Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    yrym_kan

    @yrym_kan

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    yrym_kan

    ☆quiet follow

    茶古さんのフルカラーイラスト本に寄稿させていただいた小説を再録しました!
    槍弓が俳優してたら?という妄想滾る御本に「雑誌ってよくわからんコラムとか連続小説あったりするよな~」という私の偏見でとあるお話の続話を書かせていただきました。
    キャスターによるコラムも担当しましたので、そちらはぜひ御本でくださいませー!

    midnight cocoon 完全版☆現パロ時空
    ☆ややホラー、モブ弓描写あり
    ☆深夜の街を歩く弓が槍に出会うお話

    (寄稿分から読む場合は、@まで飛んでくださいませ…!)



     私はエミヤ。散歩が趣味の会社員だ。
    『散歩が趣味』というのは、半分本当で半分皮肉である。
     手短に説明すると、弊社はブラックだった。そのため連日残業続き、深夜の徒歩帰宅が私の日課となっていた。
     徒歩出勤に憧れて近場に住んだばかりに、とんだ災難である。
     今、世間は地獄のような真夏らしい。クーラーの効きすぎたオフィスで汗腺が瀕死の身体も、こうして歩けばじわりと汗をかきはじめる。生きているだけで消耗する季節の隙間のような時間、早朝と深夜だけが私の知り得る今夏だった。
     にゃあ、と。どこからともなく聞こえた鳴き声に顔を上げると、石造りの塀に黒猫が座っていた。
    「やあ、こんばんは」
     ここは毎晩通る道だが、この猫さんに会うのは初めてだ。黒猫は金の両眼で私をじっと見つめたまま、尻尾をゆらりゆらりと大きく揺らしている。
     ゆっくり近付いてみるが、猫さんに逃げる気配はない。少し触れてもいいだろうかと、毛艶の良い顎に手を伸ばす。
    「よぉ」
     その時、よく通る声がどこからか聞こえた。その声に驚いてしまったのか、猫さんは塀の上を走り去っていく。猫さんを口惜しく見送ったあとで周りを見渡すが、近くに人影はなかった。
    「もしや……今の声はゆうれい、」
    「おーいこっちこっち、上だよ上」
    「う、え……?」
     その声の言うまま恐る恐る見上げてみると、すぐ側のマンションのベランダから一人の男が手を振っていた。
    「やっと目が合ったな。アンタ、毎日この時間じゃねえか」
    「あ、ああ、」
    「散歩か?」
     声の主は煙を吐き出しながら、そう尋ねる。
    「いや、帰宅途中なんだ。残業続きでね」
    「そりゃお疲れさん。いつも一服してるとアンタを見かけるんで、つい声掛けちまった。迷惑だったらすまん」
    「いや、ああ、ただ……」
    「ん?」
    「いや、なんでもないんだ。それでは」
     まさか幽霊かと思ったとは言えず、私は小さく会釈をしてまた歩き始める。
    暗かったことと煙のせいで彼の表情はよくわからなかったが、毎日見られていたとはなんだか気恥ずかしい。
     帰宅して湿ったYシャツを脱ぐと、自身の汗に混じり、ほのかに煙草が香った気がした。


    * * * * *


     それから深夜に帰宅するたび、私は彼の姿を見かけるようになった。
     彼の言う通り、私の帰宅と彼の一服のタイミングはよく合うらしい。その時視線が合えば挨拶をするようにはなったが、特段何か長話をするわけではなかった。
     ぽつぽつとした会話で知った彼の名はランサー。煙草が好き。バイクが好き。実家で飼ってる犬が好き。とても日本語が上手だが、日本人ではないらしい。

     そんな事が続いたある日、いつもならベランダにいるはずの彼がマンションの玄関に立っていた。
    「ラン、サー……?」
    「よぉ、ちょうど来るのが見えてな」
     今日は一段と蒸し暑い夜だった。
     マンション入り口のオレンジがかった外灯が、ランサーの輪郭を濃く照らす。
     なんだか不思議な感覚だった。旧友に再会したような懐かしさと、少しの緊張で背中を汗が流れる。
    「なぁ、そいつは知り合いか?」
    「え」
    「真後ろの奴」
     真後ろ。その言葉にぞっとして振り返るが、そこにランサーが言うような人物などいない。当然だ。こんな深夜に人が出歩いていたら、彼よりも先に私が気付くはず。それこそ、幽霊でなければの話だが。
    「ランサー、冗談にしては時間帯が悪い、ぞ」
     悪戯を咎めるようランサーに向き直った私の目の前に、それはいた。
     それは、男だった。顔だけで浮かぶ、男だった。
    「■■■」
     目があるはずの場所はぽっかりと窪み、それでも目が合っていると頭は理解してしまう。
    「は……ッ」
    「■■■■」
     男の口元が蠢く。それは、無いはずの声帯で何かを囁いている。聞いてはいけない、理解してはいけない。わかっているのに目を逸らせない。
    「もう一度訊く、そいつは知り合いか?」
     ただ平坦な声で質問を繰り返すランサーに、その不快な影はぐるりと向き直って近付く。それの乱れた後頭部には二つの眼球がびたりと張り付き、生々しく血走っていた。


