三ヶ月後。
アズール先輩からの提案で参加を申請したアジーム家雇用希望者の選抜試験当日、私はジャミル先輩、エリムさん、そして面白がってついてきたフロイド先輩(本当は諸々ド素人の私を心配してついてきてくれたのをちゃんと知ってる)と一緒に熱砂の国にあるアジーム家所有の別荘の隣に設置された試験会場控えにいた。
エリムさん曰く、アジーム家所有の不動産の中では中規模ながら市街から遠くて使い勝手が悪く最低限の手入れしかしていなかった別荘で、確かに選抜試験をするには丁度良い物件だとか。なんなら爆発させても大丈夫ですよ、と言ったエリムさんの顔はわりとまじだった。
そしてその別荘の隣に建てられた仮設の集合場所兼待機場所で簡単な説明を受けた。といっても事前にアズール先輩が収集してくれていた情報と内容はほぼ同じで、あえて追記するなら試験会場である別荘のあちこちにライブカメラもとい監視カメラが設置されていて、その映像はリアルタイム公開されるので別荘内の様子はもとより他の参加者の様子を逐次確認できること、そして本当に魔法でもなんでも使用可、建物への損害も免責するから全力で目標を破壊してみろ、という言葉が説明担当からあったことくらい。
そしてその説明担当者の言い方がわりと、かなり、挑発的だった。
おもわず、「そんな言い方しなくても」と呟いた私に、ジャミル先輩が小声で「気にするな。わざと血の気の多い連中を挑発してミスを誘う常套手段だ」と解説してくれた。
そんなものかな?と私は首を傾げたけど、ジャミル先輩の言葉が当たっていたことをすぐに思い知ることになった。
試験開始後の一組目、いかにも歴戦の傭兵然としたムキムキの男二人が待機所から出ていくのを見送ったエリムさんとジャミル先輩の言葉は辛辣だった。
「見かけ倒しの素人。敷地内にすら入れずさよなら、かな」
「足が無事ならいいが」
「流石に地雷の威力は抑えてあると思うよ。あとから絡まれたら面倒くさい」
え?と私がそんな会話にわが耳を疑ったと同時にどーーーん!という爆発音が遠くに響いた。
私は思わずぎゃあっ?!と悲鳴を上げてしまい、周囲の他の参加者も私ほど素人満載の悲鳴を上げる人こそいなかったが明らかに動揺が広がりざわついた。
ただ唯一、そらみたことか、とジャミル先輩とエリムさんだけが顔を見合わせて肩をすくめていた。顔には至極当然と書いてあった。
先程の傭兵二人は、哀れ彼らの予想通り敷地内に入る前に地雷に吹っ飛ばされたらしい。
ていうか、敷地外から対人地雷があるってどういうこと??
「ひぇ、」
「うっわ、引く。小エビちゃーん、やっぱ帰ろ?」
「いえ、私がここで帰るわけには」
フロイド先輩が明らかにドン引きしながら提案してきて、ちょっと心がぐらついた。
心情的には帰りたい、すごく帰りたい。正直アジーム家なめてた。怖すぎる。
だがしかし、ハッピースカラビアの一念でここまできた以上、ジャミル先輩とカリム先輩の再会をこの目でみるまでは、帰るわけにはいかない。
私は必死でそう自分に言い聞かせつつ、リアルタイムで別荘内の様子を撮している監視カメラの映像を受信してるタブレット端末から聞こえてくる他の参加者達の阿鼻叫喚から耳を塞いだ。
ジャミル先輩とエリムさんは、涼しい顔で他の参加者達がばたばた倒れていく映像の端々を観察しながら「こっちに死角が」とか「あそこの隙はわざとらしい、多分罠」なんて話をしている。
アジーム家の従者、いろんな意味でコワイ。そしてアジーム家はいろんな意味でヤバイ。
今更ながら私はそんなことを思ってしまった。
そんなこんなをしているうちに、あっという間に私達、正確にはジャミル先輩とエリムさんの順番がまわってきて二人は笑顔で手を振りつつ
二人がどう動くかは事前におおよその予定をおしえてもらった。そうしないと何が起こってるか私には絶対わからないからだ。
スタート地点から別れて庭を周り地雷を避けて2方向から別荘内に侵入。この時点でポイント高そう。なにせ他の参加者で敷地内に入れたのは2/3程度、建物内になると半分だ。
そこからまずは隠密行動。
警備監視を掻い潜り目標がある中央広間ではなく外向きの部屋や廊下に潜入して『仕掛け』を施す。参加者達は基本的になんとかして中央に近づこうとするので当然中央にいくほど警備は厚くなる。逆に、中央広間から遠い部屋や廊下には意識が向きづらい事を利用するのだとか。
ついでに仕掛けの内容はあとでのお楽しみといわれた。この仕掛けの仕込みをどれだけ実行できるかが攻略の鍵であるらしい。
