神の目にとまる話ほんのちょっぴり残っていたお小遣いと、野盗を追っ払って奪ったボロい短剣を片手に離島の港に到着する。
アタシには夢がある。見たい景色がある。知りたいことがある。冒険が、夢の果てが、きっとアタシを待っている。
おっかあには死ぬほど怒られた。きっと今頃アタシがいないことに気付いて鬼みたいな顔して探し回ってるに違いない。
おっとうは、何も言わなかった。言っても無駄だと思われているらしい。こっそり家を出たアタシに気付いて家の前まで出てきたけれど、突っ立ったまま手を振りも呼び止めもおっかあを起こしもしなかった。
分かってるよ、わがままだって。分かってるよ、親不孝だって。でもさあ、この国はもうダメなんじゃないかって思うんだ、アタシ。それこそ劇薬でもぶち込まれないと立ち直れないくらい、もうダメなんだよ。お上様はアタシたち稲妻の人間なんて見ちゃいない。見えてるのは稲妻って概念だけだ。そんな国と心中するつもりはない。アタシが好きなのは稲妻の人間であって、土地じゃない。暮らしであって、城じゃない。人であって、国じゃない。
だから、一緒に行こうって言ったのに。どうしてもダメだって言うんなら諦めるしかないじゃないか。
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「何やってんだお前!!!!!」怒号が聞こえるけどそれどころじゃない。話には聞いてたし覚悟はしてたつもりだけど!!!ここまでとは聞いてない!!!!!
叩きつけるような雨と鳴り止まない雷鳴にへそを隠して丸まることしか出来ない。ガタガタと体がふるえるのを抑えることもできない。正直何も考えられないし聞こえない。むりむりむりむり。お上様にバレてるんだきっとそうだこっそり国を出るなんてできっこなかったんだきっとこのまま死ぬんだ神様仏様お星様!!!!いや原因神様なんだけどさ!!!!頭おかしいでしょほんと無理やば本当にほんとに無理誰か
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「で、何のつもりだ?不法侵入をしてくれたからには、相応の覚悟は出来てるんだろう?」
この世の終わりかと思われた雷鳴はどこへやら。空は突き抜けるような快晴で、ビンタされるまでそれに気付かなかった自分って結構やばいよなあとぼんやり思う。
「ごめんなさい、でも、普通に頼んでも断られると思ったの」
ぽけっと空を見上げていたアタシは、軽くはたかれてそう答える。さっきからそんなに叩くことないじゃないか。
「そりゃあそうだ、事情も何処の馬の骨かも分からないような奴を軽々と大切な船には乗せられないさ。それに見る限りアンタ、まともじゃないだろう」
まともじゃない。酷い言い草だと思ったけれど、それは多分「誰からの了承も得ていない」「逃げ出してきた」って意味合いなんだろうと察した。
「困った迷子だ。早々に送り返さないとだな。次の稲妻への航海はいつだ?」
「三月(ミツキ)後です」
「三月、か。長いな。ならばこのまま稲妻に引き返した方がいい。舵をとれ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!アタシ戻らないよ!キミたちがこのまま戻るって言うならアタシはここで降りる!」
「降りるったって、この大海原にか?海の藻屑となって死ぬのがオチさ」
「海の藻屑になったって死んでなんかやるもんか。最後のひとかけらになったって、アタシは生きて冒険に出る!」
何を根拠に、と呆れた口調のオジサンを遮る眼帯の人。ニィ、と力強く笑って、それから「気に入った!」と笑った。
「現実逃避の軟弱者なら叩き返してやったところだが…その心意気やよし、悪くない。いいだろう、このまま『向こう岸』まで運んでやるとも。」
向こう岸。未だ見えないそれを見ようとして首を伸ばす。どこまでも深い空とどこまでも遠い海の向こうに、やがて見えるであろう陸を見る。
「ただし!働かざる者食うべからず!飯と寝床が欲しけりゃテキパキ働くんだ、いいな!」
「もちろん!」
ここまでしたんだ。ここまで来たんだ。
生まれ育った場所を捨て、大切な人を捨て、夢と希望だけを抱えてこんなところまで来た。今更やめられないし、とまれない。だって、アタシ、あんな酷いことしたばかりだっていうのに、今ドキドキで弾けてる。この船の辿り着く『向こう岸』はいったいどんな所なんだろう。どんな人がいるんだろう。広く、どこまでも遠い『向こう岸』のお星様はどれほど綺麗なんだろう。
カチャリ。知らない重さを懐に感じたアタシがそれを確認する前に「新入り!早速仕事だ!」と知らないオッサンに呼ばれる。とりあえずよくわかんないけどあとでいっか!乗せてもらった以上、人一倍働いて恩返ししなきゃね!
___働かなくてもいいから頼むからじっと隅っこで座っていてくれ。アタシがそう懇願されるのはそう遠くない未来のこと。