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    negitama_mata

    @negitama_mata

    kb/擬/原型/文章/絵

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    negitama_mata

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    dm♂sd♀、dmが🍑の手伝いで別の星を助けに行ってしまい、ちょっとの間は離ればなれになるお話。騎士系のマントは四次元マントと思って書いています。

    いない間の密度 ――何某という名の星に、大いなる危機が訪れている。ついては戦力が必要なため、ダークメタナイトも今すぐ来て欲しい。
     そのような内容を一方的に言うだけ言って、カービィからの通話は切れた。
     スピーカー状態に設定された端末からは、会話終了を示す機械音が鳴っている。陽光が差し込むうららかな居間は、嵐が過ぎ去った後のようにしんとしていた。
     シャドーとふたりで話を聞いていたダークは、仮面の下で眉間に深い皺を寄せながら沈黙している。
     通話中、カービィはとにかく慌てていて、口を挟む隙がまったくなかった。ダークはもとから喋る気などなかったのだが、可否も聞かれないまま切られたことで、すっかり不機嫌になっていた。
     今までにも何回か、こんな調子で呼び出されている。どうやら、厄介事を解決するための頭数に勝手に含まれているらしい。
     面倒くさいこと極まりない。
     むっつりと押し黙ったまま、ダークは隣に座るシャドーを見やった。
     小柄なまん丸は、ひどく深刻そうに端末を凝視している。その顔には、心配、使命感、今すぐ行かなくちゃ、と書いてあった。
     シャドーに知られないよう、ため息を吐く。
     シャドーほど正確にはできないが、ダークだってシャドーの考えていることくらいわかる。これの優しさは、誰にでも平等なのだ。遥か彼方の星の危機であっても、目の前で子供が転んだことと大差ない。そういう質なのだ。
     だが、シャドーはその気持ちにふさわしいだけの力を持っていない。
     ダークは今朝のことを思い出す。木から吊り下げた的に向かって、懸命に剣を振るうシャドーの姿を。
     割れたダークを組み立てるため、シャドーは命をすり減らした。時間をかけて少しずつ回復し、今は再び鏡の国中を駆けられるようになった。コピーの力も多少は使えるようになっている。だが、外惑星で本格的に冒険するにはまだ足らない。敵と相対するのも難しい。
     本人だってそれはわかっているのだが、どうしても動かずにはいられない。シャドーの一番悪い所だ。
     この話を無視したら、シャドーは自分が行くと言い出すに違いない。無茶をさせないためにも、結局、ダークが行くしかないのだった。
     ダークは今にも飛び出してしまいそうなシャドーの頭を撫でた。小さい体の中で張りつめていた緊張が、みるみる解れていく。
     シャドーは、少しばつが悪そうにダークを見上げた。しばらく視線をあわせた後、おとなしく寄り添って来たので、ダークは腕で包み込んだ。
     自分の力量を思い出して、一応は諦めてくれたようだ。
