汲んできた水をろ過装置にいれて、飲められる水を作る。それだけで空の色が暗く始めた。
「先に水を浴びてくる」
「お! うん? 何をしてたんや」
「これを作れば、見つかれるかもしれないから」
黒羽は石でSOSの文字を作っていた。それを見ると自分たちは遭難したと再確認した。服部は感心したように頷いた。
「本格的やな……」
「オレたちは遭難しているから! これくらい普通だから!」
服部の反応に脱力した黒羽は水場に向かった。服を脱いで、水を浴びた。寒いが、頭をクリアにした。タオルがないから上着で体を拭いた。濡れた上着は火の熱で乾くしかない。
黒羽が濡れた上着を持ちながら帰ったら、探偵たちは察して、その方法を参考にした。
(頭いいのか、悪いのか、本当にわかんねー)
続々と水を浴びて行った三人はスッキリした顔で黒羽の周りに座った。髪が乾いていない黒羽と工藤を見て、服部と白馬は神妙な表情になった。
「なんだよ。じろじろ見て」
「いや、本当に似ているな」
「双子と言っても信じられますね」
「はあ?」
「そういえばお前らは一度も間違えないな。髪型を同じにしてもすぐバレるし」
「そりゃ工藤を間違わないわ」
「そうですね。黒羽くんは黒羽くんですし」
「ちぇーなんかムカつく」
「なんや? 黒羽、照れていんのか?」
「ちげぇよ!」
「さて、食事をするか」
「待て。工藤さん、その手に持っているものは……」
「オメーの目を隠すための布」
「え」
「服部」
「おうよ!」
「離して! いやー!」
結局黒羽は目隠しをされて、白馬に焼き魚を食べさせられた。屈辱すぎで、涙が出そうになった。文字通り、黒羽は泣く泣くと焼き魚を飲み込んだ。
悔しいか、黒羽の腹を満たした。不貞腐れた顔で水を飲んで、空を見上げた。
「はあ……こんな綺麗な星空、お前たちと見るとはな……」
「僕は嬉しいですよ。一緒に遭難したのは君たちで」
「嬉しくないな」
「気色わりぃな」
「ひどいですね。君たちと居ればこの状況から脱出できそうと思ったのですが」
「明日が三日目か。そろそろ捜索が来ないかな。きっと青子たちに心配をかけている」
「大丈夫や!」
「謎の自信」
「大阪府警本部長と警視総監の息子がいなくなれば探しに来るだろう?」
「それもそうか」
「工藤と黒羽ももっと自覚あった方がええんで」
「はあ?」
他愛のない話をして、四人は疲れてきた。もうくっつけて寝ても文句を言わなかった。
(明日、助けが来てくれるといいな)
友人たちのおかげで寒く感じない黒羽は寝ることにした。
「……あ」
珍しく早く起きた黒羽は背伸びして、立ち上がった。まだ目覚めない友人たちの顔を見て、黒羽はため息を吐いた。
「こうしてみると、全員イケメンじゃん。ムカつく」
「……うん。黒羽?」
「おはよう、工藤」
「……朝か」
「……黒羽くん?」
「二人共おはよう」
気配に敏感なのか、三人は続々と目覚めた。やはり救援は来ないのかと黒羽は砂浜の石を見つめた。
「はあ……」
「そんな顔をするなって」
「工藤は気楽だな」
「オメーだって似たようなもんだろう? 昔から大胆不敵だし」
「知らねえー」
「キッドの道具を持っているのなら、空も飛べますね」
「持ってねぇからしょうがねえーだろうか。というか、キッドじゃねぇ!」
「工藤の方はなんか持ってねえ? 博士から色んな道具をもろたんやろ?」
「そういわれてもな……あ」
「どないしたん?」
「……」
工藤は声を上げて、ポケットの中で何かを取り出した。
「腕時計、ですか?」
「お前! まだそれを持っているのかよ」
「キッドじゃねぇならなぜこれを知っているんだ」
「っち。偶々だ」
「ふん」
「その腕時計、壊れてへん?」
「今状態を見る」
工藤は真剣な顔で腕時計をいじり始めた。黒羽たちは工藤を見守った。そして腕時計から音が出て、工藤は歓喜な声をだした。
「やったぜ! 起動できた!」
「その腕時計になにか?」
「衛星電話を掛けられる」
「へ……はああああ?!」
「工藤君?!」
「博士まだすごいもんを作ったんやな」
工藤は自信満々な微笑みを浮かべて、電話を掛けた。工藤の電話を受け、救援はやっと来てくれる。その事実に、黒羽は一息をついた。だが言わずにいられなかった。
「そんなものを持っているのなら、最初から出せ!」
「いた、持っているのを忘れていた」
「工藤……」
「僕はこの数日、楽しかったですよ」
白馬は嬉しそうに笑った。黒羽は何度目の息を吐いた。この三人と友達になったのはもう運の尽きたと思った。
体感的に数時間を経て、ヘリコプターの音を聞こえた。四人は砂浜から手を振った。四人に気付いて、ヘリコプターは近づいた。
「助かった……」
ヘリコプターに乗り込み、座った黒羽は呟いた。せっかくの休みなのに、三日を無駄にした。
(でもまあ、いいっか)
「残りの休みはどうするんや」
「……予定通りに、ハワイに行く?」
「事件はもうこりごりだ!」
「とりあえず東都に戻ろうぜ」
「そうですね。それに賛成です」
「賛成ー」
黒羽はまだ知らない、東都に戻ったら、早速殺人事件に巻き込まれたことを。結局冬休みは全部探偵たちに付き合わされて、グダグダになった。
(親父……無人島以外も安全な場所がなかった)