”こんにちは、お姉さん”
”突然ですが、僕のビジネスにつきあってもらえませんか”
”後ろめたいことは何もありません”
立て続けに更新される通知を反射的にタップして、メッセージを読んでしまったことを、星はわずかばかり後悔した。発信者はサンポであり、内容は怪しさのつき纏う何らかの依頼である。かといって、理由もなく断るのはいくらなんでも気が引けたし、風呂に入るだとか夕食だとかの口実で無難に返したところで、その後にまた勧誘が始まること間違いなしであったので、どうしようかと思案しているうちにも、追加でサンポは詳細を送りつけてくる。
”実は今、ベロブルグ郊外ツアーを企画しているんです”
”ガイドは僕の本分ですからね”
”市場調査をしてみましたら、どうも皆さん、開拓者ご一行に興味津々のようで。参加者の皆さんに、サプライズを用意して差し上げたいのです”
彼の意図が読めたので星はため息をついた。
”つまりは見せ物になれってこと?”
”見せ物だなんて、そんな!”
”もう一人のガイド、兼、護衛として、ご同行願えますか”
”報酬は?”
”三分の一ですよ、星さん”
これは、博物館の収蔵品盗難事件で見逃してやった代わりに彼から受け取ったのと同じ割合だ。サンポはまさか忘れたわけではあるまい。手揉みして笑顔で協働を迫ってくる姿を想像するのは簡単。彼はきっと、星に、黒幕と秘匿者という、ある種の共犯関係を思い出させようとしているのだ。
”わかった。私一人でいいなら、乗ろう”
”今度は、法に触れたらすぐ手を切って通報するからね”
両耳を高々と揚げたパムのスタンプが送られてきた。感謝のハートマークである。ちょうどトコトコ歩いてきた本物の可愛らしさに免じて、星はそれを無言で流した。
グローブを嵌めた手をもきゅもきゅと揉みながら、男は笑顔で星を待ち受けていた。男、はサンポで間違いはないのだろうとは思ったが、星は初めて見る姿に目を見張った。
どの悪評にもつきものだったので、気に入ってアイデンティティにしているのだと思っていた青い髪ではなく、星の髪とパッと見の色合いの似通ったライトグレーの髪を下ろして、大体七三くらいで分けている。そういえば後ろ髪の端がそんな色をしていただろうかと朧げに思い出した。目の色は変わらず特徴的な緑色をしていたが、タレ目ではない。スーツほど堅苦しくなく、カジュアルすぎないひと揃いの衣装に身を包んだ様は、まるで別人のようで、そしていささか腹の立つことに、誠実で信頼のおける好男子とさえ見紛うほど。正体を悟らせないための本気の変装だとすれば、手揉みで台無しになっていたが。
「お姉さん、よく来てくれました! このサ……んんっ、グレイ・ガイディング、あなたと共に人々のために働けることを、嬉しく思います」
「……それが、今のあんたの名前?」
「まだ開演前ですが、上演中の役者には『今の』名前か、なあんて聞くものじゃありませんよ、星さん」
サンポ改め〈案内人〉ガイディングはウインクをした。
「あなたのことを開拓者として喧伝するのでなければ、あなたにも、新しい名前を贈りたかったのですが」
「考えてくれたのなら、とりあえず言ってみなよ」
断続的に接するうちにわかってきたことだが、サンポをうまくあしらうコツは、辛辣さとノリの良さを適度に織り交ぜることだ。星が答えると彼は緑の目を丸くした。
「なんと、お優しい。いいのですか、ステラ・ガーディング、なんて名乗ることになっても?」
遊ばれているとはわかっていた。が、別の名を名乗りながら行動することには一抹の関心があった。別にサンポのように、正体を秘匿しなくてはいけないわけでもなし。
「いいよ。ゴミクイーンって言われたらどうしようかと思ったけど」
星は頷いて、グレイの提案を呑むことを示した。
「じゃあ、私はステラってことで。よろしく、グレイ」
