惚れ薬と君の本能 それは映画の撮影が終わり、帰宅する道中のことだった。
「(ん…なんか、身体が熱いような…?)」
疲れてるのかなぁ、なんて考えながら覚束無い足取りで1031を目指す。
「(あ…あれ…?な、なに、これ…く、くるし、)」
視界が歪む。
身体がすごく、熱い。
足を引き摺り、何とか1031号室のドアを開ける。
しかし、既にルイスは限界を迎えかけていた。
もうこんな時間だ、皆寝てしまっているだろう。
ルイスはリビングの床にばったりと倒れ込む。
「(は、ぁ…あつい…息くる、し…)」
何か悪いものでも食べたっけ、と火照った頭で思い返す。
そういえば、帰り道に声をかけられたような。
────そこのお兄さん、お疲れですか?
よければ此方を飲んでくださいな。
…あ、試供品なのでお代は結構ですよ!
もしかして、原因はあの飲み物?朦朧とする意識ではもう考えられない。
「このままじゃ、し、しんじゃうよぉ……」
「(…シャオルー?具合でも悪いの?)」
ふと目を開けると、アブーが心配そうな様子でこちらを覗き込んでいた。
「あ、あ……」
情緒が一気に崩れる。
ルイスは、思わずアブーに泣きついていた。
「ど、どうしよ、うう…あぶー…おれ、なんか、身体がおかしくてッ…どうしよ、のうみそがぁ…とけちゃいそうだよぉ……」
「(え!!大丈夫!?どうしよう…!!)」
涙を拭いてあげようとルイスの顔を触る。
「えぅ、ッ!?あ……ッ…ンぅぅ…」
甘い声を漏らしながらビクッ、とルイスは身体を震わせた。
「ご、ごめッ…おれ、今、変な声でちゃっ、て……」
「(なるほど、惚れ薬飲んじゃったか…)」
何となく察してはいたが、まさか本当に媚薬というものが存在するとは。
「ほ、惚れ……?あぶー、なに、それ…」
「(とりあえず部屋に戻ろう。何か方法を考えてみるから)」
「う、うん…わかった…」
アブーに肩を貸してもらいながら、部屋に戻る。
「(あー…やっぱあたま、ふらふらする…)」
「(…なんだろう、いい匂いがするなぁ)」
「(……アブー?これ、アブーのにおい…?)」
思うように動かない身体を引きずりながら、やっと部屋に着いた。
「(とりあえずベッドで休んで……え!?)」
突然、ルイスがアブーをベッドに押し倒した。
「(し、シャオルー!?どうしたの…!?)」
「あ、アブー…いいにおい、してる…えへへ、おいしそう」
見下ろす瞳は獲物を見つめる"生ける死体"────まさにゾンビそのもの。
「あの、さ…ねえ……アブーのこと、食べちゃっても、いい?」
「その顔、その身体、その瞳、ぜんぶかわいい…俺だけのものにしたいなぁ……」
「(だ…ダメだよ!シャオルー!落ち着いて!!)」
とっくの昔に腐り落ちた頬から、欲情に塗れた涎が漏れている。
「俺さ、我慢してたんだよ……ずっと、ずーっと、」
乱暴に服を脱がすと、包帯に覆われた身体が露わになる。
それすらも酷くもどかしくて、その包帯をも身体から引き剥がす。
「(あー…あれ…なにしてんだろ、俺……でも、いい匂いで、美味しそうで、お腹すいたから、仕方ないや…)」
「……ルー」
「…シャオルー、これ以上は、ダメ」
はっ、と我に帰る。
目の前には、こちらを見つめるアブー。
乱暴に取り払われた包帯の下の素顔は、潤んだ瞳でこちらを見つめる麗しい少年だった。
「あ…アブー……」
「俺…君になんてことを……」
媚薬で興奮していたとはいえ、乱暴にするつもりはなかったのに。君のことが大好きで、仕方ないのに。
どうして、どうして俺は___
「ごめん…ごめんよ……そんなつもりじゃ、」
不意に、唇に柔らかいものが触れた。
「……え?」
状況が理解できなかった。
「(今、アブーと…キス、したの……?)」
「…良かった。シャオルーが、元に戻ってくれて」
いつもは包帯で遮られていたアブーの声がはっきりと聞こえる。
「あ…ああ……」
やっぱり君のことが大好きなんだな、俺……
そう思うと同時に、ルイスは糸が切れたように眠りに落ちていった。
ぱたり、とルイスの身体がアブーに預けられる。
そっとルイスをベッドに寝かせる。
アブーは包帯を巻き直しながら、すやすやと眠るルイスの寝顔を眺めた。
「(シャオルー…君が正気に戻ってくれて本当に良かった)」
「(……だって、あのとき)」
「(…君に食べられても良かったかもしれない。そう思ってしまったから)」