雪見酒静かな雪の夜、源頼光と鬼切は庭園の一角を見渡せる軒先に腰を下ろし、月明かりの下で酒を楽しんでいた。
冬の澄んだ空気は冴え渡り、雪で白く染まった庭の向こうには、輝く満月が冴え冴えと浮かんでいる。
積もる雪は月光を受けてほのかに輝き、その静寂の中で、二人の酒の香りだけが淡く漂っていた。
「雪を眺めながら酒を飲むのも、いいものだろう」
頼光はにっこりと笑い、杯を手に取った。
鬼切は酒を少しずつ少しずつ、慎重に口に含みながら頷いた。
「ああ、そうだな。今日は都が一段と静かに感じる」
鬼切は穏やかに酒を嗜んでいた。
月を眺めながら、時折頼光と言葉を交わし、杯を傾ける。
しかし、次第にその顔に赤みが差し、目も少し霞んできたようだった。
頼光はちらりと鬼切を見やると、静かに言った。
「鬼切、考えて飲めよ」
頼光が静かに忠告するも、鬼切は酒を飲み続ける。
「平気だ。俺は大江山の鬼だ。酒の一本や二本で……」
鬼切は頼光の声を振り切り、注がれた酒を一気に飲み干してしまった。
「ならば、好きにしろ」
頼光はわずかに肩をすくめた。
その時、鬼切は突然ふらりと立ち上がる。
手には傍らに置いてあった刀を握り、焦点のおぼつかない瞳は空中を睨んでいる。
頼光が訝しげに眉を顰める中、鬼切はふらふらと怪しげな足元で、雪の庭園に降り立った。
「悪鬼が、」
──そして、鬼切は刀を抜いた。
月光が刃に映り、煌めく光が雪の上を走る。
鬼切は、まるで見えない敵と対峙するかのように刀を構えた。
悪鬼などどこにもいない。
しかし、鬼切は頼光が教えた太刀筋のまま、雪の中で舞うように刀を振るった。
白銀の雪が舞い上がり、鬼切の動きに合わせて宙を踊る。
舞い散る雪片が月光を受けて煌めくたび、鬼切の刀もまた、光を反射して眩く輝いた。
刀が振られるたびに、きらきらと銀の光が閃き、まるで夜空に星が降るかのようだった。
──刀舞。
それは、戦いというよりも、武芸の神に捧げる舞いのようだった。
鬼切の動きは酔っていながらも乱れることなく、むしろ研ぎ澄まされた静謐な美しさを帯びていた。
月光を背にし、彼は軽やかに、まるで天と地の狭間を舞うかのように刀を振るう。
その姿は、頼光にとって目を離せぬほどに美しく、酒の肴と言うには惜しいほどだった。
頼光は静かに杯を口に運ぶ。酒の香りが広がり、喉を滑る冷たい感触が、鬼切の刀舞と相まって心地よかった。
美しい。
頼光は、ただそれだけを思いながら、杯を重ねた。
やがて鬼切の動きも鈍くなり、足元がおぼつかなくなる。
そして、ふらりと雪の上に膝をつき、座り込んでしまった。
「俺は……、もっと飲める……!」
頼光は苦笑いしながら庭に出て鬼切を支え、暖かい部屋の中へ戻してやった。
「もう十分だ。お前の刀舞は、見事だった。」
頼光はそう呟くと、すっかり意識のない鬼切を布団に押し込んだ。
夜空には相変わらず月が輝き、雪は音もなく降り続けていた。
頼光は再び杯を満たし、傍らに鬼切の気配を感じながら、静かに酒を口に運ぶ。
──輝く月、輝く雪、そして鬼切の刀舞。
そのすべてが、雪見酒の夜の一幕として、永遠に刻まれていくようだった。
「いいものだ。」
頼光は静かにそう呟き、杯を傾けた。