     それに、とダークは思う。シャドーのこと以外にも、行かなければならない理由はある。
     カービィには、恩があるといえなくもないのだ。今こうして暮らせているのは、あれがダークマインドを倒したからこそだ。この身を割られたことに対する悔しさやら恨みやらはあるものの、手を貸せと言われたら無下にはしにくい。
     加えてもっと個人的な理由もある。単純に、知らない強さと戦いたいのだ。
     自分にとっての剣はただの手段であり、目的ではない。そう考えていたのに、平和になった今も、より強くあろうとしている。
     シャドーと共に茶を飲みながら一生を終えるのはやぶさかではない。だが、それと同じくらい、体は剣を欲してしまう。
     これが写し元から引き継いだ価値観なのか、それとも自分自身の経験から来るものなのか、最早わからなくなっている。それくらい深く根付いてしまっているのだ。
     行くべき理由はこれだけある。あとはソファを立ち上がって、家を出るだけだ。
     それなのに、ダークはどうしてもできなかった。腕の中の柔らかさをしばらく感じられないと思うと、腰を上げる気になれない。
     すべきことはもう決まっているにも関わらず、できずにうじうじとしている。この時間自体が無駄で、嫌いで、面倒くさい。厄介事だなんだと言っても、手伝いに行けば得られるものだってあるのだから、早くいけばいいのに。
     ひとりだったころは、ほとんどのことをすぐさま決断できたのだ。面倒くさければ拒否したし、やっかいでも益が得られるなら行った。ただそれだけだった。
     今、この心は、前よりずっと複雑になっている。シャドーのせいで何もかもが変わってしまった。全てをシャドーと関連づけて考えている。自分のことであるのに、どう転ぶのかわからない。
     黙って撫でさすってばかりいたせいか、シャドーが少し不安そうな顔をしている。煮え切らないこの頭の中身を察しているのだろう。
     シャドーが本当に自分が行くと言い出しそうな気がして、ダークはやっと心を決めた。
     いろいろ御託を並べたが、行くしかないのだ。完全に乗り気にはなれないのだが、そこはシャドーの真似をしてみよう。自分と始めて会った時もそうだったが、シャドーは最後まで見捨てなかった。
     ダークはシャドーを抱いたまま立ち上がった。片手で仮面を押し上げる。
     それだけで、シャドーは全部をわかった顔で頷いた。
     どちらともなく、しっかりと抱き合う。暖かい、柔らかい。息を吸う音が聞こえる。互いの存在を、しっかりと確かめあう。
     ほんの少し迷いながらも、ダークはシャドーを強く抱きしめた。常では絶対しないような、息ができなくなるくらいの強さで。自分のことを覚えさせるように、きつくきつく抱きしめた。
     シャドーの喉が苦しそうに鳴っている。それでもじっと耐えるその姿はいじらしい。こんなことをしなくても、これも、自分も、片時も互いを忘れやしない。わかっていても、今日は自分のことを強く残したかった。
     エゴにつきあわせた申し訳なさを感じながら、ダークはやっと力を緩めた。
     シャドーはゆっくり息をしながら、やはり全てを理解している顔で笑っている。
    「気をつけてね。怪我しないでね」
     丸い手が慈しむようにダークの頬をなぞる。ダークが一番好きな心地いい手つきだった。
    「いってくる、シャドー」
    「いってらっしゃい、ダーク」
     
