同じ星を見ていた/グリレ◇
「星が、落ちてきたよ、ピカチュウ」
極寒過酷の地、認められし者以外の立ち入りを禁じられているシロガネ山。
年がら年中吹雪いているこの地では珍しく、雪の止んだ穏やかな夜だった。
久しく見上げた夜空には、一際大きな彗星が悠々と泳いでいた。月よりも煌々と輝くそれは、雪原を明るく照らしている。
「これが、千年彗星……」
思わず星に伸ばした手は何も掴めず、宙を切る。触れる訳ないのにバカだな、と自嘲気味に笑えば、掠れてやや低くなった、自分の聞き慣れない笑い声が耳に障る。山籠りをしている数年の間に、身体は一向に成長していない癖に、声変わりだけは始まっていた。
闇夜に生きることに慣れてしまった目には、星明かりすらも眩しくて眩暈がする。
目蓋を閉じ、目に入る光を遮断すれば、雪の音も風の音もしない静寂とした暗闇に、自分とピカチュウの息づかいだけが聞こえる。
『八年後、千年彗星っていうでかい星が見られるらしいからさ』
古い望遠鏡に手を掛けた、記憶の中の小さな幼馴染みがぼくに笑いかける。
『その時はまた、星を見ような。レッド』
道を違うことを考えてもいなかった頃の口約束。
きみは、覚えているだろうか。
その約束を。絡めた小指の熱を。そして……
何も言わずに姿を消した、ぼくのことを。
◇
買い物帰りの道すがら、母親に手を引かれた幼い子どもが高らかに歌う、少し調子外れの童謡を耳にして、そう言えば七夕が近いんだったか、と思う。
成長と比例するかのように、行事というものとはどんどん疎遠になっている気がする。
これが大人になっていくというものだろうか。
……なんて、思っていたのだけれど。
目的地でもあったトキワジムの前に、なぜか身に覚えのない笹が立て掛けられていた。
ご丁寧に色とりどりの七夕飾りまでついている。夕方の涼しい風に吹かれて、飾り同士が擦れ合い、しゃらしゃらと音を立てていた。
ちょうど今、自分には無縁と思っていた象徴を目の前にして、思わずジムの看板を二度見した。自分がジムリーダーを務める、帰るべき場所に相違なかった。
「あ、リーダー。おかえりなさい」
ジムに帰ると、大の大人たちが揃いも揃って、地べたに尻をつき、額を突き合わせて工作に興じていた。床の上に散らばった折り紙とペン、その他諸々の道具が目に入り、頭を抱える。いつからここは保育園になったのだろうか。
確かにここ最近、ナツメやキョウ、カツラが率いるジムを突破された話は聞いていないけれども。挑戦者が居ないからと言って弛みすぎではないのか。ゆとりは強者の特権だとしても、この状況には二、三言文句も言いたくなる。
「おい、誰だよ。ジムの前に笹置いたやつは……」
「あ、俺です」輪の中からひとりの手が挙がる。片手には随分長く連なった輪飾りが握られていた。
「先日実家に帰ったら、両親に押し付けられて……」
アパート暮らしだから置くところなくって、とそのジムトレーナーは続ける。分かる、と言わんばかりに、他の大人たちがうんうんと頷いた。
「リーダーも書きます? 願い事」
「書かない。生憎おれは、神も言い伝えも信じてないもんでね」
「まあまあ、そう言わずに。願い事のひとつやふたつくらいあるでしょう?」
おれより一回りは年上のトレーナーたちは、まだ二十歳にも満たないおれを、子供扱いする節があった。さあ、遠慮なくどうぞ。と、短冊とペンを押し付けられる。
ガキと同じ扱いをするな、と憤慨したところで、生暖かい目で見られるのが関の山だ。
おれがジムリーダーに就任して間もない頃ならまだしも、ある程度共に過ごす時間を重ねて、関係も徐々に築いている。だからこそ。これが嫌がらせの類でもなく、心からの言葉だと分かっているから余計にタチが悪い。
渋々受け取ると、「リーダーも書いたら七夕までに飾ってくださいね」と快活に言われてしまった。
