——キスしてもいいっすか!?
昔はそうやって、いちいち律儀に聞いてきたのになァ、だなんて。頭の片隅でひっそりと思いながら、今はただひたすらに俺の呼吸を奪ってくるニキを見る。そんな過去の言動は今や見る影も無く、2人きりになるや否や何度も何度も繰り返し無遠慮に押し付けられるニキの唇。文句を言ってやろうと薄く唇を開くと、これ幸いと言わんばかりにニキの舌がねじ込まれて言いたかったことは全てニキに喰らわれてしまった。
「ン、〜〜〜っ!!っは、ア、にっ、ぅン」
「っはぁ、りんねくん……!!」
いい加減に息苦しいンだよ。いつまで人の口の中ベロベロと舐め回してンだよ、おめェはワンちゃんですかァ〜〜?などと、非常によく回ると自負している舌で普段通り煽ろうにもその自慢のお口は現在塞がれているわけで。何か言葉を発しようとする度にその口からは到底自分の声だとは思いたくない、鼻に抜けたような甘ったるい声が漏れ出た。はしたなくて嫌になる。
マジでそろそろ離せとニキの胸をドンドンと叩くといかにも渋々……といった風にニキの唇が離れる。
「は、ァ……おまえ、マジでしつけェ」
キスを解禁してからもう随分になるいうのに。いつまで経っても一度キスすると俺が離せと言うまでずっとキスし続けるニキに、限度ってモンを知らねェの?こいつ。と小突きたくなる俺の気持ちも分かって欲しい。いくら俺が全生涯をかけて幸せにしてやりたいと思うほどにニキに惚れているとはいえ譲歩できない事はあるのだ。
「……だ」
「ン?」
「まだまだ全然……足りないっすよ。燐音くん」
「は、あ?、っんンむ〜〜〜〜!!」
再び奪われる唇。角度を変えて繰り返し行われる口付け。口を開けと言わんばかりに舌先で唇を突かれるけど絶対に開いてやらねェ。むかつく。きゅっと頑なに唇を一文字に結ぶと諦めたのかニキの顔が遠ざかる。
「……燐音くんさあ」
「……ンだよ」
「キス、しつこいって言うくせに僕が唇を離すとまだ足りないって顔するの……ズルいっすよ」
「ッ、して、ねェよ」
「今だってしてますよ」
「絶対にしてねェ」
「してるっすよ。……僕とまだまだキスしてたいって、そんな顔」
もう一度してねェと否定しようにも俺の唇は再び塞がれてしまったわけで。ちゅっちぅとわざとらしく音を鳴らして何度も啄むようなキスを繰り返すニキ。あまりの焦ったさにニキを睨みつけると、なはは、といつもの陽気な軽い笑い声が返ってきた。
「……ニキ、おまえマジで調子に乗ンなよ」
「はいはい。なんとでも言ってください〜〜。だって燐音くんが言ったんすよ、僕のキスがしつこいって」
だけどこんな軽いキスくらいはいいでしょ?とか何とか言いながらまたちゅっと口付けてくるニキにどうにも物足りなさを感じる——感じてしまった。
ああもうクソ、きっと今の俺はニキの言う通り足りないだとか、まだまだニキとキスをしていたいだとか、そんな顔をしているんだろう。だって、本当はニキの言う通りそう思ってしまっている自分がいる事は最初から分かっているわけで。そもそもニキ如きにいとも簡単に唇を奪わさせている時点で反論なんてまるで意味を成してはいない。だけどそれを認めるのもそうやって今さら素直にニキに伝えるのもなんだか悔しくて、結局俺の口は天邪鬼な言葉を紡ぐ。
「……軽いキスだろうと何だろうと、しつけェモンはしつけェよ」
「……ふぅん」
「でも……」
「……でも?」
「おまえが、俺とまだまだキスしてたいって言うなら……させてやってもいい」
ぱちくりと目を瞬かせたニキは苦笑混じりに「……ほんっと、ズルい人っすねぇ」と呟きながら俺の頬に手を添える。対するこちらはうるせェと子どもみたいに開き直るしかなくて、ゆっくりとこちらに近づく顔に応えるように俺はそっと目を閉じた。