     
     
     行っちゃった。
     鏡面に銀の波が生まれて、消えた。『外』に出かけるときは、お家にある大きな鏡の中を通って向こうの世界に行くのだ。鏡に身を沈めたダークの姿はどこにもなく、今はシャドーだけが写っている。
     居間に戻ると、部屋が大きくなっていた。
     そんなこと、ないのにね。ひとり言がこぼれ落ちる。
     さっきまでとの違いは、大きくて黒い丸がいなくなったことだけだ。
     することがない日のダークはずっとソファに座り、ぼんやりしたり、お昼寝したり、シャドーが動き回るのを見たりしている。朝から晩まで、ずっといる。ほとんどダークの部屋みたいなものだ。だから、ダークがいなくなったとたんに、部屋が一気にがらんとして見える。
     シャドーはダークが座っていたソファに寝転がった。
     苦しいくらい抱きしめられたあの感覚が、まだ残っている。
     ダークは面倒くさがりで、動き出すまで時間がかかる。今日はいつにも増してそうだった。遠出する前に、あんなにしっかりぎゅっとしてきたのは初めてだ。
     本当は自分も行けたら一番いいのだけれど、まだカービィの足元にも及ばない。ついて行っても、みんなの足を引っ張ってしまうだけだ。
     次にカービィから連絡が来た時は、ダークと一緒に手伝いにいけるようになりたい。遠い場所でも、お家にいる時と同じようにふたり一緒でありたい。ダークが怪我しそうになったら、守ってあげたい。
     しかし、それはずっと先の話で、今はひとりでお留守番だ。お留守番は何度もしているけど、ちょっぴり寂しい。
     落ち着きなく体の向きを変えて、シャドーは天井を見つめた。
     ついさっき別れたばかりなのに、いつ帰って来るかをもう考えてしまう。少なくとも、明日や明後日で解決できるようなことではないはずだ。
     それと、やっぱり怪我も心配だ。戦いだから避けられないことだとわかっていても、ダークが怪我をして帰って来たらと思うと、胸の辺りがきゅっと縮み上がる。
     急にダークがいなくなったせいで、不安になるようなことばかり考えてしまう。むやみやたらと不安になっても、何にもならない。しっかりしなければ。
     シャドーは自分の考えを振り払うように頭を振った。
     ダークは強いから大丈夫。それに、カービィも一緒なのだから、きっと無事に帰って来る。
     自分もちゃんと、このお家で待っていよう。
     ひとりの部屋で、シャドーは力強い表情を作ってみた。ついでに、うん、そうだよ、と頷いてもみる。
     さて、何をして過ごそうか。
     居間の中に目を向ける。シャドーはお家の中でできることを考え始めた。
     隅から隅までお掃除する? お菓子を作る? 作りかけのクッションカバーの続きをする? ひとりで剣のお稽古する?
     ダークが帰って来た時に、一番喜ぶことってなんだろう。
     寝転がったまま、あれやこれやと考える。でも、なんだか動きたくなかった。した方がいいことはたくさんあるのに、今すぐはできそうにない。そんな気分じゃなくなっている。
     何にもしないで、ひたすら寝てしまおうか。時間が一瞬で過ぎて、ダークがすぐ帰ってくるかもしれない。
     結局、しばらくの間、ぼんやりしながらそうしていた。お家でできることを挙げて数えて、でも何もしないの繰り返し。
     無為な時間を過ごしていたら、突然、玄関の鐘が勢いよく鳴った。
    「シャドーちゃん!」
    「遊ぼう、シャドーちゃん!」
    「おーい! シャドーちゃん!」
     外からお友達の声が聞こえる。シャドーにとっての、いつものみんなだ。
     シャドーは転がるようにソファから降りると、急いで玄関扉を開けた。みんな、待ちくたびれたようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
     尻尾が自慢のチップ。転がるのが得意なコロロン。弓矢を離さないアニー。
     お友達の顔を見たら、シャドーはなんだかほっとして、元気が出て来た。
    「みんな、おはよう」
     挨拶したら、なぜだかみんなきょとんとしてしまった。
     コロロンが、不思議そうな顔をしながら言う。
    「シャドーちゃん、もうお昼過ぎてるよ」
    「あれ、そうだっけ」
     びっくりしながらシャドーは周りを見回した。確かに、午前の光じゃない。だいぶ長い時間、ぼうっとしていたみたいだ。
     意外そうな顔をしながら、コロロンがまた尋ねる。
    「今日は何してたの?」
    「えっと、まだ何もしてないの」
    「お昼ご飯も?」
    「うん」
     三人のお友達は顔を見わせた。
     今度はアニーが誰かを探すみたいに、お家の奥をのぞきこむ。
    「ダークメタナイトは?」
    「お出かけしてるよ。しばらく帰って来ないの」
    「そうなんだ」
     じゃあさ、とチップがしっぽをぴん、と上に伸ばした。挙手をしているみたいだ。
    「みんなでシャドーちゃんのお昼ご飯を作ろうよ」
     アニーもコロロンも、口々に賛成と飛び跳ねる。
    「サンドイッチにしよう! ピーナツバターをたくさん塗るの!」
    「じゃあ、ぼくはハムだけのやつを作りたい!」
     シャドーの返事も聞かないまま、三人共作りたいもの、というよりも自分の食べたいものを勝手に言い始めている。
     シャドーはくすくすしながら、お友達を招き入れた。
     みんなダークを怖がっているから、普段はシャドーのお家の中までは入って来ない。ダークがいない今ならお家の中で遊べるから、すっかり盛り上がってしまっている。
     遅いお昼ご飯と、それから、おやつも一緒に作ろうか。
     シャドーの体に、やる気が戻って来た気がした。
     
     
     