言いたいことは飲み込んで、代わりに大きな溜息をひとつ。短冊とペンは早々にポケットに捩じ込む。
「そういえば」と何か思い出したかのように言葉を投げ掛けられて、書斎に向かう足を止めて振り返る。
「今夜辺りから、千年彗星が見られるらしいですね」
……踵を返す程のことでもなかったな。
◇
机の上に積み重なる、目を通しても通しても一向に減った気のしない書類や封筒と向き合っている内に、帰りがすっかり遅くなってしまった。
帰宅前にポケモンセンターに立ち寄って、手持ちたちを回復させてから、家を目指す。
夜の帳が降りて、辺りはすっかり闇が深まっていた。すれ違う人影もなく、静かな夜道をひとり歩く。
空を見上げれば、他の星や月さえも霞むくらいの大きな箒星が、夜空を裂くように悠然と横たわっていた。
千年彗星、と呼ばれるそれは、千年に一度、七日間だけ現れると言われる星だった。今日がその千年目にあたるのだと、どのチャンネルでも話題にあがっていた。
おれは、もっと前から知っていた、と彗星から目を逸らして独り言ちる。踏み出した爪先に小石が当たり、ころころと遠くに転がっていく。
何気なく、ポケットに手を突っ込んだら、くしゃ、とした音が鳴った。数時間のうちにすっかり失念していたそれを取り出す。
乱雑に仕舞われた短冊は、折れ曲がり、皺の寄った状態で出てきた。街灯の下を通り過ぎる時、短冊本来の色が表れる。
燃えるような、赤。
否応なく思い出される、ひとりの人物。幼少期を共に過ごし、故郷のマサラタウンを同じ日に飛び出したおれの、幼馴染み。
おれの後を追うように走っていたそいつは、おれが登り詰めた高みを、あっという間に奪い去り、そして、何の躊躇もなく、あっさりとその座を捨ててしまった。
「言っておくが、おれはおまえを認めても、勝ちを諦めたわけじゃないからな! また強くなって、チャンピオンになったおまえを、その座から引き摺り下ろしてやる……!」
「うん。ぼくも、負けない、よ」
チャンピオン戦後、おれの言葉に、次も負けない、と頷き返したくせに。
レッドがチャンピオンを下りた、とワタルから聞いたのは、四天王再戦を終えたあとだった。殿堂入りの儀式もそこそこに、マサラタウンに飛んで行けば、旅支度を整えたらしいレッドが、自宅前で佇んでいた。
その姿を見て、一瞬にして頭に血がのぼったおれは、一方的に自分の心中をレッドに捲し立てた。
「大嫌いだ、おまえなんか」
最後にそう言い捨てた時、レッドの瞳から光が失われていくのを見た。そして、顔を隠すように、帽子の鍔に手を掛け、俯く。
「……ごめん」と、掠れ、震える声を聞いた。
どうしておまえの方が被害者面するんだと、ぐらぐらと煮えたぎるような怒りは治まらず、視線も合わせようとしないレッドを睨み付ける。
言い訳のひとつでもすればいいのに、レッドは謝るばかりで、それ以上の言葉を言わなかった。
いや、言わなかったんじゃない。言わせなかったんだ、おれが。
その日を最後に、レッドはおれの前から、そして世間から姿を消した。
一ヶ月。どこかで呑気にポケモンでも追っているんだろうと高を括った。
三ヶ月。流石に言い過ぎたかと、冷静さを取り戻した。
そうして、レッドを見なくなって半年が経って、おばさんーーレッドの母親が、おれを見るなり駆け寄ってきて、泣き付くように言った。
「レッドが、一度も、帰って来ないの。自分のパソコンを使った形跡もなくって……」
漸く、自分が投げ付けた言葉が、他人の心をひどく抉ったことを知った。
◇
トキワに構えた自宅じゃなくて、実家に帰りたい気分になり、おれはピジョットを出すと、マサラタウンを目指した。あっという間に空を飛び、家の前まで連れて来てくれたピジョットの頬を撫でて労う。
ピジョットは短くも勇ましい鳴き声をあげてボールへと戻って行った。
ドアノブに手を掛ける前に、隣ーーレッドの家を見遣る。ここ二、三年明かりの灯らない二階の窓。主人が帰ってくることなく時が止まったままの部屋を思った。
