バスミュンファン感謝祭バスタードミュンヘンでファン感謝祭をすることになった。
毎年、とまではいかないが、チーム運営の気が向いた時に行われるこのイベント。今年はカイザーと潔の二枚看板が大いに活躍し、成績も良く、新規ファンも増えたとウハウハのスポンサーがここぞとばかりに金を投資し盛大にやるらしい。
毎年やっても良いのにな、なんて日本人の俺は思っていたが、今年の催し物の内容を聞いた途端にそんな気持ちは空の彼方へ飛んでった。
「ははっ世一ィ、お前女装するのか」
「言っとくけどカイザー、お前も選ばれてんぞ」
「は?」
スポンサーとスタッフの独断と偏見により選ばれたメンバーは、ファン感謝祭で女装することになったのだった。
女装してなにがはじまるんだ??
知らんのか、運動会だ。
そんな常識あってたまるか。
天気は晴天!これぞ運動会日和!
普段は試合をするこの会場に、いつもバスタードミュンヘンを応援してくれているサポーターがぞくぞくと集まり始めていた。
周辺には屋台も出店され、サポーターたちはビール片手に応援席で談笑し、女装メンバーに選ばれなかったチームメイトはピッチで子供たちに向けサッカー教室を開催していた。
そしてメインイベントである「女装運動会」メンバーは、選手控え室にて待機しているのだが
「おら!!カイザー!そこの廊下でちょっと走るぞ!お前と二人三脚するのは俺なんだからな!!」
「クソ断る、本気か?このイベントを考えた馬鹿は」
何故かやる気に満ち溢れた世一とやる気のないカイザーがいつもの様に口喧嘩をしていた。
ただし2人とも既に着替えを施した後だが。
世一は膝丈スカートのメイド服、髪の毛はそのままだが少しメイクを施しており普段よりまつ毛が3倍ほど長くなっていた。
カイザーの方はドイツの民族衣装ディアンドルに身を包み、美しいブロンドの髪の毛は綺麗にひとつのお団子に纏められていた。
「世一〜!流石ニッポンのメイド服だな、クオリティが高いぞ」
「ッたりめぇだろ!これはガチの勝負なんだよ!」
既に着替え終わっている他のチームメイトにからかわれても何ら気にしない。しかも何故かやる気にみなぎってるらしく、カイザーに練習しようとせがむ始末。
この女装運動会が発表された時とはえらく態度も違い、チームメイトも不思議に思っていた。
「なんであいつあんなやる気なんだ」
「優勝したらノアにサイン貰えるんだと」
「はーん」
なるほど、買収されたのか。
生温かい目でチームメイトに見られていることは露知らず、カイザーを立ち上がらせることに成功した世一だが、カイザーはまだ全くやる気になっていなかった。
「走ると言っても俺の靴はこれだが?」
「なーーーーーーー!!!!!こんな細いヒールで走れるかよスパイク持ってこいや!!」
「ディアンドルにスパイク…!?おま…イカれてる…」
二人三脚でスパイク履かせようとしてくる奴嫌だなぁと聞いていたチームメイトは思ったが口を噤んだ。
今の世一に絡むのはめんどくさい。
「待て、よく見たら世一メイド服にスパイク履こうとしてるわ」
「あいつガチだ」
世一のガチさ加減は理解出来たようだが、それでもカイザーはやりたくないと首を振った。
「こんな格好で走るなんてクソ却下、サインなら俺が書いてやるから諦めるんだな」
「おめーのサインなんかいらねーよ!!!」
「クソマスターがサインするのはそのサッカーボールか?」
「おい汚い手で触んなよ!そのボールにはノアのサインが入るんだからな」
「……ネス、サインペン」
「はい、カイザー」
「ぬぁあーー!!やめろやめろやめろ!!だめだってば!ねえ!カイザー!やだやだやだ!やめて、だめ!お願いかいざぁ…っ!」
「……………………」
涙目の世一がサインペンを握るカイザーの腕に力いっぱい掴まる。