     カービィ達と共にダークがたどり着いた星は、きちんとした文明を持ち、そこそこの科学力が発達した星だった。
     草原に降り立った後、いくつかの集落や町を助けながら山の中を抜け、今は海岸線の道路に到達している。
     どうせ車もひとも通らないからと、みんな、舗装された道の真ん中で休憩していた。
     ダークは集団から少し離れ、海の間際のガードレールの上に止まっている。断崖に白波が打ちつけられて、時折足元まで海水が飛んで来る。
     黒褐色の海鳥達と並びながら、ダークは進む先を見やった。
     高層ビルが並ぶ港湾都市がある。この星を訪れてから見た街の中では最も大きな街だ。上空には、ビルの谷間をぬうようにして、薄気味悪い黒い雲が広がっている。
     戦力が必要なわけだ、とダークは思った。
     この星のほとんどは、あの雲のような者達に支配されている。ダークマターと呼ばれる一族の者に。
     この星についた時点で、住民のほとんどは憑依されてしまっていた。ひとの居住区はさながら低俗なゾンビ映画のような有様で、ダークは一目見たとたんに閉口したものだ。
     僅かに逃れた生き残りが、一抹の希望を込めて救援の依頼を宇宙に飛ばし、それがカービィの下に届いたという。この星の奴らは相当の運を持っていたようだ。
     カービィはこの手の声には情け深い。大慌てで知りあいをかき集め、ろくな算段もないままこの地に降り立ったのだ。
     こういうところは少しだけ、シャドーと似ていると思った。
     途中の小さい町村は開放してきたが、どこかにいる親玉を倒さなければ意味がない。原住民の話を総合すると、黒い奴らはあの大都会から湧いて出たらしい。
     隣の海鳥はおとなしく羽繕いをしている。海上にも飛んでいるものがいるが、都市には近づこうとしない。あそこはダークマターの一族に最も有利な空間、ある種の異界になってしまっている。
     あの場所をどう攻めるか、ダークはずっと考えていた。
     向こうはとにかく数が多い。戦術的には少数の強者よりも、多数の有象無象の方が有利なのが一般的だ。
     どうせ規格外のカービィが先陣を切って行き、敵を好き勝手になぎ倒して行くとわかっていても、考えることは多い。強い者が率先してどうにかするのについて行くといっても、ついて行き方というものがある。
     それに、他の連中もいる。何もかもが違う他人にあわせるのは面倒くさく、集団の一員として振る舞うのは苦痛だ。しかし、しないわけにもいかない。己の力だけを頼りにひとりで突っ走るなど愚の骨頂、三流以下だ。
     それに、ここにいることで、悪くないと感じることもある。たまに面白いくらい強い敵にも巡り会えるし、他の奴らにあわせて動くと、自分でも思いもよらない体さばきをしていることがある。予測のつかない一瞬の出来事が起こると、高揚感が一気に高まる。
     こういうことがあるから、なんだかんだでカービィにつきあっている。
     ダークが遠くを見つめている間、カービィは紙箱を片手に何かを配って回っていた。ダークの所にもやって来ると、背伸びをしながら差し出す。
    「はい、これ、ダークの分ね」
     個包装の、平べったくて大きいクッキーだ。土産物感を全面に押し出した、ありきたりなデザインをしている。
    「さっき助けた町の人からもらったんだ」
     黙って受け取る。カービィは、次に新参者の緑のネズミの所に向かって行った。
     食べると、やはりありきたりな甘さだった。チョコの味がする。不味くはない。
     シャドーが前に作ったクッキーはあまり甘くなくて、もっとチョコの味がして、ちょうどよかった。あれが作る食事は、みそ汁もオムライスも、全部がちょうどいい味をしている。
     整えられた寝床の心地も、声をかけられるタイミングも、新しいテーブルクロスも、シャドーが用意したものは、ことごとくちょうどいいと感じられるのだ。
     ダークはぼんやりと空を見上げる。鳥の小羽が風に乗り、所在なさげにふわふわしていた。また波が打ち付けて来て、その潮の匂いの強さに少し辟易とする。
     シャドーと暮らしてから長旅は何回もしたが、毎回こんな気分になる。たぶん、これが郷愁なのだ。
     これは、写し元の記憶にもほとんど登場しない。恐らく自分達の種族はそういうものを感じにくい。
     メタナイトも、カービィも流れ星のように宇宙を移動しながら生きる。ひとりきりで動き回る星が孤独を感じたら、旅などできない。決まった寝床を得ていたとしても、懐かしむ気持ちは起こりにくいようにできている。
     この体の種族的習性に関する知識は、写し元の記憶にもごく僅かしかない。すべては推測だ。
     ただ、自分は間違いなく、この先の未知の戦いへの期待と同時に、郷愁を感じている。自分の灰色を、早く抱きしめてやりたいと思っている。
     両方とも、早く解決したい。ここでじっとしているのが惜しくなって来た。
     ダークは翼を広げた。驚いた海鳥が、一斉に飛び立つ。
     それを見たメタナイトが声をかけて来た。
    「どこに行くんだ?」
     他のみんなはまだ休んでいるのだぞ、と言いたげに。
    「先を少し見てくる」
     また勝手を、と言われたが、ダークはもうガードレールを蹴っていた。
     
