カチャカチャカチャ…
ある音はソファの上から。
パタタパタタパタタ…
ある音はベッドの枕から。
中々合わないけど、時々目を合わせては、また手元に向き直る。
飛び越せない小節が行手を阻む。
それでも指先を信じて、繰り返す。
外でしとしと落ちる菜種梅雨が、丸い蕾に恵みをもたらす。
コンクリートに染み込む水溜りたちがいる限り、天気予報の傘マークもなかなか消えない。
「あっ」
小節の先をゆく音が聞こえた。
一声上げて、横顔が綻び出す。
息を吸い込むと、テンポが徐々に加速する。もっと背中が前のめりに、遂には目を閉じて、小さな箱は雨音に包まれる。
止めない。対話する。耳を澄ます。
「まだまだ」
「おし」
やがて葉桜になる前に、とびきりの晴れを浴びるために。
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「咲いたー!!」
家の前で背伸びするなり、大は丸い瞳をキラキラと輝かせる。東京にも春が来た。
「すっげえ、アキコさんに見せるか」
「んだな」
太陽光の一筋に透ける白い花弁たちを次々とスマホのカメラに収めていく。フォルダを見返すと、ボタンとのタイミングよく、風で枝の揺れる瞬間ばかりが並んでいた。
「あちゃー。ブレっブレだ」
「お前ヘッタクソだべな。見ろ!サッカー経験者の瞬を見極めた腕前を!」
堂々と胸を張って、玉田はスマホを大の眼前に差し出す。
「??玉田、桜はどこだ」
「…え?」
欲しかったリアクションとは裏腹に、大の顔には疑問符が張り付いたような困惑の表情が浮かんだ。
玉田は、その写真を目にする。
桜の花は画面の隅に映るだけ。澄んだ青空と長い電線。その上にスズメが二羽、仲良く乗っかっている。
自分が飛ばしたカッコいい決め台詞が、玉田の頭をひとりでに旋回している。
「……こ!これは!ウォーミングアップ!桜とはオレ言ってねえし!な?!」
「玉田ぁ〜」
大が玉田の肩にポン、と手を一つ置くと、自らのカメラを内側に切り替えた。
「撮るぞ!」
ちょうど背面の桜の木が、日光を浴びて春らしい光景に仕上がっている。
「…わーった!」
玉田は大の隣でカメラの向きを微調整する。アングルは不恰好ながら、桜の見える位置を狙って人差し指でシャッターを切った。
眩しくて、眉間の皺寄りが目立つ笑顔がそこにあった。
今日は晴れてて良かった。