力を込めて腕に抱きつきながら、大きな瞳に涙をいっぱいに溜めたメイド服の世一を眼に焼き付けるために、カイザーはその場で動きを止めた。
「カイザーが止まった」
「あいつちょろ過ぎんか」
「お前のサインいらねえから!って言われてるだけなんだけどな、カイザー」
揶揄うチームメイトには全く構わず、カイザーは世一の腰をそっと引き寄せ目を細めた。
「世一、今度純正のメイド服を拵えてやる」
「あぁん?!これがパチモンだって言いてぇのか!?」
「どこに怒ってんのあいつ」
「見ろ!ホワイトブリムもつけてやる!!」
「あぁ、よく似合っている」
「あいつら頭おかしくなったか?」
結局カイザーは、世一に押し負ける形で二人三脚への参加を了承した。
そしてネスに最高級メイド服のカタログを大量に用意するよう手配していた。
「カイザー、俺は優勝してノアのサインが絶対に欲しい」
「それは聞いた」
「女装クオリティ部門で優勝が難しくなった今、俺が狙えるトロフィーはお前とやる二人三脚のみだ」
「ほー」
やっとカイザーをやる気にさせた世一は、控え室のど真ん中を2人で陣取り、作戦会議を始めた。
だがさっきからチームメイトの注目の的の2人だったので、それらは全て筒抜けなのだった。
「正直、こんなゴツゴツの男どもの女装に負ける気なんかなかった」
「なんかゴツゴツの男にゴツゴツの男って言われた気がする」
「世一も意外とゴツゴツの部類だぞー」
「は?」
「カイザー顔怖」
「外野うるせえ、俺が喋ってんだろ。すり潰すぞ」
「独特な悪口」
「当然だが俺の顔は可愛い、それは周知の事実」
「誰がこんなに自意識高い男に育てたんだ」
「伊世とカイザー」
「じゃぁしょうがねぇ」
「でもダークホースがいた」
「なんだ世一ィ俺のことか」
「あぁん!?おめぇには負けてんねーんだよタコ!!」
「口悪」
「中指立てんな」
「潔くん、ダークホースって…僕のこと?」
鈴を転がすような声がしたと思えば
後ろからそっと抱き着かれて世一が固まった。
あまりにも、あまりにも自然な所作で頬を撫でられ首を絞められる。
微かに良い匂いも感じられて脳が混乱していた。
「くっ来るな!!氷織!!」
「ふふ、酷いなぁ潔くん♡」
水色の髪の毛はそのままだが、女子高校生のコスプレをした氷織は正直どこからどう見ても完璧な女子であった。
随分短いスカートから覗く綺麗な両脚、そして大きめのカーディガンを羽織って華奢に見せた肩。
完璧だ、氷織が完全にこのチーム1の女装男子だ…!
世一が歯軋りをしてるのを見て満足気に微笑んだ氷織は、ニコッと笑いながらチームメイトの元へ走り寄った。
効果は抜群である。
「皆おはよ♡もしかして、緊張してるん…?」
「女の子が俺の横に!?」
「良い匂いがする…」
「女の子…女の子だ…」
「全員童帝か?」
1人冷静なカイザーのツッコミが入るがチームメイトは全く気にする様子は無い。
「くっ…!!性癖が捻じ曲げられる!!!」
「やめろ俺に笑いかけるな好きになるだろ!!」
「もう氷織のこと純粋に見れない」
「AVで抜けなくなったら責任とって欲しい」
「クオリティが高すぎる」
「ええんよ♡好きになっても♡」
「……あっっっぶな!!好きになったわ」
「ダメじゃん」
「抱かせてくれ……」
「ストレートすぎるwww」
「惑わされすぎだろwwww」
「今誰言ったんだよwwwwww」
「もぉ…♡スカートの中…見る?♡」
「見る」
「見ます」
「対よろ」
「全員ダメだった」
「自ら現実を知りに行くスタイル」
「何故なのか」
そして現実を知ったチームメイトの屍を目にしたクラブスタッフから氷織はしっかり怒られたのだった。
「氷織、バスタードミュンヘンが変態の集まりになるからほどほどにしなさいと言っただろう」
「堪忍やで…」
「サークルクラッシャーじゃんwww」