     
     
    「次は鬼ごっこ! シャドーちゃん鬼ね!」
     とたんに、三人がわあっ! と、逃げ出した。林の中の方々に散って行く。みんな小さいから、すぐに見えなくなってしまった。
    「もう、待って!」
     シャドーは慌てて声をかけた。だが、みんなの足の方が早く、声は誰にも届かずに消えてしまった。
     苦笑しながら後を追う。遊びすぎて疲れたので、ゆっくり歩きながら行くことにした。
     鬼ごっことは言いつつも、隠れられるところがたくさんあるから、かくれんぼともあまり変わらない。みんなが隠れていそうな場所を探しながら追いかける。
     ここ数日、お友達の三人はシャドーのお家に泊まっている。ダークがいないのをいいことに、シャドーを放してくれないのだ。
     外の遊びも、中の遊びも、何回やったかわからない。あれをしたい、これをやろうと、次から次に言われるものだから、連日大変な騒ぎだ。夜になる頃にはくたくたなのに、まだ飽き足らずに夜更かしもおしゃべりもして、気がついたら寝てしまっている。
     暇になる暇がないほど楽しくて、忙しい。
     シャドーはきょろきょろしながらみんなを探した。足音を立てないように、ゆっくり静かに歩いて行く。息を止めてしまいそうになるけど、こういう時は、緊張しすぎるとよくないとダークに教えてもらった。息はゆっくりして、注意深く周りを見るのだ。
     遊んでばっかりで、お掃除も剣のお稽古もちゃんとできてない。でも今だけは、いいことにしよう。
     みんながずっと一緒にいてくれる本当の理由に、シャドーはもう気がついていた。
     みんな、寂しくないように遊んでくれているのだ。ダークがいなくても大丈夫なようにお家に泊まって、楽しいことだけをやっている。全員でシャドーを振り回して、他の事を考えないようにしているのだ。
     ちょっと強引だけど、その気持ちはとても嬉しかった。
     木の裏から押し殺した笑い声が聞こえる。シャドーは聞こえないふりをしながら通り過ぎ、すぐに体を反転させて木の裏を覗き込んだ。
    「わあ!」
     驚いて硬直したチップをタッチする。
    「次はチップが鬼だよー!」
     周りに呼びかけながら、今度はシャドーも逃げる。チップが十を数える前に、できる限り遠くへ。
     走って、走って、シャドーは息を切らしながら茂みの隙間に飛び込んだ。見つからないように、小さく丸くなるけれど、楽しくって笑うのだけは我慢できない。
     みんなが泊りに来てから、ずっとこうだ。
     ――早く、ダークにも話したい。
     どんなに楽しくても、シャドーはやっぱりそう思ってしまう。ダークのことだけは、頭の中からは消せないのだ。
     もう寂しくはないけれど、結局会いたくなっている。ダークのいない間に起きたことを伝えたくてしょうがない。どんな風にお話しようかと考えるだけで、また楽しくなって来て、どうしようもない。
     それに、ダークの冒険のお話も早く聞いてみたかった。ダークはお喋りが苦手であんまり話してくれないけれど、離れていた間のダークのことも、遠い星がどんな所だったのかも知りたいのだ。
     アニーの軽い悲鳴が聞こえ、チップが待てー! と言いながら走るのが聞こえる。隠れていたアニーが見つかって、追いかけられているのだ。チップの気がそれているうちに、隠れ場所を移動しよう。
     シャドーは茂みから頭を出すと、チップ達とは反対方向に走り出した。見つかるかもしれないスリルにどきどきする。
     ダークに話したい体験が、またひとつ増えた。
     
     
     
