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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    結婚生活に危惧を覚えるセイアッドの話

    墓場と墓穴 結婚とは人生の墓場、なんて格言は誰の言葉だったか。
     遥か昔に聞いた事を何となく思い返しながらぼんやりと窓の外を見る。視線の先にあるのはガーランド家の屋敷、そして一番手前にあるオルテガの部屋。何となくその部屋を見つめながら思いを馳せるのはこれからの事だ。
     今は隣同士とはいえ別の屋敷で暮らしているが、婚約が成ったら一緒に住む事になるだろう。婚約時点で婚家に入るのは珍しいケースだが、オルテガは間違い無くうちに越してくる筈だ。
     そうなると出てくるのが部屋問題である。
     普通であれば、婚約者ならば当主と部屋続きの伴侶用の部屋を割り当てられるものだ。実際レヴォネ家の俺の部屋にも隣り合った部屋はあるし、繋ぐドアもある。しかしだ、あの男が大人しく隣で寝起きする訳ない。絶対俺の寝室に来ては構い倒すに違いないし、何だったらそのまま朝まで寝かせてもらえないという危惧さえ…。
     領地では良かった。仕事は領とロアール商会の事だけだったから散々ヤッてベッドで一日過ごすなんて自堕落に過ごせたが、王都ではそうもいかない。俺は宰相、あいつは騎士団長としての仕事があるのだ。
     体力的にもしんどいので程々にして欲しいんだが、あの絶倫男がその程度で止まる筈がない。そうなってくると寝室を分けるのが一番現実的になるんだが、果たして大人しく分かれてくれるのだろうか。
     どうしたもんかとうんうん唸っていると不意に背後に気配を感じた。振り返る間も無く腹に回されるのは太くて逞しい腕。背に触れるのは慣れた温度だ。
    「考え事か?」
     耳元で響く甘い低い声。腰にくるからやめて欲しい。しかし、それを口にすればここぞとばかりに責めてくるだろう。本当に勘弁して欲しい。色気を抑えろ、俺を殺す気か。
    「……驚くから気配を消して上がり込むのはやめろと何度言ったら覚えるんだ」
     心臓がバクバク言ってるのはびっくりしたからだ。断じてオルテガがエロいからじゃないぞ。
     呆れたような口調で言って見せてもオルテガには筒抜けなんだろう。耳元で小さく笑う気配がした。
    「驚くお前が可愛いからやめられそうにない。それに……」
     腹に回された大きな手が、薄いシャツの上から不埒な動きをする。ない腹筋をなぞるように動く指先に背筋がゾワゾワして思わず体が震えた。
    「予告すれば逃げるだろう?」
     最中みたいな色気満載の声が耳元で響く。同時に耳を熱い吐息が擽るのがまた堪らない。
     ああああ! 気合いを入れろ! こういう時に直ぐに流されるからオルテガも調子に乗るんだ!!
     ノーと言える男にならねば、今後俺の腰が死ぬ!!
    「……っ! ダメだ。明日も仕事だろう」
     毅然と言い返しながら不埒な動きをする手の甲を軽く抓ってやる。全く、油断も隙もない。直ぐにこうやって触ってくるんだ、この男は。
     叱られたオルテガが少しばかり体を起こしたお陰で耳元に触れる吐息がなくなった。それに安堵した瞬間、急に世界が反転する。
    「うわっ!?」
    「つれないな。俺はお前が欲しくて堪らないのに」
     思わず悲鳴を上げながらしがみつくのはオルテガの体だ。どうやら急に抱き上げられたらしい。だから、そういう事をするなというのに!
     文句を言おうと口を開きかけるが、爛々とした黄昏色の瞳とばっちり目が合った瞬間に引っ込んでしまう。ヤバい、なんか知らんがオルテガがヤる気満々だぁ!!
     何かしたっけかと必死に思い返すが、今日は怒らせるような事や煽るような事はしていない筈だ、多分! しかしながらセイアッドに対して狭量過ぎるこの男には思いも寄らぬ地雷が転がっていたりするので知らぬ間に何かしら踏んだのかもしれない。
     軽くパニックになっている俺を抱き上げたままオルテガが悠々と向かうのは俺の寝床だ。少々乱暴に降ろされた辺りやはり何か地雷を踏んで怒らせたらしい。しかし、俺にはこれっぽっちも心当たりがない。謝るにしても言い訳するにしても原因が分からなければ対処のしようもないのだ。下手に言い訳すれば火に油を注ぐ事になりかねない。
     内心でめちゃくちゃ慌てている俺とは裏腹にふー、と深く息を吐きながらオルテガがベッドに乗り上げてきた。そして、俺の目の前で深い宵闇色の前髪を掻き上げ、片手で自分のシャツのボタンを外し始める。はだけたシャツから覗く体が色っぽい…じゃなくて! あああ、いつもかっちりした服装なのが着崩した姿がワイルドで堪らない! …じゃなくてー!!
    「リア」
     余裕たっぷりに雄の顔で微笑む美丈夫は壮絶な色気を纏っている。眼福なんだろうけど、今はそんな事言っていられない。明日は視察であちこち出掛けなきゃならないんだからな。
     何をやらかしたんだ、俺! 早急に思い出せ!
     今日は何があったっけか。ええと、朝からオルテガに送ってもらって自分の執務室に行って…リンゼヒースから差し入れで貰った菓子を食べたくらいか?
    「菓子を貰ったことか?」
    「……誰に貰ったんだ?」
    「え、ルアクからだけど……」
     初めて聞いた、みたいな様子にこれじゃないのかと次を考える。えーと、他に何か…ああ、そうだ。セクハラ親父の宮廷貴族に尻を触られたんだった。
    「尻を触られた事か?」
    「触ったのはどこのどいつだ」
    「ひぇっ!?」
     ぐるる、と唸る様な声を漏らしながら尻を鷲掴みにされて思わず悲鳴をあげる。これでもないのか!? というか、さっきから俺が墓穴を掘っているようにしか思えないんだが…っ。
    「な、何がダメだったんだ?」
     あわあわと訊ねれば、ゆるりとオルテガが首を傾げた。あれ、これは俺に原因ない感じか?
    「……驚かせようと思って部屋に入ったら、お前が俺の部屋を見つめているのを見て、堪らなくなった」
     少々恥ずかしそうに呟きながら俺を抱き締めるオルテガの熱を感じつつ俺は思った。
     俺が原因じゃないんかい!! と…。
    「早く一緒に暮らしたいな。そうしたらいつでも一緒にいられるのに」
     甘い声で言いながらキスの雨を降らせてくるオルテガの言葉にぐうとなる。くそう、可愛い事言いやがって。
    「フィン……」
     名前を呼びながらでかい図体を抱き締めるとまるで大型犬のようにオルテガが鼻先を擦り寄せてきた。こういう仕草に弱いのを知っててやってくるんだからタチが悪い。
     いやいや、絆されるな。今セックスはしないし、同棲し始めたら寝室は別にしなければ。…と思ったところで再び尻を鷲掴みにされる。
    「ところで……お前の尻触った不埒者は誰だ?」
     にこやかに訊ねるオルテガの様子に俺は背筋が凍り付くのだった。
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