これはロール・プレイング・ゲーム。経営ゲームに続いて、星は二度、サンポと共に、ゲームのプレイヤーになるのだ。
「さあさ、皆さん__!」
腕時計を確かめると、グレイは期待に騒めいていたツアー参加者たちに、柔らかだがよく通る声で呼びかけた。彼らは話すのをやめ、ガイドの方に向き直る。
「本日は、ガイディング旅行社の郊外ツアーにご参加いただき、ありがとうございます……」
ステラが既に聞いて知っている説明が後に続く。曰く、ガイディング家は古くから旅行代理店業を営んでいたが、遥か数百年前の星核の飛来で家業の転換を余儀なくされ、つい最近まで商店を営んでいた。開拓者一行の活躍もあり、上下の行き来が解禁され、裂界の影響も長期的には引いていくという希望が見えた今、行商人としての経験を活かして、先祖の意を継いで旅行社の看板を掲げ、ツアーを企画することとした、と。
「大守護者様と存護の力に守られるこの都市を離れては、我々は寒さに耐えることはできない。それが皆さんの認識であったと思いますが、ご安心を。このツアーはクリフォト城の認可を受けており、特別にシルバーメインが使用している防寒対策薬を供与していただきました」
くれぐれも、大っぴらに口外しないでくださいね、と念を押しながら、グレイは錠剤を配っていく。
「吹雪免疫と、彼らはこれを呼んでいます。一定の時間、体の中からポカポカと温まり、吹雪の中でも平気でじっとしていられる、優れものです」
受け取ったまま半信半疑で顔を見合わせる参加者たちの逡巡を解くように、グレイは自分の掌に残った錠剤を、口の中に放り込んだ。ステラもそうした。星神の祝福のおかげで別に飲まなくてもよかったのだが。確かにジワリと汗が滲む、ような気がする。
この話を聞いたとき、流石に気になって問い詰めたのだが、これの正体はヴァフの残した吹雪免疫薬を、経口摂取用に、いわば穏健仕様に改良した試作品__薬剤の分量を抑えて、多種多様なスパイスを入れ込んで自主製造したものだとグレイは白状した。危ないものではないが、ナタの耳にこのことが入ったなら、烈火の如く怒られるかもしれない。彼女に知らせる必要なく、無事に終わることをステラは心底願った。
「数分もすれば効いてくると思いますので、その間に、僕のパートナーをご紹介しましょう」
「アシスタント、だけど」
あらぬ誤解を招きたくなく、ステラは即座に訂正をした。
「ハハハ、ビジネスパートナーですよ」
参加者たちは二人のやり取りよりも、片方の佇まいに気を取られていた。
「なあ、彼女、どこかで見た……」
「博物館じゃない? フィルムに映ってた」
「……開拓者?」
「ご明察!」
グレイはステラを一同の前にお披露目すべく身を引いた。
「気前よくも、大英雄たるステラさんが、僕たちの記念すべき旅のお供を申し出てくれたのです」
話が少し違うが。ステラはジト目でグレイを睨んだが、彼はすっかりご満悦の様子。この調子では何を言っても響かないだろうし、この期に及んで参加者たちの面前でゴネても仕方がない。切り替えよう。
「……ステラ・ガーディングです。ベロブルグの皆さんに再会できて、とても嬉しい」
ニコ、と笑う。そうすると愛嬌があって可愛いのだと、なのかが太鼓判を押してくれたのだ。参加者たちもつられて笑顔になる。第一印象は最高だろう。
「郊外は、未だ寒波の影響が色濃く残る土地です。故に、モンスターが出現しないとは言い切れません」
グレイは雰囲気に水を差さない程度に、控えめに注釈を加えていく。
「僕もいささか危地を潜ってきましたから、皆さんのことは何としてもお守りします。さらに、せ……ステラさんが助太刀してくれるとなれば、皆さんはシルバーメインの大隊に護衛された気分で、旅を楽しめることでしょう」
ステラは嫌な予感を覚えた。
助太刀、ならぬ助槍を振るわねばならない予感を。