     早く、帰りたかった。
     ビル風に吹かれながら、ダークはひたすらに待っていた。
     待ち合わせのビルの屋上で、苛立ちながら下ばかり見ている。今の所、待ち人達は誰ひとりとして現れていない。
     この星に巣食っていたダークマター族は倒された。カービィを中心とした例の四人が大都市の中心部に突入し、親玉である大きな個体を討ち取ったのだ。その間、ダークを含めた呼び出された者達は、有象無象の群れを食い止める役目を負っていた。
     親玉が倒されたことで、原住民に憑依していた者達も逃げ出した。この星のひとの営みは、無事に元通りになった。
     頼まれた通り、ダークは厄介事の解決に手を貸した。目的を達したのだから、後は帰るだけだ。
     それなのに、他の者達は未だにこの星に居座っている。買い物だ、食べ歩きだ、観光だと称し、街のあちこちに行ってしまった。
     欠片も興味がないダークは、自由時間になってからずっとこの場所で待ちぼうけをくらっている。
     暇つぶしに剣を交えたくとも、ダークの眼鏡にかなう力を持った敵はもういない。置物のように佇んでいるばかりだ。
     辛抱強く待ち続けていると、ようやくひとり目がやって来たようだった。
     低空を飛ぶ影が見える。影は屋上にしなやかに着地し、翼を畳んだ。メタナイトだった。
     大きな紙袋をひとつ携えている。この男も買い物してきたらしい。
     メタナイトの趣向まで丸写しされている関係で、中身はすぐに察しがついた。どうせ甘味の類だろう。
     メタナイトは他に誰もいないのを認めると、間を空けてダークの隣に並んだ。
    「お前はずいぶん早いな……いや、もしかして、ずっとここにいたのか?」
     手ぶらであることを咎められているような気がして、ダークはむすりとしながら視線だけをメタナイトに送った。素っ気ない反応に、メタナイトは肩をすくめる。
    「この時間を無理に楽しめとは言わないが……。たまには、シャドーに土産でも買っていったらどうだ」
     これは私から彼女に、とメタナイトはリボンのかかった包みを差し出した。
    「長い時間、お前を借りてしまったのもあるからな。礼を兼ねて贈らせてくれ」
     メタナイトと包みを交互に見た後、ダークは渋々ながらも受け取った。こうした遠征の際は、シャドー宛の土産を預かることが多い。
    「この街は、人や物の経由地らしい。近辺の物産が一通りあって面白かった。シャドーが好きそうなものも、あるかもしれないぞ」
     ダークはこれみよがしに視線を逸らす。自分には関係のないことだし、何よりも勝手にシャドーのことを語るメタナイトが気に食わない。いつものように黙り込む。
     だが、メタナイトは延々とダークを見つめ続けている。無視を続けていれば、すぐに呆れて何もしなくなるのに、今日はやけに諦めが悪い。
     嫌いな輩に見つめられるというのは思った以上に不快で、ダークは仕方なしに反論することにした。
    「土産を持って帰るよりも、俺が早く帰った方がシャドーは喜ぶ」
    「それは、確かにそうだろうが……。よく自分で断言できるな……」
     メタナイトが心底からの呆れを露わにした。無視し続けた結果として呆れられるのはわかるが、当たり前のことを言って呆れられるのは腑に落ちない。
    「……なら、シャドーのためでなく、お前自身のためにやってみたらどうだ?」
     言葉の内容を測りかねて、ダークは怪訝な顔をした。
    「お前の望みは、シャドーを喜ばせることだろう? お前が帰った上に、プレゼントもあったなら、彼女はもっと喜ぶんじゃないか」
    「……」
    「どうせまだ帰れないんだ。ここでただ待っているよりも、シャドーに贈るものを選ぶ方が、時間が無駄にならない。だろう?」
     聞きながら、ダークは出かける寸前のシャドーのことを思い出していた。あの灰色の柔さ。吐息の音と、きつく抱きしめても受け入れた素直さ。途方もなく愛おしくなる。
     今までにシャドーはいろいろな物を寄越してきたが、自分はシャドーに物を贈ったことはほとんどない。物自体にも、そういう形式にも頓着していなかった。互いの身ひとつさえあれば、それで十分だったからだ。
     贈り物をしたら、シャドーはどんな顔をするのだろう。とびきり喜ぶと断言できるが、まだ見たことはない。どんな言葉をかけてくれるのかも知らない。なら、見てみたい。どうしても。
     ダークは翼を広げる。
    「その気になったか」
     メタナイトがなぜか満足そうにしている。シャドーのためであって、言われたからではない。
     ダークはメタナイトを睨むが、すぐに居直って空を見上げた。
     シャドーが好きそうなもの。最近していたこと。考えながら、ダークは翼をはばたかせた。
     
     
     