逆にいえば、ジャミル先輩とエリムさんの実力を持ってしても、策を用いなければ手加減ましましであってもアジーム家の警備を突破できない、らしい。警備役で居てほしくなかった知り合いはこの場の責任者なので外からみてるだけだからまだまし、らしいけど。
蛇の誘い
「あーぁ、えげつねーの。指揮系統完全に混乱してんじゃん」
「まさかあの部隊長さん?もジャミル先輩がわざとやられにきたとは思わないよね…」
『あの二人の実力を直接見たい。誰か変わってくれ』
「っ…!ムカク相手は無理だ、片手間じゃ突破できない!」
「私が相手をする!突入ルート変更、3-7!リスクを取って最速でいけ!」
「はい!」
ジャミル先輩のSOS?に即エリムさんが反応して指示を出す。やっぱりこの辺は経験の差?なのかな?流石お父さん。
おまけにエリムさんは指示出しながら華麗な空中まわし蹴りを警備の一人の側頭部にキメていて、「ごめんね!あとで労災申請して!」と脳震盪を起こし倒れるその人に言い捨てて走り出していた。
私とフロイド先輩と通信先のアズール先輩とジェイド先輩の四人「「『『労災』』」」と声が被った。
「」
それは屋敷中をはい回る炎の蛇。
確かにこの試験のルールでは魔法や武器の制限はない。持ち込めるなら何を使っても良いし手段も方法も自由。
だからといってまさか試験会場の別荘を火の海にするなんて考え方はなかった!!
安全なところから映像を見ている私が驚きすぎて声もないのだから、当然その場にいる人達の一部はパニックに陥った。
「いつのまにこんなに火が!!早く水を!!」
「熱い!誰か消火してくれ!」
「うわぁぁ!火!いや、ヘビ?!とにかく助けてくれ!!」
「落ち着け馬鹿ども!!」
でも流石というべきか、ジャミル先輩とエリムさんが試験開始時点では「彼が警備役についてなくて助かった」と言っていた男性、飛び入り参加して今はエリムさんの真ん前に立つ人は一ミリたりとも動揺せず魔法石が嵌め込まれたナイフを構えたまま油断なくエリムさんを見つめていた。
「……全員落ち着け。火の半分は幻覚だ」
「ええ、半分はね。でも、もう半分は本物。見極めらるかな?」
しぃぃぃっ、と、蛇の威嚇音が聞こえる。エリムさんの周りを囲むようにとぐろをまく炎の大蛇が、男性を威嚇している。炎で出来た大蛇はその大きな口で、男性を丸のみにだって出来るだろう。
「怖いな…少なくともその蛇(火)が本物だから困る。俺が唯一操れない蛇だ」
「ふふふ、困った顔。懐かしい、全然変わらないね。それじゃ、久しぶりにお稽古しましょうか!」
全力でかかってきなさい!
「」
『アジームの毒蛇、とはよくいったものですね』
「えーっと、ジャミル先輩やエリムさんの一族のこと、ですよね?」
『エリムさんはそう言いましたね。主人のため一人二人倒れようと必ず次が生まれ育ちより強くなる、蛇が脱皮を繰り返し大きく強くなるように。そうやってバイパー家はアジーム家に長く仕えてきたと…けれど、僕が調べた限りアジームの毒蛇という呼び方がアングラで囁かれ始めたのはざっと二十数年前からに過ぎない。ちょうど、エリムさんが"現役"だった頃です。内々で昔からそういう呼び方があったのは確かなのでしょうが、それを世に知らしめたのは間違いなく彼です。彼こそが"アジームの毒蛇"なんですよ』
※※※※※※
『この戦争に勝ったところで、何も変わらん。勝利の高揚も達成感も、一時の幸福感すら、カリム、お前は感じないだろう』
『……だからって、負けの目は無い。そうだろ?』
『当然だ。負けなど選択肢にすら登らんな』
『じゃ、何でそんなこと言うんだ』
『念のためだ。勝利にわずかでも慰めを期待しないようにな。………お前は私に似すぎたからな』
当主は、カリムの父は最後の言葉にだけわずかに感情をのせてそう言った。
もう少しズバイダに似ればよかったのに、と独り言を言う父を珍しいな、とカリムは素直に思った。
とはいえ、カリムが幼い頃に亡くなり、写真でしか顔をしらない母親を出されても困る。おおらかで優しい人だったらしいが、覚えてない以上反応のしようがない。
ただ、父の言いたいことは痛い程わかる。わかってしまう。
『わかってるよ。ちゃんとわかってる…俺の慰めは、もう何処にもないんだ。』
『カリム…』
『それでも、この戦争だけは勝つ。それが"生かされた"俺の義務だ。父ちゃんだって同じだろ?』
『そうだな…まったくだ』
『はっ、ははは!どうだ、ツーマンセルで突破してやったぞ!!』
