思い思われ、その先へ 今思えばあの人なりの不器用な愛情表現だったのではないかと譲介は思いつつある。
N県T村の神代診療所に来て、始めはK先生の神技の様な技術と知識に気圧されついていくのに精一杯だった。村人たちの交流も苦手であった。
その後は、K先生のオペ助手となり村人たちの交流混じりの往診にも誠実にこなしていく。
あの人が教えてくれなっかた事が、村では身をもって知る。この環境こそが医師として欠かせてはならないものがあった。
それから数年前、突如としてアメリカのクエイド財団行きが決まり、大学は当然ながらメディカルスクールへと確実に医師として成長している。
「放っちゃおけねぇ」と思ったガキは初めてだったなと、TETSUは過去を時々思い出す。
すっかり顔見知りとなった養護施設での出会いはセンセーショナルだった。ナイフで相手を脅し、場合によっては小動物さえ殺して人の心を支配する。
自分の記憶が確かならあのガキは他所の施設から移されたのだろう。顔見知りとなった養護施設には金銭面で余裕があり、経営に苦しんでいる他所の施設から受け入れていても不思議ではない。
大体の子どもたちは覚えがあるが、年長者になる和久井譲介は初めて見る顔だった。
だからこそ余計に気になったのだ。
コロナ禍と学業でようやく日本への一時帰国の目途がついたのが数日前。
和久井譲介は最低限の支度をキャリーケースに詰め込み、自室を出た。空港まではクエイド財団から運転手付きの自動車が運んでくれる。
「やっと日本へ一時帰国できますね。」と愛想の良い中太りの黒人男性の声に「随分と待たされました」と少々興奮気味に返した。
「恩師にご挨拶ですか?」
「それもありますが、どうしても会いたい人がいるんです。」
譲介は笑って本音から出た言葉を反芻した。