     ひとの願いを叶えるほどの力があるとはいえ、ディメンションミラーも万能ではない。その力が及ぶのはポップスターという星の中、せいぜい成層圏までだ。鏡をくぐって帰るには、ディメンションミラーの力が及ぶ範囲まで戻らなければならない。
     ポップスターまでの復路は、往路と同じく青い帆船に乗ることになった。これのワープ機能を使うのが一番早いので、カービィが持ち主である胡散臭い魔術師に頼んだのだった。
     別の星々に寄って何人かを降ろした後、ようやく最後のワープに入った。それが終わると、窓の外には見慣れた宙域が広がっていた。ダークの眼下に、黄色い星が迫る。
     ディメンションミラーの力をはっきりと感じた瞬間に、ダークはひとり船内の鏡をくぐった。
     別れの挨拶はしなかった。
     どうせ、そう遠くないうちに、何かの理由をつけて呼び出されるに決まっている。そうでなくとも、シャドーとカービィは頻繁に遊んでいる。顔をあわせる機会は嫌でもあるのだから、いちいちする必要はない。
     光を反射し七色に輝く空間を抜けて、家に帰る。
     大きな姿見から抜け出ると、時間は朝だった。
     馴染みのある懐かしい空気を吸い込む。
     シャドーはまだ寝ているかと思ったが、居間にひとの気配を感じた。しかし、動いている様子はない。
     不思議に思いながら居間を訪れると、シャドーと、よくシャドーを誘いに来る小さい奴らが一緒になって寝ていた。四人でソファにぎゅうぎゅう詰めになり、大きなブランケットにくるまっている。
     部屋は散らかっていた。カードゲームにボードゲーム、お菓子の袋と飲み物、起動したままの映像機器。遊び疲れて寝落ちしたに違いない有様だった。
     ダークは足音もなくソファの前に立つ。
     シャドーは口を開けて無防備に寝ていた。穏やかな顔で、ずいぶん深く寝ているようだ。
     不安も寂しさも抱いていない姿に、ダークは目を細めた。安堵したが、同時に若干複雑な気分にもなった。
     ブランケットの塊がもぞもぞと動いた。水色の丸い奴が、眠たそうに眼を開く。視線があったとたんに驚いて、大慌てでシャドーを揺さぶり始めた。
    「シャドーちゃん起きて! ダークメタナイト帰って来たよ!」
     それを聞いて、他の小さいのも一様に跳ね起きた。
     どいつもびくびくして焦っている。小さい奴らは、自分のことをとにかく恐れているのだ。昔の所業を思えば仕方のないことだが、一歩近づいただけでも甲高い悲鳴をあげるので、正直うっとうしい。
     無闇に動かず、何もしないことが一番だとわかっているので、ダークはシャドーが完全に起きるまでその場で待った。
    「ん……だーく……?」
     シャドーのぼんやり顔がみるみる覚醒し、輝き出す。ダークは両手を大きく広げた。
    「ダーク!」
     シャドーはもどかしそうにブランケットから抜け出ると、ひとっ飛びでダークの腕の中に飛び込んで来た。
     その瞬間、ダークはやっと実感した。帰って来たのだ。自分が本来いるべき場所に。
    「えと、ぼくたち帰るね!」
    「お泊り楽しかった!」
    「また遊ぼうね!」
     ダークの意識の外から、小さい奴らが口々に告げた。シャドーがかろうじて、腕を振り返す。
    「うん、またね」
     三人はばたばたと家から出て行ったが、ダークにはもう関係なかった。シャドーをひたすら抱きしめて、出かけていた間の穴を埋めるのに忙しい。
     最も大切な者が自分の腕の中にいる。こんなに嬉しいことはない。今はただ、シャドーのことだけを感じていたかった。
     静かに、動きもせず、ダークはシャドーという存在をひたすら貪った。五感の全てを、シャドーを感じることだけに使った。
     シャドーが自分に身を委ねて、魂すら捧げて、自分のそれと混ざりあうような心地に酔いしれた。愛おしいも、幸せも、今ははっきりとした実体をとって、ダークは触ることができた。
    「おかえりなさい」
     ダークが十分にシャドーを感じ、平静を取り戻した頃、シャドーが小さく囁いた。ダークの気が済んだのを察してのことだ。
     次はシャドーの番になる。
    「ダーク、ちゃんとお顔を見せて」
     ダークは仮面を取り払った。肩あても軍靴もマントも脱ぎ捨てる。