姉は連絡もなしに帰ってきたおれに驚いたものの、すぐに優しい笑みを浮かべて、「おかえりなさい」と言った。
夕飯もすでに済ませただろうねえちゃんに、自分で作る、と言ったが、「たまには世話を焼かせてよ」とキッチンに立たせてはくれず、温かな晩飯を振る舞ってくれた。
遅めの夕食と風呂を済ませた頃には、家の中で自由にさせていた手持ちポケモンたちはみな、ねえちゃんのブラッシングを受けて、至福の笑みを浮かべて眠っていた。
おれは静かに二階に上がり、久しく帰ってなかった自身の部屋に入る。ひと回り小さく映る自分の机の引き出しを開ける。
幼児が描いたゼニガメの絵。ラムネのビー玉。『おれの!』と書かれたぼろぼろのクレヨンの箱。使い込まれたスケッチブック。レポート、と表紙に書かれたノート。下手くそな折り紙のピカチュウ。萎びて見る影もない草花らしきもの。
まるでタイムカプセルだな、と思いつつ、目当ての物を探す。それはすぐに見つかった。色褪せた短冊ふたつ。拙い字で書かれた願い事を目で追う。
『せかいでさいきょうのトレーナーになる!』
『グリーンともっとなかよくなりたい』
◇
「ねえちゃん、きょうレッドとまりにくるから!」
「ふふ、お布団と望遠鏡でしょ? グリーンが何回も言うから、お姉ちゃんもう覚えちゃったわ」
今朝、まだ完全には醒めていない頭で、ぼんやりとテレビを観ていたら、ニュースキャスターが、今夜はなんとか流星群が見られます、と言っているのが耳に留まった。
「今夜は新月だから、流れ星もきれいに見えるでしょうね」と唇にわざとらしいくらいの笑みを湛えてそう締め括った。
ちょうど半月前に、家族三人、じいちゃんの古い望遠鏡で満月を覗いてみたばかりだった。
まだ夜空への好奇心も残っていたおれの脳内には、眠気すら霧散させてしまうくらいの素晴らしいアイデアが湧き上がっていた。朝食と身支度をさっさと済ませると、レッドの家へと急いだ。
家を訪ねると、レッドはまだ寝惚け眼にパジャマ姿で、ジャムののったトーストをちびちびと齧っているところだった。
おれはレッドの横の椅子に腰掛けると、おばさんに、今夜流星群が見られること、おれの部屋に月がよく見える望遠鏡があることとか、客用の布団もちゃんとあること等を話した。
「……ってことでレッド! きょうのよる、おれんちにとまり、な!」
「……………………へ?」
レッドは、きょとんとした顔でおれを見詰めた。両手で支えたトーストは半分も減ってない。唇の端にパン屑とジャムを付けたまま、レッドは固まっていた。
気付く様子も見られないので、テーブルの上のティッシュを手に取り、レッドの口許を拭ってやる。
「グリーンくんが、今夜流れ星が見られるから、一緒に見ましょうって。お家にも泊まりに来ていいんですって」
おばさんがそう伝えると、ぼんやりしていたレッドの黒目に光が差し込んだ。
「おとまり、しても、いい、の……?」
「おう、いいぜ! きがえちゃんともってこいよ、レッド」
「あとでナナミちゃんやオーキドさんに、レッドをお願いしますって挨拶行きましょうね」
元々丸い目が更にまんまるくなって、頬に赤みが差していくのを、おれはなんだか誇らしげに見ていた。
流星群なんて見たことはないけど、テレビで観た流れ星の写真ですら目を奪われてしまったのだから、きっときれいなのだろうと思う。
流れ星を眺める時、おれの横にレッドが居たら、きっとより鮮明な思い出になる。そんな予感を抱いていた。
一旦帰宅してから程なくして、朝の支度を終えたらしいレッドが、おばさんと一緒におれの家を訪ねてきた。
おばさんとねえちゃん、それにじいさんが加わって話し込み出したのを横目に、ぼうっと大人たちを見上げて立ち尽くしてるレッドの手を引いて外に連れ出す。
