これは全部幻覚です。絹の黒髪、サテンの肌、黒いポリエステル覆い尽くされた身体、夜闇のサングラスの向こうに、悪魔のような目。
あれと目を合わせちゃいけないよ。
合わせたら最後だよ。
あの子はそう言ってたっけ。
その男は、私を見下ろす。
サングラスで、見えない。
彼は歌う、低い声を響かせて歌う。
不意に横を向く彼はそのまま歌う。
歌う顎に黒髪。
その上に、サングラス、隙間からは。
「あ、」
ヤバい、そう思った。
吸い込まれる目をしている。
私が目を見開いた瞬間、彼はサングラスを外す。
サングラスを外した先にも夜闇はあった。
「こんなところでごめんね」
前髪がさらりと流れる。
ごくりと、口の中全てを飲み込んだ。
彼の吐息まで嚥下したように、感じる。
鼓動は跳ねたまま、落ち着きに帰ってくることはない。
「助けてくれませんか」
私は思わず口に出した。
彼は唇を動かした。
多分、彼が言うにはこうだ。
「助からないよ」
幻覚だ、分かってる。
彼の目が見せる幻覚だ。
彼の手が私の喉元に伸びる。
このまま喉を掴まれて、息を制限されたとて、問題はない。
だってもう息がこんなに苦しい。
溺れてるんだ、いつから
もう分からない。
でろでろの副流煙をいつから吸っていた
いつから、美味しかった
助けてくれともう一度言う前に、彼は私の喉を掴んだ。
あ、逃げられない。
目をしっかり見てしまったから。
こんな、イメージばかりの怪文書を書いたのはいつぶりか。
京都の女に沼っていた時以来。
そうさせた男が一人、女が一人。
やられた、はめられた。
そう、全部幻覚。