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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    幼馴染組の学生時代の話

    兵糧攻め【幼馴染組】 兵糧攻め
     
     学生時代の数多い楽しみの中でも、とりわけ貴族子女に人気なのは城下での買い食いだった。
     普段は護衛無しでは出歩けない高位貴族の子供でも王都城下の決められた区画ならば自由に散策する事が出来る。その為に入学したての子供達はこぞって城下へと出掛けていく。
    「……これが城下か!」
     感慨深そうに呟く友人の姿に、セイアッドは連れて来て良かったと思った。同時にキラキラしている赤みがかった金色の瞳に一抹の不安を覚える。
     一人で同行するのは早まったのでは無いか、と…。
    「ルアク、繰り返すけど出歩いていいのはここから二つ先の辻までだからね」
    「分かってる。何から食べようか。リアのオススメはあるのか?」
     本当に分かっているんだろうか。
     そわそわと落ち着かない同室者を見ながらセイアッドはそっと小さく溜息をこぼす。やはりオルテガとサディアスを待つべきだっただろうか。
     用事で遅くなると言っていた二人の姿を思い浮かべながらも思考を切り替える。今は平穏無事にこの時間を乗り切る方が大事だ。
    「……嫌いな物はある?」
    「特には無いぞ」
    「じゃあ、甘い物としょっぱい物ならどっちが良い?」
    「まずはしょっぱい物かな」
    「分かった」
     リンゼヒースの希望を聞くと、セイアッドはくるりとその場に出ている屋台を見回す。同時にその場に走るのは緊張感だ。
     それまで和やかな雰囲気で満ちていた屋台街は月色の視線によって一気に場が殺気立つ。
     一変した空気を感じて流石のリンゼヒースも狼狽える。見れば、屋台の店主達は皆セイアッドの一挙一動を固唾を飲んで見守っているようだ。
    「……まずはあの店にしよう」
     やがて少年が出した結論は魔獣の串焼きを出している店だった。視線を受けた屋台の店主は両腕を天に突き上げて喜んでおり、逆に選ばれなかった店の店主達は皆分かりやすく落胆している。
     何が起きているのか。
     明らかに異常な状況にリンゼヒースは混乱する。最初は王弟である自分がいる事で起きているのかと思ったが、どうやら彼等の注目の的は隣にいる幼馴染のようだ。何だったら自分が王弟だと気が付かれてすらいない気もする。
    「猪の串焼きを2本」
    「はいよ」
     場に異様な物を感じつつも、リンゼヒースは手慣れた様子で買い物をするセイアッドの様子を見た。初めて間近に見る屋台の様子はどれもこれも目新しいものだ。こうして民草は暮らしているのだと間近で見るのはリンゼヒースにとって新鮮な事である。
    「ルアク」
     名と共に差し出される串を受け取る。スパイスが効いているのか、肉の香ばしい香りとは別に食欲を唆る香りがして思わず唾液が湧いた。
     齧り付いてみれば、柔らかな肉は簡単に噛み切れる。噛む程に肉汁が溢れ、スパイスがもたらす複雑な旨味が口一杯に広がった。
    「……美味い」
    「でしょ? この店は周辺国から仕入れたスパイスをふんだんに使っているんだ」
     普段上品で美しい友人が慣れた様子で豪快に肉に齧り付く様子を見てリンゼヒースは思わず苦笑する。きっとオルテガが連れ回しているのだろう。
     今はいない男を思い浮かべながら思わず身震いする。用事で遅れるとは言っていたが、暫くの間二人きりでいる事が許せなかったのか別れ際に何とも威嚇めいた視線を寄越された事を思い出したからだ。
     さっさとくっつけば良いのにと思うが、そうもいかないのだろう。貴族の婚姻には家の事も付き纏う。それに二人の家は国内でも有数の名家だ。
     二人を見ていればお互いに想い合っている事は直ぐに分かるのに、何も出来ない自分が歯痒かった。
    「レヴォネの坊ちゃん! 是非とも味見をお願いしたい!!」
     串を食べ終わった所でセイアッドに声が掛けられる。振り返れば、別の屋台の店主と思しき男がセイアッドとリンゼヒースにずいと何かを差し出してきた。見れば、揚げた菓子らしい。遅れてふんわりと甘くて良い匂いがする。
    「……今日は友人と来ているので」
