ふる、と小竜は思わず肩を震わせた。今夜はずいぶん冷える。
　同室相手はいまだ帰らず、おかげで彼の持ち物である火鉢には火を入れられずにいた。勝手に使ったとてそれを咎めるような男ではないが、小竜は彼ほど上手に使ってやれる自信もないのだ。焚火台やトーチなら他の誰よりも上手く使ってやれるが、生憎本丸の居室内では使ってやれない。
　明日は揃って非番だから今夜は共に夜更かしでもしようか、と言い出したのは彼の方だった。とっておきの酒を開けると言うから、小竜は肴を用意した。けれど、出陣が長引いてしまっているらしく予定を過ぎても彼が帰って来ない。連絡は逐一取れていて、回り道しているだけで部隊に大きな負傷などあるわけではないと聞いている。だからこの本丸の主も、他の皆も、小竜も、いつも通り過ごしながらただ無事の帰りを待つばかりだ。
　先ほど湯に浸かってきたばかりだというのに、小竜はまたひとつ身震いした。
　休み前の長い夜のはずが、予定が狂ったうえにこうも寒いと、何をする気も起こらない。買ったばかりの新しい本も手入れしようと思っていた道具も取り出してやらず、寒いと言うくせに熱い茶をいれることもせず。
　そうして何をするでもなく、しかしただいたずらに時を過ごすのも落ち着かず、結局小竜はいつもよりも早い時間に布団を敷いてしまった。二組を並べ、何もない日よりもほんのわずかに互いの狭間を狭くする。眠っている間に彼が帰ってきたのを気が付けるように。
　布団に身体を滑り込ませてもまだ敷布は少し冷たいが、これから湯たんぽを用意するのももう億劫だった。掛け布団を顔まで被り瞼も閉じてじっと深く呼吸をしていれば、そのうちに布団も身体も温まり意識は微睡みに沈んでいく。明かりは絞るだけで点けたまま、もうひとりの主を小竜と共に待っている。
　薄明かりの中で眠るでもなくうつらうつらと微睡んで、一体どれほどの時間が過ぎたのだろうか。がたりだかごそりだか物音がしたように感じられ、小竜は瞼を持ち上げた。
　視界も意識もはっきりせぬうちに、冷やりと肌寒い空気を感じて身を捩ろうとすると、今度は冷やりとした感触が小竜の背を覆う。
「ぅわ、」
　つい情けない声が出て、しかしお陰で一気に意識は覚醒する。背後でごそごそとうごめいていたものは、すぐに収まりのいい姿勢が見つかったのか小竜の腹のあたりに手を回した。足の先が特に冷やっとして、小竜は再度身を捩ったが、腹の手に強く抱き寄せられて冷たさから逃げることは叶わなかった。
「冷たい」
「いやあ、あんたはあたたかいなあ」
　尖らせた抗議の声はろくに受け止められもせず、後ろ髪に鼻先を擦り付けるように声が響く。そうされると微かに石鹸が香った。もう風呂まで済ませているのなら、彼はその前に一度この部屋にも入っていただろうに、小竜はそれには気付かなかった。どうやら微睡んでいたつもりが、すっかり寝入っていらしい。少し眠ったおかげでせっかくあたたまった足に絡んでくる冷えた足を踵で軽く蹴りながら、小竜は背後に向かって肘を立てる。
「キミの布団ならあっちに敷いておいたよ」
「つれないこと言わないでくれ」
　風呂上がりらしいのに大してあたたかくもない身体が背に触れる面積を増やした。
　ああやっと帰れた、と嘆息混じりに耳の裏に触れる吐息だけはいくらかあたたかい。まとわりつかれ動けないまま、小竜は首だけわずかに動かして彼の方に顔を向けた。
「おかえり」
　そう言ってやれば、ろくに顔も見えないが微笑んだような気配がした。
「ああ、ただいま」
　遅くなって悪かった、と言われたが、べつに、と返した。謝られることでないのはわかっている。頬擦りをされたことで、彼の髪がまだ少し湿っているのに気付いた。
「ねえ、冷たい。せめてちゃんとあたたまって、乾かしてきてくれよ」
「ああ、悪いね」
　むしろそちらをもっと真摯に謝って欲しかったが、大して悪びれずに「あんたが寝入ってしまう前に、と焦ってしまった」なんて言っている。