猫の爪切り 俺はオルテガに対して激甘である。
そんな俺でもオルテガにされることでどうしても嫌な事が一つあった。
「リア」
ベッドでくつろいでいるタイミングで名前を呼ばれて視線をそちらに向けた。そこには不自然に片手を隠したオルテガがいる。
嫌な予感がするが、逃げる前にオルテガがベッドに乗ってきて抱き締められて逃げそびれてしまった。
「嫌だ」
「まだ何も言ってないぞ」
「言わなくても分かる。爪切りするつもりだろう」
押さえ込まれたままジタバタ抵抗するが体格差、体力差、筋力差で勝てる訳もなく簡単に抱き込まれてしまう。流れるように膝の上に抱っこされて思わず唸り声が漏れる。
「直ぐに終わるから」
宥めるように頭にキスをされるが、どうしても嫌なのだ。故意か事故かは分からないが、人に切って貰っていた際に思い切り深爪されて流血沙汰になってからずっと苦手だ。なるべく自分で切りたいのにオルテガは許してくれない。
「ヤスリがけならいいから。切るのは自分でやる」
「どうしてもやらせてくれないのか?」
「いやだ」
ぶんぶんと首を横に振って駄々を捏ねる。子供っぽい動作だが、ここで理路整然と言い返すより幼い仕草をして見せた方がオルテガが折れる確率が高い。しかし、敵もそう簡単に諦める気はないようだ。
「リアの好きなつまみと酒を用意している。大人しく切らせてくれたら俺が食べさせてやるから」
「嫌なものは嫌だ。いつまでも食べ物で釣られると思うなよ」
オルテガの膝の上で睨み合いを繰り広げながら何とか逃げ出せないかと隙を窺うが、がっつり腰を抱かれているので逃げられそうにない。そもそもなんでこんなに爪を切りたがるんだ。
「何でそんなに爪が切りたいんだ。爪切り以外の事はさせてやっているだろう」
「お前の手入れがしたい。頭の先からつま先まで俺が整えたいんだ」
理由を聞いたら間髪入れずに直球の返事が返ってきた。ドストレートの言葉に思わず返事に詰まれば、オルテガが俺の髪を掬う。
「お前の絹のような黒髪を」
黄昏色の瞳が俺を見つめながらオルテガが見せ付けるように俺の髪に口付ける。間近にあるオルテガの顔にじわじわ心拍数と体温が上がっていく。
「滑らかな白い肌を」
囁くように俺の耳に声を掛けながらオルテガが俺の手を取り、甲に唇を落とす。手の甲に触れる柔らかな感触にゾクゾクした。
「玉のような爪も全部俺が整えたい。俺の手で整えて……俺の手で乱したい」
低い声で囁きながらオルテガが左手の中指を咥え、軽く爪に歯を立てられる。
この男はどうしてこうも俺を煽るのが上手いのか…。
「……痛くしないでくれ」
「俺がお前を傷付けると思うか?」
ヤる時は散々噛む癖に。そう言い返してやりたかったが、ここで問答しても甘い言葉でやり込められるだけだと諦めた俺は大人しく白旗を挙げる事にした。