     困惑して受け取れずにいるリンゼヒースの横でセイアッドが微笑みながらやんわりと断りをいれる。どうやら普段は受け取っているようだ。
    「新商品なんです! 是非とも坊ちゃんの意見を聞きたくて……!!」
    「狡いぞ! うちだって!」
    「坊ちゃん! これも食ってくれ!」
     一人突撃したせいで緊張感が切れたのか、あっという間に囲まれてあちらこちらから様々な品が差し出される。
    「ごめん、ルアク。少し待っててくれる?」
    「ん? あ、ああ」
     収拾がつかないと判断したのか、小さく溜息をついてセイアッドがリンゼヒースに断りを入れる。戸惑いながら了承すれば、セイアッドは最初に差し出された揚げ菓子を一つ摘んで口へと運んだ。
     真剣そのものの表情に店主の男が固唾を飲んでいる様子を見ながらリンゼヒースも自分に渡された分を口に運ぶ。狐色に揚がった菓子は表面はサクサクしているが、中はふわふわになっている。蜜を使っているのか、優しい甘さをしていて美味しかった。
    「坊ちゃん、如何ですか?」
     黙々と食べているセイアッドに恐る恐る店主が声を掛けると、月色の瞳が彼を見た。
    「……蜂蜜はルードル産?」
    「は、はい! 良くお分かりで」
    「そこよりもフォレオール産にした方が良い。香りが強いから蜂蜜の風味ももっと強くなる。価格帯も然程変わらない筈だから一考してみて欲しい。それから揚げ時間はもう少し伸ばした方がより食感が良くなると思う」
    「ありがとうございます!!」
    「次はうちの新商品をお願いします!」
     淡々と紡がれるアドバイスを受けて、男ががばりと深く頭を下げる。その横からすかさずセイアッドとリンゼヒースに新たな商品が差し出されるから驚いた。我も我もと群がってくる者達にリンゼヒースは呆気に取られるばかりだ。
     この美しい友人が見た目によらず食べる事が好きで並々ならぬ拘りを持っていることを知っていたが、まさかこんな事までしているとは。
    「スパイスが強すぎる。香り同士が喧嘩しているからもっと品数と量を絞った方がいい。大切なのは使っている量ではなく組み合わせだ」
     セイアッドは次の物を口に含んではまたしても容赦のないアドバイスを飛ばしている。同じように食べてもリンゼヒースには美味しいようにしか思えないが、拘りの強いセイアッドには気になったのだろう。
     そして、アドバイスを出せばまた次が差し出され。その繰り返しで二人がいたあたりはちょっとしたお祭り状態になっていた。
     少しずつとはいえ、ずっと食べ続けていた事でリンゼヒースは満腹になりつつある。普段食べられない物を熱々の状態で口に出来るのは新鮮で嬉しかったが、こうも連続で続くと流石にうんざりしてくるものだ。しかし、幼馴染は差し出される物を食べて味わってはアドバイスを繰り出している。量的にはリンゼヒースが食べた量よりも多い筈なんだが、あの細身の体の何処に入っているのだろうか。
     食べ続ける幼馴染の姿に戦慄しながらリンゼヒースは新たに差し出された良く冷えた果実水を啜るのだった。
     
    「お待たせー……って早速洗礼を受けた後かー」
     しばししてやってきたのはサディアスだ。食べ物に埋もれてぐったりしているリンゼヒースの様子に苦笑すると、彼はその辺にあった揚げ菓子を摘んで口に運んでおいしーと無邪気に感想を零す。
     げんなりしながらその様子を見ていたリンゼヒースは色んな意味で打ちのめされていた。まさか初めて遊びにきた城下での仕打ちが王弟である事にすら気が付かれず、大量の食べ物で責められるとは思いもしなかったからだ。
    「……毎回こうなのか?」
    「フィンがいる時はならないね」
     成る程。独占欲が強い幼馴染はこうならないよう適度に威嚇して追い払っているようだ。
     まだまだセイアッドの前に差し出される食べ物の列は途切れそうにない。美食家で知られるレヴォネ家のお墨付きが貰えれば店として箔がつくのだろうが…。
    「まだ食べるのか……」
    「ほんと、何処に入ってるんだろうね」
     見ているだけで満腹になっているリンゼヒースとは対照的に食べ物を摘み始めたサディアスは楽しそうに幼馴染の様子を見ている。
     そんな別の意味での兵糧攻めは用事で遅れて合流したオルテガが辿り着くまで続いたのだった。
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