FGOパロそれは、人里修復が始まったばかりの頃の内緒話。
"凡人"のドクターと"凡人"のシステムエンジニアが、マスター蛍やダ・ヴィンチにも内緒で交わした秘密の会話。
「ねぇ、ドクターロマン。笑わないで聞いてね。私、生きてきた中で恋を一度、愛を一度それぞれ経験したのよ」
「それは素敵だ。それぞれってことは別の人かな?もし良ければ聞きたいな、貴方に愛され恋された幸運な人はどんな男だったのか」
レイシフトを始めとしたカルデアのシステムを正常に運用するために、皆が寝静まる夜間に行われる定期バッチ作業の合間に、カルデア所属のシステムエンジニアの女性は言った。
ドクターロマンはその言葉を聞いてふっと笑うと話の続きを促した。
「ええ、別よ。そうね…私が恋をした人は、鮮烈な凡人だったわ。ただでさえ短い命をさらに縮めるような無茶ばかりして、でも輝いて輝いて輝き尽くすように生きた男だった」
「輝きつくす生き方、か。簡単なようで、とてもとても難しい生き方だね」
「ええ、私は長く生きてきたけれど、彼ほど人生を鮮烈に苛烈に生きた人を見たことはないわね。でも、私には吃驚するほど優しい男だったのよ。ふふ、これは恋の身びいきコミコミよ悪しからず」
「ああ!それが恋ってものだよね。それで?彼のどんなところに恋をしたんだい?」
「彼は、自身の望みを理解していた。守りたいものがわかっていた。仕える神を信じていた。すべてをひっくるめて、自身の生き方を明確に見定めて、信念を持って生き抜いたの。…長い命を持つくせに逃げてばかりでろくに自分自身にすら向き合わなかった私にはあまりにも眩しい存在だった。だから、そんな彼に恋をしたのね」
「わかるよ、自分が出来ない生き方をする人は眩しい…それでそれで、そんな彼との馴れ初めは?」
「馴れ初め…?あ、誤解させたならごめんなさい。恋人ってわけじゃなかったわ。私が一方的に彼に恋をしていただけよ、多分」
「へ?!」
「そもそも彼が私に恋心を持っていたかどうか…彼は確かに私にとても優しかったし好意を向けてくれていたけれど、それには明確に"下心"があったの。彼の故郷スネージナヤは山がちな国土の地形と厳しい極寒の気候の関係で"塩が極めて貴重品"だった。毎冬塩争いで死人が出る程にね。だから、無限に塩を生み出し続ける魔神は喉から手が出る程ほしかったでしょうね」
「あー…」
「でも、下心だけじゃなかったのも本当。下心だけで、命に代えても守ると決めていた彼の家族に私を紹介したり、そのまま実家に滞在させたりはしないでしょうし。矛盾するようでいて、彼の中では絶妙にバランスが取れていたみたい…そんな彼に私は絆されたんだから、彼の作戦勝ちかもしれないけどね」
「絆された、か。それは貴女にとって恋とは別かい?」
「さぁ…どうかしらね。今となっては遠い昔過ぎて、わからないわ。思い出は美化されるものだし…でも、彼の役に立ちたいと璃月七星に直談判して、反対を押し切って内戦直後のスネージナヤに乗り込むくらいには、私、彼に夢中だったわ」
「それは凄いな。僕は歴史の知識程度にしかスネージナヤ内戦を知らないからただ悲惨だったとしかわからないけれど、…終戦直後に乗り込むなんて、生半可な覚悟じゃできないことはわかる。相当止められただろうに押し切ってだろう?当時の璃月七星といえば、有名な凝光かな」
「そうね…実際、内戦後の悲惨さは見ると聞くでは大違いだったわ。私は当時すでに魔神として覚醒していたから無茶がきいてなんとかなったけれど、凡人の小娘だったら何も出来なかったでしょうね。あと…これは内緒よ?私が直談判した凝光様は凝光様で"表立っては守れないけれど守りたい人"がいたの。その彼を保護兼護衛としてスネージナヤに連れて行くことが凝光様が出した条件だったの」
「うんんん?なんだか時間に埋もれた歴史の事実みたいなかんじかな?璃月七星天権凝光ってバリバリのキャリアウーマンの先駆けで女傑として有名だけど、確か生涯独身だったような…」
「あら、でも愛した人はいなかったとは歴史書に書いていないでしょう?」
「それは、そうだけど…」
「立場的に公にするのが難しかったのもあるわ…彼はカーンルイアの末裔だったの。璃月から見れば明確な敵対国、テイワット動乱では璃月港防衛戦で大変な被害を被った憎むべき敵軍の血筋よ。もっとも、彼はその璃月港防衛戦で最大の武功を上げた功労者なんだけど…それでも、戦後のカーンルイアに対するヘイト感情からは逃れられなかった。何度か殺されかけたのを見るに見かねて、彼を国外に避難させる理由に私を使ったというわけ」
