静かな夜更けにRandomPlayと看板を掲げた店の前で立ち止まる。
二階辺りに目を移し窓の位置を確認する。
「ふむ…、あれならば…いけるか」
次に隣の外階段が付いた建物を見ればそこから容易に窓へ近付けそうだと判断すれば早速行動に移す。
計画通り窓には簡単に辿り着いた。少しだけブラインドが開いた隙間を覗けば部屋の主は眠っているのだろう、部屋の明かりは消えている。
あまり中の様子は分からないが、その部屋の中には入った事がある為に構造は分かる。
確かこの窓はベッドの頭上に位置している為に、相手がよほど深く眠っていない限りは物音でも立てれば窓に気付くはずだ。
コンコン、窓を軽く叩いてみる。
流石にこの程度では気付かれないだろうともう少し強めに多く叩いてみる。
コンコンコンコン、…部屋の中の反応を窺いながら少し待つ。
そうすると気付いたのか目の前のブラインドがゆっくりと開いていき半分程で一度止まると部屋の主が顔を覗かせた。
「……!?」
窓を叩いた相手が予想外で驚いたのだろう、目を丸くし驚いているのは一目瞭然だった。慌てるようにブラインドを全開にしカチャリと窓の鍵を外してガララと窓が開けられた。
「こんばんは、店長くん」
「ヒューゴ…!ビックリするじゃないか…」
にこやかに挨拶をすれば部屋の主、この店の店長であるアキラくんは少し呆れたように肩を竦める。
「ははっ、怪盗ならば部屋に忍び込む場合は窓からというのがセオリーだろう?」
「そうだけれど…、せめて事前に教えておいてくれないかな」
「あぁ、予告状が必要だったか。確かにそれがなかったのは詫びよう。だがここへ寄ったのは急な思い付きだったものでね」
「急…?というと、何かあったのかい?…あ、取り敢えず窓越しも何だから部屋に入ってくれ」
「すまない、お邪魔するよ」
窓からストン、と部屋に降り立ち彼が窓を閉めて鍵を掛けている間に鞄を床に置きベッドに腰掛ける。
「…それで?急にここへ来た理由は?」
「なに、そんな大した事ではない」
「?」
そのまま理由を続けようと思ったのが、少し言葉が詰まるような感覚に一度区切ってしまう。
特に躊躇するような言葉でもない。そこに心が伴っていないのならばいくらでも吐ける。
だが、彼の前では…彼に伝えるものは勝手が違うのだ。
「…急に、君の顔が見たくなったからでね」
「僕に…会いたくなったと?」
特に用がある訳でもなく、ただただ誰かに会いたいなどと思った事が…今まであっただろうか。
嘘の言葉ならいくらでも並べてきた。
だが本心はいつだって隠してきたものだ。
だから今になって相手に伝えるとなれば…流石に憚れるものがあった。
「六分街には用があって立ち寄った。それが終わった時に店長くんの顔が浮かんだのだ。そうすると無性に会いたくなって…君の声が聞きたいと思ってしまった。ふん、こんなのは俺らしくもないのだが」
我ながら本当に自分らしくないと思うし、自分にもこんな感情があるのかと驚く。
「確かに、ヒューゴがこんな行動をするなんて…僕からしても少し意外だけれど」
隣に腰掛ける彼の手がゆっくりと頬に伸びてきて優しく撫でる。
「…ちょっとそんな君が、いじらしくて可愛いと思ってしまったかも」
彼は目を細め口元には笑みを浮かべる。
「ヒューゴ、…こんな時間にこうして訪ねてきたんだ。期待をしても?」
「…期待?…ふっ、何の期待だなどと返すのは愚かなのだろうな」
頬を撫でる手を捕まえネクタイの結び目まで導くと彼の指が掛かりゆっくりと緩められていく。
「君に求められるなら差し出すつもりではいたのだが…、流石にそれを俺から口にするのは、やはり気恥ずかしいものがある」
「へぇ?ヒューゴも恥ずかしいことがあるんだね」
「君は俺を何だと思っているのかね」
スルリとネクタイが抜かれると上着の留め具も外されて、シャツのボタンもいくつか開けられていく。
「……アキラ、俺を満たせるのは君だけだ。今宵はどうか、俺に君の愛を注いではくれないか」
「いいよ、…たっぷり注いであげよう」
二人の夜の始まりを告げる口付けを、夜空に浮かぶ綺麗な月だけが見ていた。
今宵は忍び込んだこの部屋で、貴方の愛に溺れようか。