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    よだかつぐみ

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    よだかつぐみ

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    8月のチャ!で出したい本の中身です。
    とある童話のオマージュ。友情以上恋愛未満(予定)な幼馴染みのはなし。
    進捗ダメダメちゃんなので、尻叩きがてらここに載せます。完成まで見守ってもらえたら幸いです。

    夜汽車にて。(仮) ガタンゴトン、と仰々しい音とともに、足元がかすかに揺れている。自身が汽車に乗っていることに、グリーンは数秒かけて気が付いた。
     立ち竦む自身の真正面には、大きくくり抜かれた車窓があり、そこから見える景色は今まで見たことがないくらいの、満天の星空だった。
     濃紺にも漆黒にも見える闇の中、白をはじめ、時折、赤や青に光る星々が、一斉に歌うように瞬いている。
     星明かりの他に、建物や電灯の明かりも影もなく、まるで汽車ごと宇宙空間に放り出されたかのように見えた。
     ずっと醒めていた筈なのに、今微睡みから目を覚ましはじめたばかりのようなぼんやりした感覚を覚えていた。
     そもそも、自分は一体いつ、何のために、この汽車に乗ったのだろうか。改札を通った記憶もひどく曖昧で、思い出そうとすると脳内に白い靄が立ち込めてきて、これ以上の思考を遮断してしまう。
     記憶が皆無だなんて非常事態だと思うのに、どこか他人事のように感じてしまう自分が不思議だった。
     考え込んでも仕方ないと判断し、とにかく何か思い出すきっかけでもあれば、と汽車の進む方角へと歩み出した。
     ひと昔に活躍したであろう、レトロな内装の列車だった。鼠色のワニスの塗られた壁に、光る真鍮のボタン。車内の照明は、等間隔に引っ掛けられたカンテラ。背に技巧的な模様の彫られた木製の腰掛け。
     今はカントーとジョート間にリニアモーターカーだって通っているのに、時代錯誤だな、とグリーンは口には出さずにひとりごちる。
     進めど進めど自分以外に乗客が見当たらず、青いビロードの張られた立派な腰掛けはどれもがらんどうだった。
     ひとり分の足音だけが列車内に響く。元々抱いていた不審感がますます増大していくような心地がした。
     だから、色褪せた黄色いリュックに、赤いベストとキャップ、デニムのズボンを身に付けた、自分と年の近そうな少年の姿を認めた時にはひどく安堵した。
     赤を身に纏った少年は、窓枠から身を乗り出すようにして外を眺めていた。その後ろ姿が、なぜだかとても懐かしくて、暫くの間見詰めていた。
     声を掛けようかと思うや否や、俄かに頭を引っ込めてこちらを振り返った。無数の星々の灯りが、夜を背に立つ少年の輪郭を光らせる。
     少年の深い海のような色の目と、自身の琥珀のような淡い目が合った。そして、互いに全く同じタイミングで息を呑んだ。
     どうしてと、血の気のない白く薄い唇がそう動いたような気がしたが、グリーンには確信がもてなかった。
     瞬きの内に目の前にいる少年が口を閉ざしてしまったからだ。
     四文字以降に続く言葉はなく、ひとりごとのような問いだけが、誰に受け取られることのないまま、宙を漂っていた。
    「……レッド」
     正面にいる少年の名前が、グリーンの口から零れ落ちた。
     彼らは同郷ーーマサラタウンの幼馴染みで、ポケモントレーナーとして旅に出るまでの十一年を共に過ごしていた。
     とある諍いをきっかけに、レッドはグリーンの前から姿を消した。それからふたりが会うことは一度もなかった。実に数年振りの邂逅だった。
     名を呼んだはいいものの、グリーンは続きの言葉を探しあぐねていた。
     言いたいことなら山ほどあった。
     たくさんあり過ぎるが故に、逆に何と切り出せばいいのか分からず、喉元にもやもやとした気持ち悪さが生じていくのを感じていた。
    「……声、低くなったね。グリーン」
     先に沈黙を破ったのは、意外にもレッドの方だった。微かに口許を綻ばせ、再会を懐かしんでいるように見えた。
     数年振りに再会したひと言目がそれかよ、と呆れ返ったグリーンの顔にも、レッドにつられるように、微かにだが笑みが浮かぶ。
    「……おまえもな」
     ほとんど一方的だったとは言え、喧嘩別れしたようなものだ。もしもまた会うことがあれば、きっと殺伐とした顔合わせになると覚悟していたのに、レッドのマイペースさに拍子が抜けてしまった。
     もしかして気にしてたのはオレだけで、レッドにとっては何でもなかったのだろうか、とグリーンは思う。それなら少し癪に障るな、とも。
     レッドが失踪したことを知ったのは、最後に言葉を交わしてから半年経った頃のこと。
     武者修行の最中、マサラの地に久方振りに降り立った時に、幼馴染みの母親が珍しく狼狽した様子で外に居て、グリーンを見付けるなり、縋るように駆け寄ってきた。
    「レッドが、一度も、帰って来ないの。自分のパソコンを使った形跡もなくって……」
     いつもならふた月に一度は顔を見せに来てくれていたの、もレッドの母親は続けた。
     息子の友人につい泣きつきそうになってしまった自身を恥じるかのように、平静を装った声で。
    「……ごめんなさいね。便りがないのは元気な証拠っていうのにね」
     彼女はグリーンの返答も待たずに、自分に言い聞かせるようにそう締め括った。
     たったひとりきりの息子を案じ、不安で引き裂かれそうな胸の内が、笑顔を歪にさせていたが、グリーンは何も言わなかった。いや、何も言えなかった。
     幼馴染みの母親と同じように、自身の顔も青ざめているだろうことを自覚していた。
     件の幼馴染みが実家にすら帰れなくなった理由が、自分にあると思い至ったからだ。
     あの日投げ付けるように発した言葉が、他人の心をひどく抉ったことを、この身に痛い程感じていた。
     そこから一年間、グリーンはレッドを探した。街という街をピジョットと飛び回り、あちこち駆け回って靴を何足も駄目にした。
     レッドがロケット団を壊滅させたことは、なんとなくグリーンは知っていた。
     旅の途中、無謀にもロケット団が占拠するシルフカンパニーに入っていく幼馴染みを偶然見掛けて、その背を追って建物に入り、下っ端連中を蹴散らしながら、彼が自分の居場所まで辿り着くのを、今か今かと待ち構えていたこともある。
     レッドという少年を直近で見たことあるか。そうグリーンに尋ねられた人の中には、ロケット団に自分の大事な家族を傷付けられた過去をもつ者も居て、寧ろ会ったらお礼を代わりに伝えて欲しいとまで言われてしまった。
     方々探し回ったが、手掛かりの一切も掴めることはなく、ただただ靴のソールと心ばかりが擦り減っていく日々を過ごした。
     罪悪感と焦燥感を抱えて、たったひとりの姿だけをグリーンが必死になって追い求めていたことを、目の前のレッドは一ミリ足りとも知らないのだ、当たり前の話だが。
     もう一度、その名を呼ぼうと口を開いた時、ジジジ、と頭上のスピーカーからノイズが響いた。
     びくりと肩を跳ね上げたレッドの前で、再び言葉を遮られて不貞腐れかけたグリーンの心情など知らぬと言わんばかりに、合成音のような車掌の声が車両内に流れる。
    『……列車が走行中は危険ですので、近くの座席にお座りになるか、手摺りにお掴まりください。また、車窓から身を乗り出す行為は危険です、お止めください』
    「……とりあえず、そこ、座るか」
     決まり悪そうに視線を落とした幼馴染みに、グリーンは傍の腰掛けを指差した。

