本日は晴天也。
ハーマンの乗ったプテラスが目の前を横切っていく。青空に吸い込まれるように上昇したプテラスは旋回し、アイアンコングの上空を飛ぶ。
今日は帝国軍と共和国軍の混合チームによる合同演習である。
空はこんなに晴れているのに、普段は気分が昂揚する演習だと言うのに、シュバルツの気持ちは晴れない。
視界の端に映る、味方機であるはずのプテラスが酷く目障りに感じる。乗っているのは共和国軍ロブ・ハーマン大佐だ。
(……なんで俺が)
昨夜はこちらの尻が砕けるのではないかと言うほど腰を振りたくっていた癖に、先程のだらしなく頬を緩ませていたハーマンの顔を思いだせば、ふつふつと胸のうちから怒りが湧き上がってくる。腰も痛いし、操縦桿を握る手に力が入るのも致し方ない。
(…腹が立ってきたな)
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開始の合図とほぼ同時、機体を襲う衝撃。
プテラスダウン!
「は?な、なんだ??どうした??」
予期せぬ後ろからの被弾に驚いて振り向けば
味方であるはずのシュバルツのアイアンコングの砲塔から煙が上がっているのが見えた。
(あいつ!)
「よし、作戦通りプランCを決行する。今ので相手は動揺している。しっかりやれ!」
抗議を入れようと押した通信に被せるようにシュバルツの機体から全体への指示が流れる。ここで自分が抗議のひとつでも被せようものなら演習中の部下達に要らぬ心配をかけてしまう、それは得策ではない。今はもう作戦のひとつだと乗るしかないのだ。
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「すまんな、手元が狂ってしまった。」
演習終わり、直接抗議しようとシュバルツの元へいけば言葉だけの謝罪に続くのは、だらしなく鼻の下延ばして隙だらけだったおまえも悪いんじゃないか?と、辛辣な言葉。しれっと告げて去っていく、その態度にムカッ腹が立つのも仕方ないことだろう。
しおらしく反省しているような許してやろうと思ったが全く反省していないではないか。
去っていく背中を追いかけて、夜まで警戒させないように気にしていない風を装い話かけるがこちらを一瞥しただけで足を止めるどころか歩みが早くなる。
(絶対今夜は啼かす。)
些末なことは気にしないこととしよう、なぜならベッドの上でたっぷりと償ってもらうから。
「シュバルツ大佐どういうことでありますか?!」
「……敵を欺くには味方からと言うだろう?」
「なるほど!確かに相手方に隙が生まれましたね!!」
部下共はさすがですと手放しでシュバルツを褒めている。味方のしかも指揮官を撃つ作戦などあってたまるものかと思うがギャラリーがいるなか、声を荒げるのも余裕がない上官のようで気がひけてしまう。おれに詰められない為に態と人混みに紛れたのだろう。確かにいい作戦だ。
「シュバルツ大佐」
「…なにか?」
「このあとの会議の前に少しよろしいかな?」
「…えぇ、」
声をかければすぐに部下達は離れていく、さすがシュバルツの部下だ、引き際を弁えている。
「ここではなんだからテントに行こう。」
耳打ちをすると素直についてきた。天幕へ移動し二人きりになるが、シュバルツはこちらを殆ど見ない。
「…なんの用事もないなら俺は戻るぞ?」
ふむ、どう言うわけだか分からないがシュバルツの機嫌がすこぶる悪い。この場合は被害を受けた自分が機嫌を損ねているなら分かるが加害者であるシュバルツの機嫌が悪い理由がわからない。いつから機嫌が悪かっただろうかと今朝の様子を思い浮かべてみるがいつも通りだったように思う。
(…やけにあちらを気にしているな、)
時折外へと向けられる視線の先を辿れば今回同じ班となった年若い女性士官がいた。あの手の女性がタイプなのかと思ったが、仮にも恋人の前であからさまに見ないだろうし、好ましい相手に向けるような視線ではない。なんと言うか圧が強すぎる。シュバルツの視線が怖いのか彼女はこちらを見ないように必死だ。試しに女性士官の話題を振るとあからさまに声のトーンが下がるのがわかる。
(…もしかしてこれは)
一度思い当たるとそれ以外に考えられなくなってしまう。よくよく考えれば彼女と会話を交わしてから態度がおかしかったようにも思う。
「………そんなに彼女が気になるのならそちらに行ってくればいい。」
(…可愛いところがあるじゃないか!)
素っ気ない台詞も蔑むような冷たい視線すらも拗ねた仕草と分かれば全て愛おしい。仕返ししようなどと言う悪い考えも霧散して、今すぐにでも押し倒してでろでろに甘やかしてやりたくて堪らなくなる。
天幕から出ようと歩をすすめたシュバルツの腕を咄嗟に掴めば、離せと抵抗するがポーズだけなのかその力は弱い。掴んだ腕はそのままに、片手で天幕の入り口を抑えていたヒモを解いて、その細腰を抱き寄せる。容易く腕の中に収まった身体は頬を染めてこちらを睨んでいる。宥めるように腰を撫でてやれば更に顔を赤くする。抗議をあげようと開きかけた口へ、唇を重ね文句ごと飲み込んでやる。
ただの布きれ一枚。それだけで外の喧騒から切り離されたような錯覚すら覚えてしまう。
勿論、天幕に鍵はない。いつ誰が入ってくるか分からないが、そんなことはハーマンにとってはどうでもいい。角度を変えて何度も何度もシュバルツの唇を味わった。
好き勝手に口内を蹂躙し、仕上げとばかりに舌に吸いついてやればシュバルツの膝が崩れる。抱き止めて、腕の中のシュバルツを見下ろせば、眉を下げ、瞳を潤ませ頬を染め、開いたままの小さな口からは今ほどの口づけで痺れたのか舌がのぞいている。
(堪らないな……)
顔を近づければゆっくりと瞼が下され、翡翠に張った水が耐えきれずに零れ落ちる。
それを親指でぬぐってやればシュバルツの身体がふるりと小さく震えた。それを視界の隅に留めて、抱き留める腕はそのままに再び唇を重ね、薄く開いたままの隙間から舌を差しこむ。
「ぁ、…」
綺麗に揃った歯列をなぞり、上顎をくすぐってやる。漏れた嬌声は甘く鼓膜を焦がす。
「ふっ、ぁ…」
ゆっくりと開かれた翡翠に己しか映っていない事実に興奮を覚える。触れるだけの口づけを繰り返して甘やかに溶かしていく。
「…おれにはお前だけだが?」
「んっ、」
明確な返答はないが、首にまわった腕に気をよくして、引かれるままに身を屈めればシュバルツの唇が重なる。
角度を変えて何度もその唇の柔らかな感触を楽しむ、外の喧騒すら賑やかしのBGMのように聴き流して、盛り上がった気分のままに服の上からシュバルツの双丘に触れる。
「ッ、どこだと思ってるんだ、馬鹿!」
正気に戻ってしまったシュバルツが慌ててハーマンから身体を離す。天幕から逃げ出してしまったシュバルツの背中を残念だと笑って送りだす。今更ではと思わなくもないが赤く染まった耳が嫌だったわけではないと物語っていたので良しとしよう。
引き剥がされる際についた頬の爪痕すらも勲章である。
去り際の夜まで待ってろはしっかりと耳に届いたのだから。