ロビン・ウィリアムズの安堵 閑話 ロビン・ウィリアムズの安堵
ロビン・ウィリアムズは平凡な男だ。
良くある栗毛の髪に、良くある空色の瞳。そばかすの散った顔は愛嬌があるが、男らしさからは程遠い。
そんな彼は王都でも上から数えて両手に入るくらい大きな商会の三男として生まれた。
性格は温厚そのもので、のんびりした気性は商人には向かないと父や兄からは散々小馬鹿にされている。しかし、そんな温厚で誠実な彼だからこそ、商会で働く者達や出入りする者達にも丁寧に接し、人望を得ていた。
商人としては一押し足りないけれど、優しく温和な性格故に人に好かれる。
ロビン・ウィリアムズはそんな人物だ。
彼は兄達がそうだったように父が金に物を言わせて王立グロワール学園へと入学させられ、そこで平民から伯爵家の養女となったステラと出逢う。
初めは同じく平民である事から必然的に話す機会が多くなった。ステラは可愛らしい少女であり、無邪気で爛漫な振る舞いは多くの貴族からしてみれば目を顰めたくなるようなものだったが、平民の女子としては快活で好ましいものだ。
ロビンにとって後から編入してきたステラは半ば妹のような存在であり、淡い初恋の相手でもあった。そんな想いを抱えつつも、彼女が高位貴族達と親しくなっていくのを見て、ロビンは危惧を覚える。
今は伯爵家の令嬢かもしれないが、元々は平民だ。そんな女が高位貴族の令息に擦り寄るのを見て周りはなんて思うかなど火を見るより明らか。
ロビンは幾度となく忠告した。貴族の男性に気軽に近寄るべきでは無いと。しかし、ステラはロビンの危惧を笑い飛ばすだけだった。
「私はヒロインなんだから、皆から愛されて当然なのよ」
ロビンにはステラの言っている事が分からなかったが、一つだけ確かな事があった。このままではいつか彼女は身を滅ぼす、と。
そんな嫌な予感は数ヶ月後に最悪の形で的中する事となる。
彼女と彼女を取り巻く男達はよりにもよって宰相であるセイアッドを無実の罪で領地へと追いやったのだ。その頃には度々忠告する事を煙たがられてステラと離れて過ごす事も多くなっている時期で、ロビンは彼らがそんな計画を進めているなんて知りもしなかった。
平民故に全てが終わった後に噂話で宰相追放の話を聞いた時には愕然とした。なんて事をしでかしたのだろう、と。
王都で商売をする上でロアール商会の存在は誰しもが知る事になる。国内でも随一の販路を持ち、あのラソワとも国内で唯一と言って良い大口の取引を行っている稀有な商会。そんな商会の商会長をしているのがセイアッドだ。
自分の商会を手伝う傍ら、ロビンはセイアッドの手腕にはいつも感服していた。国内の経済状況を把握し、円滑に回るように市場を操作する。そうして四年前の飢饉と恐慌から国はゆっくりと立ち直ってきたのだろう。
それでいて、社会貢献も欠かさないのがロアール商会の凄いところだ。いくつもの孤児院や救護院を支援し、職業の斡旋や教育に尽力している。商人たる者こう在るべきなのだとロビンはずっと思ってきた。
しかし、セイアッドが王都を追放され、領地へ帰った事で事態は大きく変わった。初めのうちは最も有力な商会が撤退した事で他の商会達は競って商売に精を出していた。儲けも出て調子に乗り、新たな商売に手を出す者も多かったという。
ロビンの父親も彼等と同じ轍を踏んでいた。ロビンがステラと親しかった事で王太子からの用命を受ける事もあり、彼はますます調子に乗った。そうやって栄華を謳歌する商会を、ロビンは冷めた思いで見ていた。こんな事が何時迄も続く筈がないのだから。
父や兄が調子に乗って様々な事に手を出し、ロアール商会の代わりにステラの御用聞になってからもロビンは変わらず堅実に働いた。そんなロビンを父も兄も小馬鹿にするが、身の丈に合わない事をしている者達こそ愚かだとロビンは思っている。
国内随一の商会であったロアール商会が一斉に王都から撤退した事で王都の住人達にも少しずつ変化が押し寄せていた。まずは嗜好品が手に入らない事で貴族達から不満が上がる。
特に茶や美容品といった女性向けの商品が出回らなくなった事で貴婦人達は血眼になって愛用の品を探していた。男性も煙草などの嗜好品が品薄になり、代替品を探す羽目になる。
続いてじわじわと上がる物価に王都に住む平民から不満の声が上がった。有事でもないのに物の値段が上がって、仕事は減り人々の生活は徐々に困窮していく。困窮した者が集まり、貧民窟を作った事で治安が悪化してより経済は衰退する。
そんな状況で自分だけ贅沢をするステラを見て国民がどう思うのか。そして、そんな彼女に商品を提供する商会がどんな評価を受けるのか。ステラも父も何故分からないのだろうか。
ロビンの危惧はある日突然牙を剥いて襲い掛かってきた。
調子に乗って父が手を出した事業で不渡りを出してしまったのだ。そして、その金が払えなければ抵当に入れていた全てを手放さなければならない。
取引していた者からそのことを告げられてウィリアムズ家は騒然とした。見せてもらった明細を見て、ロビンは眩暈を覚える。見た事もない額がそこには在った。それこそ、この商会を手放したってまだまだ多額の借金として残るであろう額だ。
どうしてこんな事になっているんだと大声でがなり立てる兄、呆然と座り込んでいる父。ロビンは絶望する父や兄の姿を見ながら一人安堵していた。
これで良かったのだ。うちの商会もステラも高望みをし過ぎた。元より過ぎた夢だったのだから。
話を終えた取引先の男は立ち上がり、悠然と出て行く。ロビンはその後を追って廊下で呼び止めた。
「ヒューゴさん、どうかうちの商会を宜しくお願い致します」
訝しげにしていた銀髪赤眼の男を前に、ロビンは深く頭を下げる。彼はロビンの言葉を聞いて細い目を微かに見張ると、楽しそうに笑みを浮かべた。
「見所のある方もいらっしゃる様だ。……悪い様にはしないから安心してくれ。俺の主人も過ぎた不幸は望んでいない」
そっと教えてくれた事に感謝し、もう一度深く頭を下げる。
不相応な事などするべきではない。堅実に生きる事こそ、幸せに繋がるのだ。今一度、初心に立ち帰る時だとロビンは思う。
ステラが気が付いてくれる事を祈るが、きっと彼女にはこの声は届かないだろう。
ウィリアムズ商会が手を引く事で、彼女はまた一つ孤立を深める。
浮かれている彼女は周りを顧みない。気が付いた時には彼女はきっと一人ぼっちだ。
そんなステラの事を気の毒に思うが、ロビンにはどうしようもなかった。