オルテガ誕SS①オルテガ誕SS①
人の誕生日を祝うなんてこれまで「俺」の人生では殆どなかったように思う。
両親を早くに亡くし、たらい回しにされる暮らし。それでなくとも両親の葬儀の場で自分を疎むような話を聞いてから人を信じられなくなっていた。心から親しくなるような人は少なくて、ほんの一握りだった。
それ故に、俺は今重大な問題にぶち当たっている。
「恋人への誕生日プレゼントって何を渡すのが定番なんだ……?」
恥を忍んで相談しようと来てもらったのはヘドヴィカだ。彼女もまた日本で行きた記憶があるし、この世界で生きて長い。間違い無くネタにされるだろうが、他に相談出来そうな相手が思い当たらなかった…というよりも皆同じような回答をされたのだ。
突然の問いに、ティーカップを持ち上げた手を止めてヘドヴィカがキョトンとしている。
「オルテガ様に、って事ですか?」
「そうだ」
真剣な表情で頷いて見せれば、ヘドヴィカは肩の力を抜いたようだ。
「大事な相談があるって仰るから何か緊急事態かと……」
「う、その……私的な相談で大変申し訳ない……」
そういえば、大事な相談があるとだけしか言ってなかった気がする。申し訳なく思って焦っていれば、ヘドヴィカは常盤色の瞳を優しく細めた。
「いえ、いいんです。大事な相談には間違いありませんから」
優しい表情でそう言われてちょっとばかり居た堪れなくなる。良い年した男が年下の女の子にこんな相談するなんて如何なものかと我ながらに思ってはいるんだ。でも、迷走に迷走を重ねているうちに日は迫り、遂に明後日がその日なのだ。
7月11日。オルテガの、そして涼介の誕生日。
元々、「俺」が生きている間にキャラクターの誕生日は設定していなかった筈だ。しかし、日本とこの世界がリンクしているのか、「俺」とセイアッド、そしてオルテガと涼介はそれぞれ誕生日が同じだった。
これまでも「私」はオルテガに誕生日の贈り物を贈ってきた。しかし、思い返す記憶にあるのは親友に贈るものとして無難なものばかりだ。
「俺」の方は一度だけ誕生日に合わせて菓子を作って差し入れだと言って渡した事がある。あの時は自分の気持ちなんか分かっていなかったし、何を渡すのがいいのか分からなくて悩んだ挙句、とりあえず得意な料理に落ち着いた。おまけに誕生日プレゼントだと言って渡していいものなのか散々悩んで、結局差し入れだと言って押し付けたのは今となっては少々苦い思い出だ。
そして、今だ。お互いに想いを伝えて、無事に…無事に? 恋人…? という関係に収まっているのが、現状であり、以前との変化だ。
何か贈りたいとずっと悩んでいるのに、恋人に何を贈るのが正解なのかわからなくなってしまい、ドツボにハマってしまった。そして今に至る。
「散々悩んでいる内に何が良いのか分からなくなってしまったんだ……」
「真咲さんは渡した事はないんですか?」
ヘドヴィカの問いに黙って首を横に振る。半ば押し付けたようなあの菓子が一瞬脳裏に浮かぶが、あれは渡した内に入らないだろう。
「どちらの人生でも恋人がいた事がないんだ。日本で生きている時はあんまり人と関わるのが好きではなかったし、こちらでは言わずもがなだな」
「なるほど、初めての恋人なんですね。それなら悩んで当然ですよ」
ぐう…改めて指摘されるとなんかこう、小っ恥ずかしい!