    ── 夜の街を歩く。
     フラフラと、汚れたスニーカーで。

     初めて男に触れられたのは高校生の時だった。
     地元の慣れた道だからと、小銭だけを持ち夜道を歩いていた。

     狭い道を塞ぐよう横付けした車に乗せられ、猿轡を噛まされた。
     ジーンズを下着ごと奪われ、汗で汚れた性器をしゃぶられた。
     男は目出し帽を被っていて、目だけがギラギラと光っていたことだけを覚えている。
     私はあの夜、長くて短い、悪夢を見た ──

     それは、誰にも話したことのない、汚物のような記憶だ。
     その頃から、私は深夜の散歩を始めた。あの晩と同じ、服を着て。
     自分を汚した男を見つけようなんて思いは微塵もなく、私はただ、同じ目に遭う誰かを見たくなかった。
     人の心は水に似ている。薄い膜に包まれたそれが傷付けられると、中身は簡単に溢れてしまう。人はそれを修復するために、もっと厚い膜を作り出す。穴が開くたび、傷付けられるたび、その膜はどんどん分厚くなる。
     そうして傷から生まれた蛹の中で、私たちはきっと大人に成る。
     では、蛹ができる前に中身がなくなった子供は、一体、何に成るんだろう。

    「知らない、ひとだ」
    「そうか」
     ランサーがそれに手を置くと、濡れた髪がぞわぞわと白い手に絡まった。抵抗するように暴れて、後ろの目が一層ぎょろぎょろと跳ねる。
    「ランサー!」
    「失せな」
    「■   」
     赤く濁った眼球は最後までこちらを見つめていたが、ランサーの言葉で崩れるように消えていった。
    「大丈夫か?」
    「……すまない、気分が、悪い」
    「なら、うち寄ってけよ」
    「だが……」
    「ここで別れて倒れられたらたまらん、遠慮すんな」
    「……わかった、ありがとう」
     今の出来事については、ここで問い質す気分ではない。
     私は彼の肩を借り数メートル先のマンションまで歩く。そうしてあと数歩でエントランスというところで、ランサーが立ち止まった。
     ランサーの視線の先にあるのは明かりもない、行き止まりの路地だ。
    「ランサー?」
    「んー?」
    「君の家は……このマンションでは……?」
     ランサーはもう、返事をしなかった。その代わり、私を引き摺るようにその路地へと歩いていく。
    「いやだ、ら   」

     くらやみからマンションを見上げると、いつもランサーが立っていた部屋の窓には、古びた空室のポスターが張られていた。





    ──ああ、蒸し暑いな……。
     そう思いながら、オレは薄暗い道を歩いていた。
     この街の夏は真夜中をすぎても暑苦しく、じっとりと全身に纏わりついて離れない。春に買ったばかりの赤と黒のスニーカーは、すっかり薄汚れてくすんでしまっていた。
     あと少し歩けば、冷房の効いたコンビニがある。舗装された歩道に響く足音は、自分のぶんだけ。
     今日はバイトの給料が入ったばかりだし、少しくらい奮発していいアイスを買ったっていいかもしれない。なんて、オレはいつもよりほんの少し浮かれていたんだ。
     小さなエンジン音と共に、黒いバンがコンビニの駐車場から頭を出したのが視界に入る。フルスモークのそれに乗っているのは、どうやら運転手一人だけのようだった。
     ジーンズのポケットに手を入れると、くたびれた小銭入れが指先に触れる。その小銭入れを撫でていると、こちらに向かってゆっくりと車が近付いてきていた。
     ナンバーに書かれた地名は、この辺りのものじゃない。道にでも、迷ったんだろうか。もし、そうなら困っている人かもしれない。
     この辺の地理なら自信もあるしと、こちらから声をかけようかと手を上げかけた時だった。
    「なあ」
     背後からはっきりと通る声がして振り返る。そこにはオレと同年代の少年が立っていた。
     夏の海のような髪色に、思わず目を奪われる。
    「もう、目的地だぜ」
    「え……あ、っと……」
    「なんだよ、歩きながら寝てたのか? ここまで一緒に歩いてきただろ」
    「……そう、だったか」
    「早く行こうぜ、エミヤ」
    「あ、ああ……」
     そうだった。オレは、彼と一緒に買い出しに出てきたのだった。彼、彼は。
    「ラン、サー……」
    「ああ」
     屈託なく笑うランサーの顔を見ていると、長く纏わりついていた不快感が和らいでいく。彼は私の親友で、そして、秘めたる想い人だった。なぜ一瞬でも、彼のことを忘れてしまったのだろう。
    「あっ」
    「何かいたか?」
    「いや……なんでもないよ」
     さっきの車は、いつの間にか通り過ぎていったらしい。もう、そんなこともどうだっていいだろう。
    「よしランサー、今日は特別にアイスをご馳走しよう」
    「よっしゃ! じゃあ、コンビニまで競走〜!」
    「あ、こら、待てラン さー  ……  」