     まっさらになったダークの体に、シャドーが手を伸ばした。顔も腕も、くまなく撫でていく。傷が増えていないか、確認しているのだ。
     出かける前にはなかった、小さな傷にひっかかってたまに手が止まる。心配そうにゆるりと撫で、大丈夫だとわかると次へ行く。シャドーの気が済むまで、ダークはずっと撫でられている。
     今回は、シャドーの手が完全に止まるような怪我はしなかった。悲しませることはないはずだ。
     前に包帯を巻いて帰った時、シャドーは毅然と振舞おうとしていたが、ひどく動揺しているのがまるわかりだった。
     そんな時は、ダークの心の内もぐちゃぐちゃになる。心配させた申し訳なさ。シャドーが自分のことだけを考えているという優越感。そして、シャドーの心を、傷ひとつこしらえただけでひどくうろたえるようなものにしてしまった自己への嫌悪。
     そのようなことを感じてしまうが、結局、最後は優越感が勝ってしまう。こうして撫でられている間も、シャドーは自分のことだけ考えていると思うと、褒められたものではない快楽が湧き出て来る。
    「無事に帰ってきてくれてありがとう」
     確認を終えたシャドーが、ほっとした様子でまた抱きついて来た。
     ダークは頷いてシャドーひとりをソファに座らせた。自分は床に脱ぎ捨てたマントの影に手を突っ込む。
     忘れないうちに、シャドーに渡したいものがあった。
     シャドーが頭をかしげる前で、ダークは影から土産を取り出した。
     四角い箱、丸い箱、次から次に出て来る。メタナイト以外にも、カービィと、顔見知りの者達と、なぜかシャドーと会ったことない面々からも預かっていた。
    「わあ! また、みんなから?」
     ダークは頷く。最後の紙袋を手に取ると、それだけは直接シャドーに手渡した。
    「ダークも買ってきてくれたの? えへへ、ありがとう」
     何も言わなくても、相変わらずシャドーはよく気づいてくれる。
     まだ中を見てもいないのに、顔をふにゃふにゃにして笑っている。ほっぺたの赤味が増して、そのまま溶けてしまいそうだ。
     ダークの体の中心がぎゅっと縮んだ。愛おしい感覚が全身を駆け巡る。気づけばシャドーの頭を撫でていた。
    「開けてみろ」
    「うん!」
     シャドーが紙袋を開けると、幅太のリボンがたくさん出てきた。いろいろな色で、模様が刺繍されている。
     シャドーがクッションのカバーを新しく作っていたから、それに使えそうなものにしたのだ。店先に広がるリボンの束を見た時は目がちかちかして、選ぶのにたいそう苦労した。
     シャドーはリボンをひとつひとつ見比べては、ひたすら、すごい、を連発している。
    「とっても綺麗! どう使おうか迷っちゃう!」
     目をきらきらさせながら喜ぶシャドーを見ていると、やってよかったと思う。そうか、お前はそんな顔をするのか。
     ソファの上にリボンを並べて、シャドーは興奮気味にダークに尋ねた。
    「どこで買ったの? 向こうの星はどんな所だった? ダークはどんな風に戦ったの?」
     矢継ぎ早の質問に、ダークはたじろいだ。
     どこからどう言ったらいいのか、わからない。長い話ではないが、話すのは不得意だから難しい。
     口をつぐんで悩んでいると、シャドーはすぐに理解した。
    「じゃあ、ぼくが先にお話の見本をみせるね。ダークが行った後に、みんなが遊びに来てくれたの」
     散らかった部屋を示しながら、シャドーは次々に話し始めた。小さい奴らが来たこと、遊んだ内容、一緒に食べた物の話。
     帰ってきた後はいつもお喋りになるが、今回は特別そうだ。ずいぶん事細かに、話してくれる。
     全部が楽しかったようだ。聞いているだけで、ダークも十分満たされた。
     シャドーの話が終わったら、自分も話さないといけない。シャドーを満足させられるかどうかはわからないが、やるだけやってみよう。
     シャドーが喜ぶことがもっとあるなら、少しずつ、できるようになってみたい。
     話し方を覚えるために、ダークはじっとシャドーの言葉に耳を傾けた。
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