     シートの座り心地が、思いの外快適であったことも相俟って、列車の振動に眠気を誘われる。
     腰を掛けてから、ひと言も発することなく、ふたりは黙って外へと視線を向けていた。
     相変わらず、濃紺の巨大なキャンバスの上で幾千もの星々がちかちかと瞬いていた。幻想的ではあるが、一向に変わり映えしない景色に流石に飽きてきて、欠伸が出そうになったのを噛み殺す。
     ちら、と向かい側に目を向ければ、ちょうどレッドが大きく口を開けて欠伸をしたところだった。心なしか目蓋もとろりと重くなっているように見え、グリーンはいよいよレッドへと身体を向き直して、話を切り出した。
    「……どこに居たんだよ、今まで」
     若干、声が上擦ってしまったのに気付いて、眉間に皺を寄せたが、向かいの少年がそれを気にする様子もなかった。数秒の沈黙のあと、グリーンの方に顔を向けたレッドの口が開く。
    「シロガネ山の、洞窟」
    「……シロガネ山」
     レッドの言葉を鸚鵡返しに呟く。
     カントー地方とジョート地方の境にある高山の名だった。ハナダの洞窟同様、ポケモンリーグの上層部に実力を認められた者以外の立ち入りを禁じられている。
     条件が厳しい故に、足を踏み入れられる者はあまり居らず、踏み慣らされてない山道の起伏は激しく、常に吹雪いていて視界も悪い。
     それに、他所の草原等で見つかる野生ポケモンよりも遥かにレベルの高い野生ポケモンも出現し、余程自信と実力のあるトレーナーでなければ、肉体的にも精神的にも疲弊させられることは間違いなさそうだった。
     どんなに街を飛び回っても見つからなかった訳だ。まさかそんなところに居たとは頭の隅にも過らなかった。
     とある事情により、グリーンもシロガネ山に登っていた。だからそこが如何に劣悪な環境であるか身をもって知っていた。人が住処にするとなれば尚更だ。
     シロガネ山でどんな風に暮らしていたかは定かではないが、あまり良い生活を送ってなかっただろうことは、レッドを一目見て理解していた。
     彼が身に纏って居るのは、数年前と同じサイズの衣服だった。ところどころ汚れているし、ズボンの裾も靴もボロボロになっている。
     元々逞しくはなかったとは言え、半袖から伸びる腕はひどく細く頼りない。記憶の中で小麦色に焼けていた肌は、今は血管まで透けて見えそうな程に青白かった。
     そして、何よりも。
     いつの間にか頭ひとつ分、彼を見下ろす程に身長に差が開いていた。かつて、グリーンがミリ単位で張り合うくらいには、殆ど変わらなかったのに、だ。
     それぞれ平等に時間が流れていたにも関わらず、レッドだけが、過ぎ去った年月から取り残されたように成育していないことが、受け入れ難い事実としてそこにあった。


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