見事目標を爆破した男、いや、まだ学生の気配すらある青年は床に転がったまま達成感のまま叫んだようだった。
その声に、この五年間何度も何度も夢に見たものと酷似したそれに、カリムは我が耳を疑った。
そして青年はゆっくりと、恐らく蹴りを食らった腹が痛むのだろう痛てと言いながら起き上がり、その動きで目深に被っていた紫のフードが肩に落ちた。
そこからこぼれた黒い髪を、ほっそりとした顔の輪郭を、切れ長の美しい黒い目を見た瞬間、カリムは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がって走り出していた。
カリム様?!とお付き達が驚愕するのを構ってられず、
「本物…?」
「…さぁ、どうだろうな?何をもって本物とするかは主観的なものだろ」
「あはは…言い方がスカラビアにいた頃のジャミルみたいだ…」
微睡みの中で見る夢が、一番美しい。
左腕半ばから先を失ってから、幻視痛の軽減のためにと医者に処方された薬が眠気を起こすものだったこともあって眠ることが多くなったアジーム家当主、ハールーン・アジームはそう考えるようになった。
「旦那様、お休みですか?」
聞こえた声に、幸いだ、とハールーンは感じた。今日の夢は随分良いものであるらしい。
うっすらと目を開けた先、見慣れぬ洋装で随分若い頃の従者を見つける。ハールーンの夢は過去の出来事をそのままなぞることが多いのだが、今見ている夢は珍しくなにかごっちゃになったもののようだった。
「こんな薬をお供に独り寝するくらいなら、奥様のどなたかに膝でも肌でも借りれば宜しいでしょうに」
カレッジの頃の姿だろう従者は、ハールーンが眠るために飲んだ薬を包んでいた紙を広い、その紙に残るわずかな匂いで睡眠薬だと判断し容赦なくゴミ箱に突っ込みつつ辛辣なことを言う。
本当に今と昔と諸々ごっちゃになった夢だな、とハールーンは意識の端で思う。
だが、もはやわずかな慰めすら存在しない今よりもかつて喜びを得た昔の方が名残惜しく、
「夢の中まで小言か、"スゥラン"…」
「……また、懐かしい名前を言いますね。別に私はスゥランだろうがエリムだろうが、どちらでも良いですけど。……それとも、"ラシード"と呼んで欲しいんですか?」
先代の15男に過ぎなかった末端の息子が、すべての階段をすっ飛ばして当主になるためには捨てなければならないものが多すぎた。
生まれてからの20年間の記録、思い出、友、名前すらも。それを己の従者にも強要するという暴挙をしてさえ、その手を掴んで離さずさらに20年を歩んで。
その結果、唯一掴んで離さなかった彼を肉片に変えて失ったのだ。
今さら失った美しい過去にしかない名前で、最愛の男の残像に呼ばれるなど。
「…ごめんだな」
「でしょうね。それではハールーン様、寝ぼけるのはいい加減にして起きてください。貴方が丸一日最奥宮に籠城して寝こけるから、あちこち機能不全を起こして混乱がおきかけていますよ。あと、部屋の扉にあんな嫌がらせのような魔法陣をはらないでください。貴方が起きてこなくてなにかあったのかと破ろうとした護衛官が三人も吹っ飛ばされて怪我をしています。ただでさえ人員が足らないのでしょう?」
※※※※※※
監督生「ええぇぇっ?!ムカク先輩だったんですか?!顔変わりましたね????全然わからなかった!!」
ムカク「アハハハハ…苦労って顔にでるよな(げっそり)」
監督生&オクタs「?」
ムカク「王室勅令で問答無用で徴兵されて砂漠の魔獣退治に引きずり出されて、やっと倒したと思ったら味方のはずの王国軍に後ろから撃たれて、隊長と仲間数人と命からがら逃げてアジーム家に戻ったら屋敷もなにもかも半壊してて、バイパー一族に至っては筆頭もその跡取りも肉片になって死んでて俺の父親も爆破の余波で飛んできた破片が目に刺さって視神経やられて半ば失明。
ガチでバイパーは終わったと思ったけど、旦那様から抑止力としての『アジームの毒蛇』を終わらせるわけにはいかないってんで諸々すっ飛ばして俺がバイパー一族の筆頭に着くことになって…。なったはいいが棚ぼたでバイパー筆頭になった若造ごときおそるるに足らずって外敵にナメられ内敵に足を引っ張られ、その度に殴り返して罠に嵌めて蹴り出しての繰り返し。刺客は30人を越えた所で数えるのを止めたし毒を盛られた回数は数えてすらいないな…。
俺、なんで死んでないんだろうな???(お目めグルグル)」
監督生「カリム先輩ぃぃぃっ!!!ムカク先輩にお休みをあげてぇぇぇっ!!!」