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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    編み物と嫉妬なオルセイ

    白糸と嫉妬 白糸と嫉妬

     秋を迎える前にレヴォネ領主には二つ仕事がある。
     一つが自らの手で薔薇を摘んで薔薇水を作る事。
     薔薇水とは読んで字の如く、薔薇の成分を抽出した水だ。「俺」のいた世界でも作られているものであり、摘んだりする手間はあるものの、これはそう難しくない。
     問題はもう一つの方だ。

     細い糸と細い金属の針を動かし続けて早半日。
     終わりが見えない作業に俺は半ばうんざりしていた。
     目の前には所々に薄い青色の宝石のビーズが光る真っ白なレース編みが広がっている。半日の集大成としてはなかなかなものが出来上がってると思うが、完成にはまだ時間がかかりそうだ。
     朝から編み始めて始めて半日で三分の一といった所だろうか。流石に指が攣りそうで一度休憩を取ることにする。
     今作っているのはレース編みのショールだ。
     青いビーズは水属性の魔石を加工したもので、ひと足先に作った薔薇水と共に領地で執り行われる祭りに必須の代物である。
     レヴォネ領では毎年晩夏の時期に、蒼鱗湖を御神体としてお祭りが行われる。厳密に言えば、湖を作ったと言われる蒼竜アルヴィオーネを精霊として祀っているんだが、実際に竜がいる訳ではないので、湖本体とそのほとりに安置されている竜の彫像を御神体として祀っている。
     その儀式で捧げられるのが領主、あるいはその家族が自ら手掛け作り上げた薔薇水とレース編みのショールだ。
     何でもアルヴィオーネがこの二つを好んだかららしいが、薔薇水はともかくとしてショールの方はもうちょっと何とかならなかったのか。
     脳内で愚痴りながらもちゃかちゃかと手を動かし続ける。同じパターンの繰り返しだから慣れてきたら半ば自動運転みたいになってきたな。
     そんな事を思っていれば、コツコツとドアがノックされた。
     手を動かしながら返事をすれば、入ってきたのは銀のトレイを持ったオルテガだ。
    「毎年のことながら壮観だな」
     軽食を手にやってきたオルテガが褒めてくれるのが嬉しい。「俺」になってから初めての作業で不慣れだったから心配だったんだ。体が動きを覚えていたから何となく出来ているように見えるけど不安は不安だ。
     真っ白なレース糸はラソワの絹を使った一級品。水の魔石もこれほど小さなビーズに加工するのは大変らしく、高級品だ。
     神様に捧げるものだから手を抜けないんだが、流石に疲れてきた。
    「少し休憩したらどうだ。朝からずっと作業しているだろう」
     甘やかすような声と頬を撫でる手の感触に心が揺らぐ。しかし、今日中に半分以上行っておかないと祭りに間に合わない。
    「休みたいのは山々なんだが、今日中にある程度進めておかないと間に合わないんだ」
     毎年もう少し余裕があるんだが、今年は諸々の騒動のせいで取り掛かるのが遅くなってしまった。そのせいで薔薇水は庭の薔薇の時期が終わりかけてしまったからいつもより量が少ないし、突貫工事でショールを編む羽目になっている。
     領地に送る算段とかを考えると次の休みには完成していないと間に合わない。しかし、休みとはいえ何かしら起これば儚く散るのが俺の休みである。やれるうちにじゃんじゃん進めたい。
     オルテガの方に視線も向けずに一心不乱に編んでいると、視界の端にずいと何かが割り込んできた。
     何だと思って手を止めて見れば、オルテガが俺の口元にサンドイッチを差し出している。
     こ、これはもしや「あーん」では!?
     俺が先にやりたかったとか小っ恥ずかしいとか色々な感情が渦巻くが、笑顔のオルテガに差し出された俺はあっさり折れた。食べないなんて勿体無い事出来るか!
     恐る恐る齧り付いたそれはハムとチーズのシンプルなサンドイッチだ。程良い塩気とパンの甘味が空腹に沁みる。ご飯美味しい。
     しかし、咀嚼して飲み込むと再び差し出され、を幾度か繰り返しているうちに気が付いてしまった。これはあれだ、雛の餌やりみたいだ、と。何だか情けない気分になるが、視界の端に見えるオルテガは妙に御機嫌そうだからもういいや。それより何より作業の方が大事だ。

     そして、窓から射し込む光がオルテガの瞳のような鮮やかなオレンジ色になった頃。
     俺は目の前に広がるレース編みを見て歓喜の溜め息を零した。
     進捗的には四分の三くらいまでいけただろうか。これなら次の休みまで毎日少しずつ進めれば間に合いそうだ。
     やっと編み針を置いて凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。肩や腰もだが手も痛い。しかし、その努力は壮麗なレースとなって形となっている。指が攣りそうになりながら編んだ甲斐があったというものだ。
     夕日のオレンジに染まった糸の合間にちらちらと水の魔石が輝くのはなかなか綺麗で、このまま売り物にしてもいける気がする。自画自賛と言ってくれるな。それくらい頑張ったんだ。
    「今日は終わりか?」
     俺の隣で大人しく読書をしていたオルテガがいそいそと俺の手元を覗き込んでくる。どうやら終わるのを横で健気に待っていたらしい。
    「美しいな。祭りで使った後はどうするんだ?」
     そわそわしている様子を見るに、欲しいのだろうか? だが、残念なことにこのショールはオルテガにあげる事は出来ない。
    「儀式の後、売りに出されるんだ。薔薇水は小分けにして、ショールは競売という形で」
    「……初耳なんだが?」
    「あれ、言ってなかったか? 水竜の加護を受けたショールは豊穣祈願の縁起物になるそうだ。毎年良い値段で売れるから今年も楽しみだな」
     この祭りで集客してがっつり領地を肥やすつもりでいる俺とは裏腹にオルテガの表情は暗い。
    「そうか……」
     低い呟きにはっと気がつく。もしかしてこの男…!
    「お前は競売に参加するなよ。儀礼的なものだが、参加している者達は真剣に豊穣を願って参加している。無関係のお前が横槍を入れるのは許さない」
    「……」
     俺の先制攻撃に、オルテガが拗ねたように視線を逸らす。何だその可愛い仕草は。そんな事したって許さないからな。
    「全く、誰彼構わず妬くのはやめろと言っているのに」
    「……お前の指が編んだ物を他の者に渡すなんて許せる筈もないだろう」
     うーん、今日も絶賛拗らせているな。なんて嫉妬深いんだこの男は。
     何とか納得させる方法はないかとあれこれ考えるが、碌な案が浮かばない。仕方が無い、代わりの何かを編む事で諦めてもらうしかなさそうだ。
    「時間が掛かっていいならお前にも何か編んでやるから」
    「本当か?」
     パッと表情を輝かせたオルテガにぐうと唸りながら言葉に詰まる。こういう所が可愛くて仕方ないから俺も重症だな。
    「とはいえ凝ったものは出来ないぞ。精々マフラーくらいしか……」
    「お前が編んでくれるなら何でも良い」
     抱き締められてぐりぐり頭が擦り寄せられる。こういう風に喜んでくれるからつい甘やかしてしまうんだよな…。
     髪を撫でてやりながら抱き締めて身を寄せる。
     さて、嫉妬深くて可愛らしい恋人に何を作ってやろうかな。
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