黒に溶け、青に堕ちる2 原作を一通り読み終わった千隼は次に他のメディアミックスに手を出していた。
昨今の傾向として人気のある作品はあらゆる方向にメディア展開される。原作が小説でも人気が出ればコミカライズされ、それがアニメ化し、更に実写や舞台となる。
今回の作品はメディアミックスの段階で言えば最終段階といったところだろうか。
コミカライズとアニメ化を果たし、今回の実写化だ。されど、こういった作品の実写化には批判が伴うのも常である。
特に確固たるキャラクター像が出来上がっている状態に下手な実写化をぶつければ炎上するのは必須。その点を考慮しているのだろう。製作陣はかなり慎重に話を進めているようだ。
情報として実写ドラマ化する事が報じられているが、やはり反応はイマイチ芳しくないらしい。
日常を切り取ったような作品であればまだ良かったかもしれない。同じBLを主題とした作品で成功したものは沢山あるのだから。
しかし、今回は歴史ファンタジーを謳うものだ。髪型や衣装一つでも批判の的になるだろうし、相当作り込まないと安っぽくなってしまう。
顔合わせはまだだが、衣装合わせの予定は既に何度か入っていて画像も見せてもらった。製作陣の気合いの入れようは衣装からも伝わってくるような出来で袖を通すのが楽しみになっている。
それと同時進行で調べているが共演者の冬部青の事だ。
いくつか円盤になっている舞台があったため、それらにも全て目を通した。
それを見る限りではやはり良い役者だと千隼は思っている。ただ、今回割り当てられた作中のキャラクターとはあまり似つかわしくないのだ。
千隼が原作やアニメを見た印象では青が演じる藤月鬼というキャラクターは知的でありながら奔放で妖艶な魅力を持つと描かれていた。生前は勉学に励んでいた事から非常に博識で知性に溢れ、時には大学寮の者すら弁論で言い負かす。そうかと思えば艶やかに尹明に擦り寄り、尹明に害成す者には容赦しない。妖艶で残忍な鬼としての一面を持つ。藤月鬼とはそんなキャラクターだ。
事前に調べたインタビュー記事や舞台を見た限りでは冬部青の印象は真逆だった。快活で爽やかな好青年。役どころでもそういったキャラクターを演じる事が多いようだが、果たして彼に藤月を演じる事が出来るのだろうか。そんな一抹の不安を抱いていた。
「そんなに心配なら一度観ておいでよ」
モヤモヤと不安や不満を抱えているうちにマネージャーによって千隼に手渡されたのは一枚のチケットだった。
見れば、それは今公演中の冬部青が主演している舞台のチケットとパンフレットだ。原作は小説だが、アニメ化した事で人気になった作品でメディアミックスの一環として舞台化された作品だった。
内容はミステリーだが、話題になっているのはその人間関係だ。完全無欠の探偵とその助手による愛憎劇を主軸に置いたストーリーで、ミステリーでバディものとしては異色の作品と言っても過言ではないだろう。パンフレットの表紙を見るに、冬部青は助手役を演じているようだ。
青が演じる助手は穏やかで物憂げな雰囲気を持つ美青年という設定で、探偵の助手としてその高い能力を振るっていた。優秀な助手として侍っているが、その正体はかつて探偵が追い詰めた事で死なせてしまった犯人の血縁者だ。復讐の為に探偵の側にいるのだ。しかし、探偵の側にいた事でその為人を知り、探偵が抱える後悔を知り復讐する事に躊躇いが生まれ…といった筋書きである。
千隼は原作の小説を既に読んでいる。その上で先日見た青の雰囲気にはあまり似つかわしくない配役だと思った。どちらかといえば、探偵の方が似合いそうだ、と。
そんな千隼の心情を察したのだろう。年上のマネージャーはウィンクして見せながら千隼の肩を軽く叩いた。
「見れば分かるさ。……彼はね、バケモノだよ」
やたらと意味深に呟くと、マネージャーはひらひらと手を振りながら去っていく。
千隼の手の中には一枚のチケットだけが残されたのだった。