何して遊ぼうか、考えを巡らせていると、レッドの手がおれのシャツを掴む。おずおずと差し出されたもう片方の手に握られた、細長い色紙が二枚。
「たんざく?」
レッドが肯定の意をもって頷く。
「もうすぐ、たなばた、だから……グリーンと、かいたらって」
「へぇ、いいじゃん」
おれがそう言うと、表情は変わらずとも、頬を赤くして目の奥をきらきら光らせ、嬉しいを表現しているのはひしひしと伝わってきた。
「おうちで、いっしょに、かこ?」
今度はレッドの方から手を引かれ、本日二度目の訪問となった。
「ペン、もって、くるから……っ、したで、まってて」と靴を脱ぎ捨て、とてとてと階段を上がっていく白い膝裏を見た。レッドの言うようにダイニングへと向かえば、朝来た時には全く気付かなかった、背の高い笹が窓辺に寄り掛かっているのを見つけた。
おばさんとふたりで作ったのだろう、カラフルな輪飾りが巻き付いている。
物心ついてからの七夕の記憶なんて、ねえちゃんとじいさんの三人でそうめんを食べたくらいしかない。星型にくり抜かれた薄い玉子焼きとにんじんが上にのったやつ。今年もまた作ってくれるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、レッドは両手にペンを携えて降りて来ていた。ダイニングの椅子によじ登り、ふたり並んで座る。
願い事ならすでに決まっていた。
レッドからペンを受け取ると、迷いなく短冊に筆を走らせる。
『せかいでさいきょうのトレーナーになる!』
先日観たテレビの向こうの世界。チャンピオンの座を争うトレーナー同士の白熱した試合展開。手に汗握る攻防。気付けば、おれならこう指示するのに、なんて考えていた。
十一歳になったら、トレーナーになる資格を得られる。その時はおれも直に経験したい。強いと言われる選りすぐりのトレーナーたちを全部薙ぎ払って、その玉座からの景色を見るのだ。きっと良い眺めだろう。
それに、ぱっとしない田舎町出身の少年が、世界を圧倒させるトレーナーになったら、格好が良いに決まっている。
いずれオーキド博士のような立派な研究者になるんでしょうね、なんて将来を決め付けるような周りの大人たちへの反骨精神もあるかもしれない。じいちゃんがやたら有名人だと孫も苦労するな、と子どもながらに思う。
一方で、隣にいるレッドは、やけに思い詰めた顔をして、真っ新なままの短冊と向き合っていた。
「ねがいごと、きまらねーの?」
思わず発したおれの問いに振り返ったレッドは、眉間に皺を寄せて、唇を少し尖らせていた。
「おまえ、ゆめとかないのかよ」
「……………………ゆめ?」
ゆめ、と繰り返し呟きながら、レッドは目を閉じて首を傾げ始める。ますます深くなる皺を見て、「ゆめじゃなくても、とにかくいま、かなえたいっておもったことかけば?」と言い添える。
おれの言葉に、レッドはぱちりと両目を開けると、おれの顔をじっと凝視してみせた。
顔に穴が開くんじゃないか、と思うくらいの時間が、ふたりの間を流れる。
以前、レッドが何を考えてるのか当てようと、おれが目を覗き込んだ時には、顔を真っ赤にしながら「見ないで」なんて言っていたくせに。
おれから目を逸らすのは、なんとなく負けたような気がして、真っ直ぐに自身を見据えるその黒を、見つめ返す他なかった。
ふっとレッドの目力が緩んだかと思うと、やけにあっさりと目を逸らして、宙で止まっていたままのペン先を短冊に押し付けるようにして何かを書き出した。
『グリーンともっとなかよくなりたい』
あまりにも、一文字ひと文字ゆっくり書くものだから、書いた文字が全部見えてしまっていた。
「……しんゆうっておもってたのおれだけかよ」
次に唇を尖らせたのは、おれの方だった。
「……しん、ゆうって?」
小首を傾げたのと同時に、外に跳ねた黒髪が揺れる。
「えっ、しらねーの? いちばん、なかがいいともだちってことだよ!」
