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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    嫉妬したセイアッドとダーランの話

    臍曲がりの悋気 オルテガはモテる。
     まあ当然だろう。優しくて実直な性格、端正な顔立ち、低い美声、逞しい体躯、美しい黄昏色の瞳。
     見目や性格だけでも完璧なのに、更に地位まである。
     寄ってくる有象無象は尽きない訳だ。

    「……面白くない」
     むっつりしながらロアール商会にある自分のデスクの上でペンを転がす。やらなきゃいけない仕事は沢山あるんだが、千々に乱れた心がそれを許しちゃくれない。
    「さっきからそればっかじゃん。仕事進まないから早くやる気叩き起こしてよ」
     幾度目かの呟きに、同じ部屋で仕事していたダーランが呆れたように声を挙げる。すまんな、やる気は家出してどっか行った。探す気もない。
     とあることがあって屋敷に帰りたくなくてロアール商会にやってきたのは良いが、仕事のやる気も起きない。
    「あーもー! 面倒くさいなぁ。話聞いてあげるからご機嫌斜めな理由教えてよ。直ぐ原因を叩き潰してくるからさー」
     ダーランに面倒くさいと言われた事に少々ショックを受ける。いやまあ確かに面倒くさいな、今の俺は。
     このままぐたぐた言っても仕方ないし、と続く物騒な言葉は聞かなかった事にして俺は今日見聞きした事をダーランに話す事にした。

     時は遡る事、今日の夕時。
     帰る時刻になった俺はキリが良かったからいつもより少しばかり早く仕事を切り上げて廊下を歩いていた。
     いつもならオルテガが来るのを待つんだが、今日は俺の方から出向こうと思った次第だ。道筋は一つしかないからすれ違う事もないだろうと歩いていれば、少し先から女性の声がする事に気がついた。
     何か騒ぎでも起きているのかと思いながら歩いていけば、そこにいたのはオルテガだった。それも女性に囲まれた、だ。
    「ガーランド様ぁ、私の家で近く夜会を催しますの。宜しければ是非おいでになって下さいませんか?」
    「まあ、抜け駆けは許さなくてよ! ガーランド様、わたくしの家の方が先に……」
     一人が口火を切ると我も我もとオルテガを自分の屋敷で開く夜会に誘い始めた。細い腕をオルテガの腕に絡めようとしてそっと拒否されても彼女達は諦めずに食い下がる。
    「お誘いは嬉しい限りですが、今は職務で忙しい身ですので」
     重ねて優しい笑みと共にやんわり拒否する姿にモヤッととする。もっときっぱり断ってくれれば良いのになんて場違いな怒りが浮かんできて、直ぐに自己嫌悪感に襲われた。
     公的に俺達の仲は認められていないのだ。
     婚約者のいない者達にとってオルテガのような超絶優良物件は何が何でも手に入れたいのだろう。しかし、今の俺には大手を振って彼女達に「こいつは私の婚約者だ」と宣う事も出来ない。
     何となく居た堪れなくなって足早にその場を去る。背後でオルテガが俺に気が付いて何か言っていたような気がするけれど、俺はそのまま一人で帰ってきてしまったのだ。

    「……要するにオルテガ様が他の女に囲まれてチヤホヤされてたのが気に入らない、と」
    「ぐ……要約すればそういう事だな」
     呆れた様なダーランの視線と声音が突き刺さる。冷静になって振り返ってみれば随分と子供っぽい独占欲だ。なんだか臍を曲げていたのが恥ずかしくなってきた
    「面倒くさぁ。そんな有象無象なんてその場でちゅーの一発でも見せつけて蹴散らしてやれば良かったのに」
    「なっ!?」
     ダーランの爆弾発言に一気に顔が熱くなる。
     人前なのに出来るか! と言い返そうと思ったが、言葉が出て来ずにぱくぱくと口を動かすだけしか出来ない。
    「もっとすごい事散々されてる癖に今更何言ってんの。リアが恥ずかしがったって今更なんだからもっと攻勢仕掛けて俺のものだって喧伝していかないと誰かに横から掠め取られるよ」
     誰かに取られる。
     その言葉に頭を殴られたようなショックを受ける。
     取られる? オルテガをか?
     彼の隣に自分以外がいる事を想像して背筋が寒くなる。
     以前なら仕方ないと諦めていたのだろう。だが、今は許せる訳がない。
     仄暗い怒りが湧き上がる中、ドタバタと外が騒がしくなる。
    「ねえ! すごい形相のオルテガ様が来たんだけど!?」
     悲鳴混じりで叫びながらシンユエが執務室に飛び込んできた。その後に続いて入ってくるのはオルテガだ。
     息を切らせているし、髪も乱れている様子を見るに俺を探して走り回っていたんだろうか。
    「リア!」
     走り寄ってきたオルテガが俺を強く抱き締める。途端に身を包んでくれるオルテガの体がいつもより熱くて少し驚いた。
    「一人で帰らないでくれ。お前に何かあったらどうする」
    「フィン……」
     侯爵家の護衛もダーランの配下もついてくれているんだが、その上で自分も守りたいらしい。
     慣れた熱と匂いにホッとしながら自分の狭量さが恥ずかしくなった。
     勝手に帰った俺を汗ばむ程必死に探してくれていたようだ。
    「……すまない。もうしないから」
     広い背中に腕を回して抱き着きながら反省する。
     散々オルテガに対してやれ狭量だの妬くなだの言ってきたというのにこの為体。我ながら情け無い。
    「お前が無事なら良いんだ」
     迷惑をかけてしまったことで落ち込む俺を慰める様に幾度も額や頬にキスを落とされる。こうやって甘やかされるから増長していたのかもしれない。
    「何かあったのか?」
    「う……そ、それは……」
     理由を聞かれて返答に困る。まさか女に言い寄られているのが面白くなくて臍を曲げて帰ったなんて言える訳ないだろう。
    「オルテガ様が女に言い寄られてたのが気に入らなかったんだって」
    「ダーラン!」
     俺が返答に困ってる間にダーランがオルテガにバラしてしまった。
     羞恥で顔が熱くなる俺とは対照的に、オルテガは喜色満面といった様子で笑みを浮かべる。
    「そうか。妬いてくれたのか。安心してくれ。俺はお前以外に靡いたりしない。お前が気にするなら次からはもう少し強く断るとしよう」
     俺の嫉妬が原因と知れたことで御機嫌になったオルテガは物凄く楽しそうだが、俺は羞恥で死にそうだった。
    「はいはい、もう仕事になんないからさっさと帰って好きなだけイチャイチャしておいでよ」
    「覚えてろ、ダーラン」
     オルテガの腕の中で恨み言を呟くが、ダーランには大したダメージにならず楽しそうにカラカラ笑われただけだった。
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