「ははぁ…」
「ごめんなさい、話がそれたわね。それに凝光様のイメージに傷をつけてしまったかしら…」
「ははは、いやぁ、まさに君は生き字引ってやつだね。いろんな歴史の裏がきけてそれはそれで面白いよ。でも、せっかくだから恋バナに戻ろうかな。君が単身ではないか、男一人だけ連れてスネージナヤに乗り込んだときその恋した人はそりゃあ驚いたんじゃないかい?」
「ええ!そりゃあね…彼は女皇直属のファトゥスだったから、内戦に勝利したとはいえガタガタの女皇派を立て直すためにあちこち飛び回っていたの。だから、私がスネージナヤの港町でボランティアしていたことを半年くらい経ってから知って、大慌てしたんですって」
くすくす、と燕は当時を思い出して思わず笑った。
内戦後、国内外を飛び回っていたタルタリヤが燕がスネージナヤにいると知ったのは、偶然顔見せに戻った実家の両親から『昔療養に来ていた塩仙人のお嬢さんが港でボランティアしてくれているよ。ありがたいね』とお茶うけ話に聞いた時だった。
驚愕したタルタリヤは両親への断りもソコソコに家を飛び出し、身一つで燕が働く港のボランティアセンターに駆け込んできたのだった。
『燕さん?!なんでこんなところにいるの?!連絡してくれたら迎えに行ったのに!!半年も前からいるって聞いてびっくりしたんだよ?!その前にスネージナヤ渡航は鍾離先生にちゃんと連絡してる?!
あと男連れってどういうこと?????』
『一番最後が真顔で怖いわ公子殿…』
『燕殿、男連れではなくただの護衛だと先に否定してくれ…』
その護衛、つまり藍はタルタリヤとも顔なじみだったし、なにより藍の目元は眼球が視神経ごと破壊された無惨な傷跡が盛大に残っていたから、タルタリヤも焼きもち(?)を焼く前にその有様に驚いて引いてくれたので物騒なことにはならなかった。
「ええ、彼にも下心はあったわね。彼は最古の魔神の一人だった。魔神は寿命を持たない代わりに摩耗によって肉体と精神をすり減らし、やがて滅びていく存在。自身の滅び、正確にはその瞬間に起こるかもしれない影響を彼は危惧していた。」
「私の摩耗が極端に遅いのは、人理における塩の普遍性と関係あるんじゃないか、と彼は言っていたわね。極端な話、岩がなくても人理は存続するけれど、塩がなければ存続しないでしょう?」
「そりゃそうだけど…うん?岩?岩の魔神って、あの岩王帝君…?!?!」
「あらら…ノーコメント」
バレちゃった、という顔をしながら、燕はノーコメントと誤魔化す。
「夜間バッチ、正常終了を確認。お疲れ様、ドクター」
「お疲れ様、燕さん。」
「む、…妙なことになったな。この俺に縁を結んでいたのは燕だけのはずだったが…まあ、しかたない。ランサー、鍾離だ。かつて栄えた璃月の往生堂の客卿であり仙人でもある。名だたる英雄英傑に比べれば凡庸な槍使いだが、人理のため凡人なりに役に立とう」
「えぇ、マジ…"そっち"なんだ…いや助かるけどさ」
「同じ妻を持った者同士特別だぞ、公子殿(マスター)」
「どーもぉ…」
「女皇様にも下心があったってこと」
「氷の女皇に?」
「そう…テイワット動乱とその後のスネージナヤ内戦のせいで、女皇様の神の力は目に見えて落ちてた。その力を補うために生命力を犠牲にするくらいに…そんな女皇様の犠牲と配下ファトゥスとファデュイの合法非合法の努力を持ってしても、スネージナヤは七国の中で最も貧しく最も難しい国だった。女皇様が死ぬに死ねないくらいには」
「俺自身は塩の魔神の力を引き継いでるだけだから、『氷神』とはどう頑張っても言えない。七神の称号もテイワット動乱で失われた。けど、氷の女皇様の後継者で最後のスネージナヤの神であれば矛盾しない。俺の父親は女皇様の直属の部下ファトゥスだったから、そういう意味でも目をつけやすかった」
「でも、そのせいで女皇様は父様と盛大に揉めたんでしょう?」
「あー…鍾離先生は俺ごと母さんを璃月で囲う気だったらしいから。俺もまだ子供だったし、子供から母親引き離す気かって激怒になるし、女皇様はだったら母親ごとスネージナヤに留まればいいってブチ切れるし……岩と氷が飛び交って大変だったらしい」
え、なにそれ怖い、と蛍がフォウくんを抱きしめながら言った。
そりゃ話を聞いただけでも怖かろう。なにせ岩王帝君VS氷の女皇(双方ブチギレ)だ。
実のところその元七神二柱をぶん殴って止めたのはかつての旅人、つまり蛍なのだが、記憶がないのだから仕方ない。