半ば投げやりにそう言うと、レッドはまた黙り込んでしまった。ただ、その口許は緩んでいた。
「…………グリーンのしんゆうって、ぼくなの?」
「……レッドじゃ、わるいのかよ。こんなにまいにちあそんでるのに」
「ううん、ち、がうの。わるく、ない……よ。だって……ぼくの……いち、ばんは、グリーン、だもん」
へへ、と短冊を握りしめて、レッドは笑う。
「ねがいごと、かなっちゃった」と舌足らずに言うレッドに、そんなことで単純だな、なんて思う。
でも、きっと一番単純なのは、自分も同じだと言われて、あっさりと機嫌が良くなった自分自身に違いなかった。
帰ってきたおばさんに手伝ってもらって、短冊を笹に飾り終えると、レッドと日没近くまで遊んだ。
別れ際に交わす「またあした」を、「またあとで」と言えたのが嬉しかった。
帰宅したおれは、台所に立つねえちゃんの足元をうろうろしたり、いつもより一人分多い食器や箸を何度も数えたり、入浴時に入れようと思っていたおまけ付きのバスボムを吟味したりしていた。
互いの家で遊んだことは何度もあるけれど、レッドが泊まりにくるのは今回が初めてで、完全に浮き足立っていた。
テレビの画面が夕方のニュースからバラエティ番組やアニメに変わる頃、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴り響く。
「おれがっ、でる!」
選んだ青いバスボムを持ったまま、インターホンも確認せず、おれは玄関に駆け出していた。鍵を回して、ドアを開けて迎え入れる。
「……レッド、来たな!」
「うん……っ」
玄関先にレッドとおばさんが立っていた。あとからねえちゃんもやってきて、今朝のようにおれらの頭上で話し始める。
「夕食のおかずにでも、と思って……ね、レッド」
「……ど、うぞ」
レッドは持っていた紙袋をねえちゃんに差し出すと、自分の仕事は終わったとばかりに、ふうっと小さく息を吐いていた。
「あっ、ハンバーグだ!」と紙袋を覗いたねえちゃんが嬉しそうな声をあげている。おばさんのハンバーグはおれも好きなので一瞬顔を上げたが、今はレッドに向き直る。
持ってた楽しみをレッドに共有しようとして、はた、と気付く。おれの視線を感じたレッドが、おばさんとねえちゃんから視線を外し、おれの方を向いて不思議そうに首を傾げる。
「……もしかして、もう風呂入った?」
レッドは寝巻き姿になっていた。数時間前までに纏っていた汗と土の匂いは消えて、代わりにふわりと石鹸の香りを漂わせている。まだ上がって間もないのか、頬は上気していた。よく見ると黒にも茶にも見える跳ねた髪もまだしっかり乾き切れてなくて、僅かに湿気を纏っている。
「え、なんで?」
うん、と問いに頷いたレッドが、途端に困った表情に変わる。良からぬ気配を敏感に感じ取ったらしいおばさんとねえちゃんが和気藹々と話していたのをやめて、おれたちを見下ろす。
「グリーン」と嗜めるようにねえちゃんが言う。
「だって! ……せっかくだからレッドと風呂、入りたかったのに……」
「わがまま言って、レッドくんを困らせないの。今日はおじいちゃんも居るから、おじいちゃんと入ればいいじゃない」
「グリーンくん、ごめんなさいね。おばさん、レッドが外遊びで汚れて帰ってきたから、先にお風呂に入れちゃったの」
「いいんですよ、おばさん。グリーンの言うことは気にしないでください」
おれを見つめながら謝るおばさんに、ねえちゃんが申し訳なさそうにそう言うが、全くもって何も良くはなかった。
すっかり不貞腐れてしまったおれは、口を真一文字に結んで、おばさんの詫びるような視線からわざと目を逸らし、手の中のバスボムをぎゅっと強く握る。
「……っ、グリ」
「ぼく、もう一回はいるよ、お風呂」
小さな声がねえちゃんの声を遮った。レッドがおばさんを見上げて「もう髪の毛洗わなくていいよね?」と辿々しく問い掛ける。