独り占め うーん、顔が良い。
目の前で眠っている男の寝顔をまじまじと見つめながら改めてそう思う。
勿論顔だけが好きな訳ではないが、顔も非常に好みだ。元々「俺」の好みが反映されているのか「私」に影響されているのか、オルテガという存在は俺にとって非常に魅力的である。
逞しい体躯、誠実で優しい性格、低くて甘い声、精悍な顔立ち、強い眼差しをした黄昏色の瞳。
何もかもが俺の好みで参ってしまう。そんな相手から四六時中口説かれている状況で平静が保てる訳もなく、俺はいつもやり込められていた。
そもそも、誰かにこんなふうに求められた経験がないからどうして良いのか分からなくなってしまう時がある。その度にオルテガは優しく俺の手を引いてくれるのがまた好きだ。慣れない俺に焦る事なく付き合ってくれるのは本当にありがたい。
そんな彼に何かお返しがしたいと常々オルテガが喜ぶ事をしたいと思いながらも何をして良いやら思い付かなくて悩んでいるところだ。何しても喜んでくれるだろうが、どうせならオルテガが心から喜んで食い付いてくるような何かがしたい。そうなって来るとどうしてもいやらしい方向に思考が走りがちなので俺も毒されているな。でもなぁ、他に思い付かないんだよ。
「……さっきから何を考えているんだ?」
急に低く掠れた甘い声がするから驚いてしまった。いつの間にかオルテガが目を開いて俺を見ているじゃないか。
「俺といるのに他の事を考えるなんて妬けるな」
耳元で色っぽい声で囁くのをやめて欲しい。腰に来る。見透かされていたようで大きな掌が俺の腰をなぞった。
「こら、勘違いするんじゃない。お前の事を考えていたんだ」
「俺?」
オルテガの表情に一気に喜色が滲む。本当にこの男はセイアッドが大好きだな。
「その……私もお前に何か返したいんだが、何をすれば一番喜んでくれるのか考えていたんだ」
「リア……っ」
俺の言葉にオルテガが破顔した。ぐうぅ、こういう表情は親しい者の前でしか見せないのを知ってるから堪らない気持ちになる。本当にこの男ときたら!
「お前がしてくれるなら何でも嬉しい」
ぐりぐりと鼻先を擦り寄せて大型犬のように甘えるオルテガに辟易しながらも予想通りの返事をつまらなく思う。
「そう言うだろうから悩んでいたんだ。探せば特別嬉しい事柄の一つくらいあるだろう」
そう尋ねれば、やっとオルテガは思案してくれるようだ。しばらく難しい顔をしていたが、不意に俺の方を見る。
「……本当に何でも良いのか?」
「私に出来る事なら」
言ってからちょっとだけ後悔する。めちゃくちゃな要求が来たらどうしよう。
「ならば、お前の時間を一日分俺にくれ」
のしりと俺の上に上半身を乗り上げながら強請られて少々拍子抜けする。俺の胸に鼻先を擦り寄せて甘えるような仕草にキュンとしつつ、硬い髪を撫でてやりながら何をされるのか考えた。
これは朝から晩までベッドから出してもらえないやつなのでは!?
激しいオルテガも好きな俺は少し期待してしまう。途端にきゅうと胎の奥が疼くのを感じて苦笑する。いつからこんなはしたない人間になってしまったのやら。
「……フィンの望むままにしよう」
応えながら前髪をかき上げて額にキスをすれば、オルテガが満足そうに微笑み、俺を抱き締める。嬉しそうな様子に俺まで嬉しくなるが、本当に何をするつもりなんだろうか?
一抹の不安は拭えないものの、そんな不安より珍しく甘えて来るオルテガを甘やかす方に集中するのだった。
そして、何とか捻出した約束の日である。
オルテガの部屋に来ていた俺は広いソファーに腰掛けて両手を広げて見せた。
「さあ、煮るなり焼くなり好きにするといい」
覚悟を決めた俺のセリフにオルテガが苦笑いを浮かべる。おっと、早速空回りか?
「何の想像をしているのか知らないが、今日は俺と一緒にのんびりしてもらうぞ」
「のんびり?」
「のんびり」
鸚鵡返しを更に鸚鵡返しされた俺は拍子抜けする。てっきりあんな事やこんな事をされるものだとばかり。
少々の落胆を覚えていれば、オルテガが俺の隣に座る。そのまま俺の肩に頭を預けて来るのでついドキリとしてしまう。最近思い知ったが、俺はオルテガに甘えられるのに非常に弱い。
「今日一日はお前を独り占めにさせてくれ」
そんな俺が甘ったれた声でそんな事言われてみろ。イチコロですよ。
「……肩より此方の方が良いだろう」
つい叫び声を挙げそうになったのを必死に堪えて自分の膝をポンポンと叩く。いわゆる膝枕だ。好きな相手の膝枕なんて男の浪漫だろう。
「有り難く借りるとしよう」
嬉しそうにオルテガが俺の膝に頭を乗せてソファーで横になる。相手の頭が自分の膝の上にあるって何とも言えない気恥ずかしさがあるな。
「重くないか?」
こんな時でも俺を気遣うのが愛おしい。首を緩く横に振って膝の上にある頭を撫でてやる。嗚呼、これは悪くないな。思う存分にオルテガを甘やかしてやれる。
「なぁ、本当にこんな事で良いのか」
ともあれば眠ってしまいそうなオルテガにそっと訊ねる。もっと望みがあると思っていたが、彼が望んだのは俺との時間だ。
「良い。お前の時間を独占するなんてこの国で一番難しい事だろう」
「まあ確かに……?」
宰相に復帰してからは確かに暇無しである。だが、それはオルテガも同じだ。
「これは……私にとっても褒美でしかないな」
総騎士団長を独り占め、なんて改めて考えてみるとこの上なく贅沢だな。
「俺との時間をそう思ってくれるのか?」
嬉しそうな声音。機嫌良く細くなる黄昏。嗚呼、愛おしい。これを独占出来るなんて世界で一番幸せに違いない。
「当たり前だろう。伴侶になる男と共に過ごす時間が嫌な訳がない」
「はは、そうか」
少し可愛げのない言い方になってしまったが、それでもオルテガは嬉しそうに笑ってくれる。嗚呼、好きだ。何でこんなに愛おしいんだろう。
俯いてオルテガの顔を見つめれば、俺の髪が流れてカーテンのように周囲の景色を遮る。応えるようにオルテガが手を伸ばして俺の頬に触れた。温かいその感触が嬉しくて頬を擦り寄せながら俺も笑みを浮かべる。
「今日は一日、お前だけの私だ。好きにすると良い」
「ではまずは二度寝に付き合ってくれ」
「ふふ、承知した」
軽い言葉を交わして、俺もソファーの背凭れに背を預ける。
膝の上にある温もりと、手に触れる髪の感触を心地良く思いながら俺達は存分に穏やかな時間を楽しむ事にした。