濁心スカジきがんドクター、ねぇ、ドクター…聞こえているわよね?私、ずっと寂しいの。"こっち"のドクターはもうずっと長い間私に何も言ってくれない、何もしてくれない。
だから、ねぇ、お願いドクター。
私の名前を呼んで…ねぇ、ねぇ…
『………スカ、』
「ドクター!!!」
耳元で聞こえた叫び声を引き金にして、ドクターの意識は一気に覚醒した。そして当時に全身どころか口内まで達する"不快感"に盛大に咳き込むことになった。
「げほっ!!げほがはっ!!なんだこれ塩水…?!」
「落ち着いて呼吸しろ!可能なら吐き出せ!」
「うぇぇ…ぺっ!ぺっ!…ソーンズ?これ、何がどうなって」
「俺にもわからない…どうやったらベッドの上で海水で溺れたようになるんだ…?」
「え…これ、海の水…?」
「ああ、この独特の磯の香り…海の気配だ。だが、ドクターの部屋にどうやって…」
「うう、ぱんつの中までびっちゃびちゃなんだけど…」
「私はね、真の博愛主義の実現は極めて困難だという認識だ」
「そうでしょうか…医療部に全面同意するわけではありませんが、貴方は博愛主義者に近い性質があると認識しています」
「私が?あっはは!まさかまさか。私はむしろ偏愛主義者だよ。……博愛主義者はレユニオンの部隊を掃討する指揮なんか出来ないさ」
「……それは、」
「敵は対象外かい?その時点で博愛主義と矛盾するよ。鉱石病と天災が世界を二分する今、普く全てを平等に愛する博愛主義者は成立し得ない。ああ、勿論君が信仰する神は別だよ?あくまでいまを生きるヒトの話さ…極一部の例外を除いて」
「例外とは?」
「本当にごくごく稀に博愛主義者としか呼べないような人間はいる、不思議と宗教関係者が多いよね、つまり聖人とか聖女とか呼ばれる輩さ。宗教学は齧った程度だがそのあたり興味深い…話がそれだが、結局そういう極端な者達を除いて、結局誰もが自分と特定の誰かが大事で可愛いのさ。そんな"偏り"がある以上真の博愛主義者は存在し得ない。それこそ私はロドスのオペレーター達皆が可愛い。だから彼らを生かしロドスを勝たせるためにありとあらゆる手段で持って敵を叩き潰す。ほら、びっくりするほどの偏愛主義者だろう?」
「……貴方の主張は認識しました。その上で質問を」
「うん?まだ疑問があるかい?」
「はい。貴方は"誰もが自分と特定の誰かに対する愛情の"偏り"がある以上真の博愛主義者は存在し得ない。ゆえに偏愛主義者である"と論じられた。確かに貴方はオペレーター達を愛し、ロドスを愛している。ではなぜ、己自身を愛そうとしないのですか?」
「………そうくるか。でも、その回答は簡単だよイグゼキュター」
「ぜひお聞かせ願いたい」
「知らないものは愛せないからさ」
「……納得しかねる回答です。詳しい説明を求めます」
「ええ?そんな難しいことじゃないよ?私は私が愛するオペレーター達を良く知っている。戦闘能力やある程度の経歴は勿論、何が好きか?何が嫌いか?誰と仲が良くて誰と仲が悪いか?ロドスという鯨の腹の中でともに過ごす彼らをよく知っている。だからこそ私は彼らを愛する、愛することができる。でも、私は私自身を知らないからね、愛しようがないのさ」
「私は私自身を知らない。アーミヤが慕う私、ケルシーが憎む私、エンカクの部隊を皆殺しにした私、シルバーアッシュとともに学んだ私、石棺にぶち込まれ記憶を消却するほどの罪を犯した私。私はそんな私を知らない、故に愛せない。まあ、知ったら知ったで相当ろくでもない輩みたいだったから、逆に愛せなくなるだろうが。なにはともあれ、これが私の回答だイグゼキュター」