     駆け抜けていく青を追いかけていく。結んだ髪に届きかけた手は、少しだけ汗ばんでいた。


    ◆ ◇ ◇


    「──よし、っと」
     大きな大きな幼子を背負い直し、オレはくらやみしかない道を歩いていく。
     さっき潰した気色の悪い気配を手繰っていったら、この夜の記憶に辿り着いた。エミヤの真ん中を形造る、消してしまいたい爛れた記憶。だからオレが替えてやった。
     本来、人の記憶なんてものはひどく曖昧だ。その時の匂いを、温度を、色を、言葉を。発達した五感は全てを受容するが、長く留めるには向いていない。そう、神に作られている。
     そんな記憶領域で優先順位を上げ続けるには、忘れる暇がないほどに反芻するしかない。
     エミヤは中身のない蛹だ。
     オレは不幸を喰う存在だが、エミヤはその不幸すら知らない。だから、書き換えてやろうと思う。この男が、不幸を理解するまで満たしてやればいい。
    「ら、んさー……」
    「無理に起きなくていいんだぜ、エミヤ」
    「……君、やっぱり幽霊だったのか……」
     オレの背で目覚めたエミヤは、ただ諦めたように呟く。
    「幽霊なんかじゃねえよ」
    「なら、神様か?」
    「ハッ、まさか!」
    「でもさっき、助けてくれただろ?……あれは昔、オレを……」
     エミヤはまだ、書き換えたはずの記憶を忘れてはいなかった。
     中身のない蛹がまた、守るべきものもなく一層分厚くなる。
    「忘れさせてやる」
    「それは、いいな……」
     できるなんて思っていない口ぶりで、男が背で欠伸をした。
    「わるい、まだ、ねむい……」
    「眠ってろ」
    「うん……」

     無言で、くらやみを歩く。
     エミヤの頑ななそれを一枚ずつ剥いで、オレが中身を注いでやろう。
     図体の割に軽い身体は、それでも生者の温もりに満ちていた。
     





    文・缶詰
    かん・づめ
    2020年に槍弓広義アカウントを開設、主に小説を投稿している。
    近著は本作と同名のweb再録集『midnight cocoon』。本人はハッピーエンドのつもりで書いてる話が、大体メリバに属するため困惑している。また、体毛フェチのため、推しの体毛の波動を感じるととても喜ぶ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👏👏👏💖😭🙏👏💘💯💖💴💘💘💘💘💘👏👏👏👏👏💖💖💖💖❤🙏☺👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    yrym_kan

    DONE茶古さんのフルカラーイラスト本に寄稿させていただいた小説を再録しました!
    槍弓が俳優してたら?という妄想滾る御本に「雑誌ってよくわからんコラムとか連続小説あったりするよな~」という私の偏見でとあるお話の続話を書かせていただきました。
    キャスターによるコラムも担当しましたので、そちらはぜひ御本でくださいませー!
    midnight cocoon 完全版☆現パロ時空
    ☆ややホラー、モブ弓描写あり
    ☆深夜の街を歩く弓が槍に出会うお話

    (寄稿分から読む場合は、@まで飛んでくださいませ…!)



     私はエミヤ。散歩が趣味の会社員だ。
    『散歩が趣味』というのは、半分本当で半分皮肉である。
     手短に説明すると、弊社はブラックだった。そのため連日残業続き、深夜の徒歩帰宅が私の日課となっていた。
     徒歩出勤に憧れて近場に住んだばかりに、とんだ災難である。
     今、世間は地獄のような真夏らしい。クーラーの効きすぎたオフィスで汗腺が瀕死の身体も、こうして歩けばじわりと汗をかきはじめる。生きているだけで消耗する季節の隙間のような時間、早朝と深夜だけが私の知り得る今夏だった。
     にゃあ、と。どこからともなく聞こえた鳴き声に顔を上げると、石造りの塀に黒猫が座っていた。
    4609