冬休みカカベジ悟空の家は山の中にある。
長閑で自然豊かなところだ。
そして今日は、朝起きたら一面が雪景色だった。
こうなったら修行は少しばかりオアズケになる。
一晩で玄関のドアを半分隠してしまうくらい積もった雪をどうにかするのは、元気が有り余っている悟空の仕事だ。それから、家の回りも歩けるくらいにはしておかなければ。屋根の雪も下ろして、それをまた別のところに移して――。
「おいカカロット」
「んあ?あ……ベジータ」
何してんだ、と言いかけた口をぐッと閉じる。
そういえば昨日、決着がつかなかった手合わせの続きをやろうと約束したのだった。
「何だその格好は」
「……あ、コレ?……いやぁ、雪降っちまったから……放っといたらオラん家潰れちまうし……」
「…………」
ベジータの視線が悟空の身体に這う。
今日の悟空はいつもと違った出で立ちだった。
農作業をするときのスタイルに、大きなスコップを扱うので念のため手を傷つけないよう厚手のグローブも着けている。
「……えっと、」
「まあいい。さっさと終わらせろ」
「え、待っててくれるんか……!?」
「30分だけな」
「短え!!!」
悟空は慌ててそばの雪に突き刺したスコップを握った。
ザック、ザックと腰ほどの高さにまで降り積もった雪を掘る。普通の成人男性では到底持ち上がらない雪の塊を、プリンみたいに削っては放ってを繰り返した。
しばらく無心で雪かきをした悟空は、額に滲み出してきた汗を拭い、ふうと一息ついて上着を脱いだ。気温は零度に近いものの、短時間でみるみるうちに家の周りの雪をかいてしまった悟空の身体からはホカホカと湯気が上がる。
「………ん?」
その時、ジッとこちらを見つめる強い視線を感じて悟空はふと顔を上げた。白い雪に跳ね返った太陽の光をずっと目に入れていたせいで、視界にモヤモヤとした影がかかっている。
パチパチと目を瞬かせると、モヤモヤは一瞬で消えた。
「あれ、おめえどうした?」
「別に。なんでもない。続けろ」
視線の主はやっぱりと言っていいのか、ベジータのものだったようだ。さっきまで空に浮いて見下ろしていたはずだが、知らないうちに少し離れたところに降りてきていた。
「………?まあいいや」
「………」
少し大きな岩の上に腰掛け、膝を組んだ上に頬杖をついてこちらを見つめるベジータに「?」と首を傾げた悟空だったが、考えてもしょうがないと雪かき作業を再開した。
スコップをザクッ、と雪と土の間に入れる。腕の力だけじゃなく、肩と背中の筋肉を惜しみなく使うのが雪かきのコツだ。
「よ、っ……と!」
「………………」
大量の雪を持ち上げる悟空の背に発達した筋肉がググッと盛り上がる。全身から汗が吹き出し、身体の周りに白い湯気がハッキリ見えた。
「これで、最後……!!!」
今までで一番大きな雪の塊をポーン!と遠くへ放った悟空は「ふーっ!!」と大きく息をついた。
顎の先からポタと汗が落ちる。
きれいに雪かきした地面にサクリと立てたスコップに凭れて汗を拭おうとした悟空は、その手にそっと触れてきた体温に気づき「お……?」とマヌケな声をもらした。
「え、ベジータ……何?」
「30分だ」
「あ……、」
ちょうど30分だったらしい。
時計を携帯する習慣がない悟空には分からないが、ベジータが言うならそうなんだろう。
それにしても、ベジータの距離が近くて悟空はちょっとドキドキしてしまう。今気づいたけれど、手合わせする気マンマンでやってきたベジータはいつもの戦闘用のスーツだけだった。首から下を全て覆うアンダースーツと手袋、プロテクターも着けているとはいえ、コートも何も着ていない。
「お前ちょっと、こっち来い」
「ッ………おいっ!」
「見てるこっちが寒くなんだもん」
今ならオラの身体暖けえから、と言い聞かせると、腕の中に引き込んだベジータは「ふん」と鼻を鳴らして大人しくなった。
黒いタンクトップの胸に冷たいほっぺたをぺたっとくっつけてくるベジータのおでこを見下ろす。
くっついたところから熱を奪われていくのを感じて、悟空は『こりゃ今日は修行どころじゃねえなあ』と思った。
だって、ベジータを熱くさせられるのはこの世でただ一人。『カカロット』だけなのだから。
――多分な。
「ベジータ、つかまってろよ」
「………ん」
おわり
『冬休み』