居た堪れなくなって視界に入った自分の長い黒髪の毛先をいじっていれば、ヘドヴィカがにっこりと笑みを浮かべる。うーん、嫌な予感。
「そうですねぇ、やっぱりご自分に」
「リボンを巻いてプレゼントという案は却下だぞ」
「……」
先に釘を刺せば、ヘドヴィカが視線を逸らす。ヘドヴィカの前にも何人かに相談したんだが、そいつらにも殆ど同じ事を言われたんだぞ。
自分にリボンを巻いて寝室で待つ、或いはどうせオルテガならお前が何をあげても喜ぶ。聞いてもその二つしか回答が返ってこなかった。前者は流石にそんな小っ恥ずかしい事が出来るかと拒否したんだが、実行したら多分アイツはめちゃくちゃ喜ぶと思う。
普段は紳士ぶっている男だが、その実大層なむっつりスケベだ。隙あらば俺に触れようとしてくるし、直ぐに致そうとする。そんな男の前に据え膳として立ってみろ。確実に翌日の足腰と喉が死ぬ。
喜ぶのは間違いないんだが、そうじゃなくて恋人として初めての誕生日に記念になるような何かを渡したくてだな。そこまで考えて自分の乙女脳具合になんかだか嫌気がさしてきた。良い年して何を言ってるんだろう、俺は…。
大迷走の末に落ち込むというコンボを決めて一人で沈んでいれば、ヘドヴィカがくすりと笑みを零した。
「真咲さんは本当にお相手がお好きなんですね」
心底愛おしそうな優しい声に思わず顔が熱くなる。自覚はあるが、誰かから改めて指摘されるのはなかなか恥ずかしい。
「そんな相手に初めて渡す誕生日プレゼントなら悩んで当然ですよ。私だって悩みます」
肯定してくれるヘドヴィカの言葉に少しだけ安堵する。この考え自体はおかしくないよな。
「それにしても何が良いんでしょう。セイアッド様はこれまでも贈り物をされていたんですよね?」
「ああ。幼馴染として親友として無難な物を贈ってきた」
思い返すのは「私」の記憶だ。これまで長い時間を最も身近な人間として過ごしてきたオルテガにはいくつも贈り物をしている。
そのどれもが無難なものばかりだ。本だったりカフスボタンや珍しい食べ物や酒を贈った事を思い出しながら頭を悩ませた。なまじ付き合いが長いからこそ余計に分からないのだ。
「……何を渡しても全力で喜んでいた覚えしかないな」
思えばオルテガの片想い歴は彼の人生とほぼ同義。セイアッドが断罪されて追放なんて事がなかったら一生墓まで抱えていくつもりだったようだし、そう思えば何でも嬉しい気持ちもちょっとわかる。しかし、だからこそ悩むのだ。
何をあげても喜ぶのはわかってる。何だったらそこら辺の花を摘んで渡すだけでも全力で喜んでくれるだろう。そんな相手が殊更喜んでくれるであろうものを贈りたいんだが、それが何なのか全く思い付かない。
「やっぱり鉄板は手作りでしょうか」
「しかし、時間がな……」
悩みすぎてもう明後日なのだ。今から何か作るとしたら手芸は時間的に不可能だからあとは料理くらいしかない。
「菓子や食事くらいなら作れると思うが、それで良いものなんだろうか」
「めちゃくちゃ喜ばれると思いますよ。手料理なんて絶対お好きですよね、オルテガ様」
ヘドヴィカと話しながら思い返すのは今までの事だ。簡単な菓子くらいなら作って食べさせた事があるが、本格的に作った料理や凝った菓子なんかは食わせていない気がする。それは涼介も同じでクッキー程度なら幾度か渡した事がある。差し入れだと言って渡した物も比較的簡単な焼き菓子だった。
「真咲さんは料理出来るんですか?」
「俺も「私」も趣味は料理だ。まずいと言われた事はないし、ある程度は出来ると思うが……」
「なら、手料理でも良いじゃないですか。絶対喜んでくれますよ」
「それはそうなんだがな」
「何がダメなんですか?」
煮え切らない俺の様子に焦れたのか、ヘドヴィカは首を傾げた。相談に乗ってもらっている手前、誤魔化しても仕方ないと小さく息をついてから腹を括る。
「…………せっかくなら記念に形に残る物を渡したい……」
顔を手で隠しながら白状すれば、ヘドヴィカが喜色満面といった様子で笑みを浮かべるのが指の隙間から見えた。